第12話 たまには吐き出したい時だってありますさ

 それから僕は、女神の依頼に従って次々と見知らぬ他人……もとい『転生者候補』を昇天させていった。


 ある時は通り魔に扮し、ホームセンターにあった包丁を『凶器召喚』して標的が店から出てきたところを刺し殺した。

 またある時は工事業者に扮し、ビルの4階からタイミングよく看板を落下させ標的の頭蓋を粉砕した。

 そしてまたある時は────────


 ぬええええええええええぇぇぇい!

 やめだやめだぁぁぁーーーー!

 なんつー報告だ!

 ちょっと昔のライトノベルじゃあるまいし、令和のこの時代に人死ひとじにの場面を列挙するなんて出版社が許す訳ねーだろ!



 「…………はぁ…………はぁ……」



 僕は今日もこうして、女神からの依頼を済ませたあと『隠蔽』の加護を駆使して現場から逃げ去り戻って来た。

 今日は初心に返って大型トラックを使っての任務遂行だった……。

 現代に帰ってきておよそ1ヶ月……今日で10人目の転生候補者を異世界へと送った。


 …………今なら、異世界転生するときに大型トラックが定番の凶器に選ばれた理由が解っちゃうね。

 何故なら、目の前で転生候補者を絶命させなければならない時、大型トラックではその感触が少なくて済むんだ。

 標的を真正面に捉え、アクセルを踏み、前面板金から『ボンッ』という音が聞こえたら完了だ。

 少なくとも刃物や鈍器で殺さなければならないよりも、ずっといい。

 標的の遺体を見なくて済むのも利点だ。


 錆びた階段を静かに上り、時代遅れの重たい鉄の扉を開く。

 女神にあてがわれた僕の住居に帰ってきた。

 地震が起きたら簡単に倒れてしまいそうな高いブロック塀に囲まれ、敷地に入るには小道の更に奥まで行かなければならない。

 面倒な事この上無いが、周囲から出発や帰宅を一切見られないのは都合が良いのかもしれない。

 そもそも、6部屋もあるのに他は誰も使用していない様子なので無用な心配なのだが。

 


 「はぁっ…………!」



 僕は扉を閉めるなり、擦り切れた古い畳に身を投げ出した。

 明かりも点けずに仰向けになった視界には、歪なかたちの木目がついた天井板が見える。

 いくら掃除機をかけても埃っぽい空気になる部屋で、僕は深呼吸をした。

 吐き出される息と共に、身体がずっしりと重くなっていくような感覚に陥る。

 

