第13話 掲載許可など取っているはずも無い
「本当は、今後接触のない魂同士の情報は秘匿しなければならない決まりになっていて、それを人間に公開するのは禁則事項なんですっ。でも、つい先ほど私の上司に状況を説明して特別に許可を受けましたので、聞いてください」
淡々とした口調ではあったが、女神は先ほどまでよりもふんわりと微笑んだような表情で喋っている。
僕が返事をするより先に、その小さな唇から次々と言葉を紡ぎ始めた。
「……まずサトルさんが最初にトラックで轢き殺、じゃなかった……送ってくださった16歳の青年は、エルデンベルという世界で剣術を磨き、千人規模の騎士団を率いて魔王軍を駆逐してます。彼の活躍で本来魔王軍に蹂躙され全滅するはずだったエルデンベル大陸の人間たちから崇拝されていますっ」
「お、おぉ……」
なんと返事をしていいのかもわからず、相槌を打つ。
そうか、あのバラバラになってしまった青年は異世界で勇猛果敢に活躍しているのか。
「そして2人目に送られた19歳の少女は、転生先の世界で薬師としての才能に開花し、身体が石化してしまう病を救う糸口を見出した聖女として多忙な日々を送っていますっ」
あの少女はナイフで殺してしまったせいで、ひときわ罪悪感が強く残ったのを覚えている。
メガネをかけた理知的な印象の少女だったが……聖女とは。
ぺらり、と捲られる女神の手元の本がぼんやりと光り輝いているのを、僕はまるで夢の中にいるような気分で見ていた。
「3人目は〜……あ、14歳の男の子でしたね。この子は機械文明の発達した異世界へと転生し、魔法技術と組み合わさった機械兵に乗り込んで異星からの侵略者と戦っています。侵略を放棄した異星人が放った惑星破壊爆弾の破裂を阻止するなどして、星を救う活躍を続けていますっ」
絵本を読んでもらっているような感覚だ。
僕がこの手で殺めてしまった人たちが、別の世界でそんなふうに活躍しているのを聞くのは本当に不思議な気分だった。
だって、僕にとって彼らが残していったものといえば死に際の恐怖に歪んだ顔と、断末魔、そして死体だけだ。
最悪の思いしか無かった彼ら転生候補者たちの『その後』を聞いて、僕はさっきまでの溢れる怒りが消えているのに気が付いた。
それからも、女神は僕がこの1ヶ月の間に異世界送りにした人たちの現在を語り続けた。
人狼に転生して奢った人間たちの世界を平定する者。
ホッキョクグマに転生して絶滅寸前の種族たちを助けている者。
蚊に転生して虐待を受けていた獣少女を保護した者。
電気工事の知識と技術で異世界を豊かにした者などなど…………。
まるで小説のあらすじを紹介して貰ったかのようだった。
そして同時に、彼らはきっと転生先の異世界で活躍するのだろうというワクワクした気持ちが芽生えた。
それは僕の顔に、如実に現れていたようだ。
「──────以上です。サトルさん、どうでしたかっ?」
「えっ? ……あ、いや……そうだね。皆、死んだあともしっかり活躍してるんだね」
「はいっ! これはみんな、サトルさんが彼らを送ってくれたから実現した事ですよっ」
その一言を耳にしたとき
僕のいる子汚く薄暗い四畳半の部屋が、明るくなったように感じた。
「残念ながら、転生を果たした彼らの映像や画像をお見せする事はできませんっ。……私が今お伝えしたことは全てウソなんじゃないかと言われても、それを否定できる方法を私は持っていません……」
女神は本を閉じ両手で抱き抱えるように持つと、ふわりと畳の上に降り立った。
そして、力強い光を宿した銀色の瞳で僕の目を見抜く。
「でもっ……!! どうか信じてくださいっ! サトルさんが今日まで転生のお手伝いをしてくれた10人は、今それぞれ違う世界で、何百人、何千人もの人々を救ってるんですっ! これは、サトルさんの手助けがなければ実現しなかったことなんですよぉっ!!」
「あ…………」
あーあー。
なんてこった。
僕は単純だ。
目の前にいる転生の女神が言ったことは、全てウソかもしれない。
かもしれない、けど……
僕は彼女の報告を聞いて、嬉しくなってしまっていた。
僕の前で死体となって生命を終えていった彼らは、僕の想像だにしなかった異世界で大活躍をしていたじゃないか。
一人寂しく、魔王だけを倒してさっさと帰ってきてしまった僕なんかよりも、もっともっと一生懸命になって異世界を救っていたじゃないか!
僕は、右手をギュッと握りしめ立ち上がった。
「……サトルさん、ちょっとは元気でましたかっ?」
珍しくフワフワ浮かずに地面に立っている女神は、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた顔で覗き込んできた。
そっか。
今のは……こいつなりに僕のことを慰めてくれていたんだな。
散々振り回される、妙な関係だけど……こいつも僕の事を支えようとしてくれているのかも知れない。
そう思うと、なんだか気恥ずかしくなってきてしまう。
「……うん、ありがとう。それに、さっきは大声を出しちゃって、その……ゴメン」
「いいえ、いいんですよっ!」
にぱっ、と笑った女神の顔は、珍しく心の底から可愛いと思えるものだった。
「あー、ちょっと人殺しばっかりで、気が滅入ってたのかも知れないなぁ。まぁ、実際に殺害してるだけなんだけど……不謹慎極まりない言葉だと思うけど、彼らを異世界に送ることができて良かったと思えるようになったよ!」
「えへへへ、良かったですっ! あのままサトルさんが契約破棄していたら、私は……ちょっとだけ寂しくなっちゃってたでしょうからね!」
ちょっとかよ。
まぁ実際、この女神にとって僕はミジンコやゾウリムシやスベスベマンジュウガニやブロブフィッシュよりもちょっとだけ役に立つ人間、っていうポジションにいるだけなんだろうけどさ。
それでも、いいさ。
もし僕一人が殺人鬼の汚名を被ることで異世界が救われているというなら────!
「────気持ちが揺らいでいたけど、おかげで覚悟が出来たよ。僕がここで行う殺戮が意味あるものになるのなら、いくらでも依頼を持ってこいっ! 何人だって異世界送りにしてやるぜぇぇぇっ!!」
僕は上を向き、力いっぱい叫んだ。
最初は、ただ人を殺しているだけの最悪な日々だった。
けど、死を迎えた彼らが女神によって異世界へと旅立っているのは、紛れもなく僕自身が体験してきたことだ。
やはり、エージェント!
僕は今、女神のエージェントとしてこの日本に立っているんだっ!
そう思えば、もうちょっとやそっとの事では動じないぞおおおおっ!!
「おぉぉ……さすがサトルさんっ! 異世界在住の5年間でモンスターをトータル10823728匹も殺してきた人は、言う事が違いますねぇぇ〜!」
「ほ、ほぎゃあああああああああああ! 想像よりも多かったァァァ! ウソつけっ!? さすがにちょっと盛ってるだろ!? 僕は魔王の根城まで一直線で進んでいたんだから、そんな大量殺戮なんてしt覚えはないぞおおお!?」
「ゑー? まったまたぁ☆ 忘れちゃったんですかぁ? 『聖なる鎧』を作れるモリアンのドワーフ集落を救うために、地底の坑道のモンスターを残らず生き埋めにしてたじゃないですかぁ〜!」
「そ、そんな覚え…………あ、ああああああああ!? も、もしかして、追いかけてきたモンスターに『ディメンション・スラッシュ』をした、あの時──────!?」
「はいっ、坑道を支えていた柱に次元断裂が発生したせいで、後続のモンスターさんたちは全員崩れゆく坑道から脱出できずに絶命しました! なんとか家族を守ろうとしていたパパモンスターも、幼い子供を抱えたママモンスターも、問答無用で生き埋──────」
「いやあああああああああああ!! もうやめてっ! それ以上は言わないでぇぇぇええええええええええ!!」
10人の人間の命どころじゃない、文字通りケタ違いの殺戮を行なっていた事実に今更ブチ当たり、僕はさっそく動揺しまくる。
この女神、慈悲深いのか、ただのドSなのかわからねーよ!
でも
こんな転生人生も悪くない。
そんな事を思いながら、僕は耳を塞いで逃げ回った。
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