 ……僕がやっている事は、紛れもなくただの連続殺人だ。

 ドット抜けのある古い液晶テレビでは、連日のようにこの周辺で起きた殺人事件や事故死の報道が流れている。

 そのほぼ全てが、僕がやったものだ。

 バリエーション豊かな方法で『天界送り』にしているせいか、今のところ連続殺人ではないかという報道には至っていないようだ。

 昼間、そんな確認をしている自分に嫌気がさした。

 例え女神の頼みで、僕の知らない異世界を救うという目的を聞かされていたとしても、人を殺している事実に何ら変わりはない。

 転生して1ヶ月。

 今日殺害した「転生者候補」で、ぴったり10人目。

 3日に1人殺してる計算になる。



 まったく

 もう、うんざりだ。




「サトルさーーんっ! お疲れさまですぅ! 見ていたテレビがCMに入ったので、様子を見にきましたよっ!」



 無気力のまま手足を投げ出し横になっていると、目の前の空間が歪んだ。

 その中央から、『にゅるん』と転生の女神が生えてきた。

 夜の帳が降りようという時刻だが、女神が現れたせいで部屋の中がキラキラしている。



「………………」


「うぇっ!? あ、あれっ!? サトルさんっ、どうしたんですか!? もしかして失敗しちゃったとか……?」



 いつもと違い、ツッコミすら返さないほどに疲弊した僕を見て、女神は慌てて赤い背表紙の本を取り出して捲り始める。



「うん……? 確認しましたけど、いつも通り転生者を送ってくれてますよね……? 成功、したんですよね?」


「…………あぁ、『いつも通り』成功したよ」


「あっははは! なーんだ! サトルさんがテンション低いから、失敗して帰って来たのかと思いましたよぉ! あーびっくりし……」


「────────成功だよっ! 大成功だ! いつも通り! この手でっ! ブッ殺してやったよぉっ!!!!」




 突如、僕は大声を上げた。

 握りしめた右拳を振り上げ、思い切り畳に叩きつける。

 古いアパートは、それだけで小さな地震が起きたのかと思うほどに大きな音を立てた。

 依頼の成功を喜ぼうと顔を綻ばせていた女神は、突然の僕の変容にびくりと身を硬くする。



「うぇっ……!!? ……サ、サトルさん……?」


「もおおおおイヤだっ!! ウンザリだよ! 延々と人間を殺す生活は、もうイヤなんだよぉぉっ!」



 叫ぶやいなや、今度は両手で畳を叩き、同時に跳ね起きる。

 埃にまみれた畳がドズンという音と共に、ハウスダストを巻き上げた。

 毎日掃除しているのに、呆れるほどの埃が舞う。



「ひぇっ!? ……サ、サトルさん、落ち着いてくださいっ! 何があったんですか……?」


「何もくそもあるかっ! 今日で10人……もう10人だぞ!? 僕がこの手で殺めた人の数だっ! 僕はこんな事をする為に、この世界に帰って来たかった訳じゃないんだよぉぉっ!!」



 鬼の形相で迫る僕の顔を見て、女神は珍しく怯えた表情をしている。

 彼女からすれば僕の命などちっぽけなもので、なんなら生殺与奪の権すら握っているはずだ。

 それでも息を呑みながら浮いたまま後退りをしているのを見ると、よほど僕は恐ろしい顔をしているようだ。

 だが、僕はまだまだ止まらない。



「異世界でモンスターを倒すのとは訳が違うんだよ! 相手は僕と同じか、もっと若くて充実した日々を送っている少年少女たちばかりだ! 日々真っ暗になるまで仕事を頑張って帰宅していた人を殺したことだってある! いくら……いくら異世界を救う為だって言ったって、そんな人たちが何の準備もできないままこの世界での命を終わらせるのは、もうイヤなんだああああっ!!」



 大声を出す僕を見て、転生の女神は浮いたまま半歩分ほど下がった。

 震える手を胸元で握りしめながら聞いていた彼女だったが、意を決したかのように息を呑むと口を開いた。

 荒ぶる僕の目を見ながら叫ぶ。



「サ、サトルさんっ! 以前も言ったじゃないですか! 今サトルさんがいるこの次元は、異世界へ旅立つ転生候補者さんを選定するために神様によって作られたパラレルワールドなんですっ! 今日サトルさんが異世界へと送った人だって、別の次元では今まで通り変わらぬ生活をしていて────────!」


「…………ンな事はもう聞いたよ! でもなっ! 別次元で彼らが幸せになっていようがいまいが、今まさに僕の手で人間が殺されているのは紛れもない事実だろっ!」



 言い終わる前に、女神に向かって叫ぶ。

 もはや止める事ができない。



「お前は言ったよな!? 僕は異世界でとんでもない数のモンスターを殺してきたんだから、今更何人殺そうとも気にする事じゃないって! けど、そんな……そんな簡単に割り切れるモンだと思ったら大間違いなんだよぉっ! 神々からしたらチッポケな事なんだろうけどな……! 僕ら人間にとっては、よほどの狂人でもない限り、同じ人を殺すっていうのはどうしようもない苦痛なんだよおっ!」



 喉奥から、溢れ続ける怒声。

 大声を出し続けているせいで、頭が痛い。

 ぼやける視界。

 いつからか僕は、両目からぼろぼろと涙を流しながら叫んでいた。



「い、今まで1ヶ月っ……! 『これは僕の知らない、どこかの誰かを救う事になるんだ』って自分に言い聞かせてやって来た! ……でも、どれだけ頑張っても! 結局僕に残るのは、人を殺した感触と! 罪悪感だけなんだよおおおおおおおっ!!」




 


 叫び声の残響が残る、四畳半の室内。

 全ての感情を吐き出し、静寂が訪れた。




 転生の女神は、相変わらず漫画みたいな背中の羽をパタパタと羽ばたかせながら薄暗い部屋の中に浮いている。

 だが、その顔はいつものあっけらかんとした笑顔ではなく……どこか寂しそうに俯いていた。


 わかってる。

 僕が今やった事は、ただの八つ当たりだ。

 異世界から戻るにあたって、この生き方を選択したのは紛れもない僕自身だ。

 女神はただ僕に提案をしてくれただけであって、何も悪い事などしていない。

 異世界へと魂を送ることだって、たぶん彼女はもっと上の存在に指示されてやっているだけに違いない。

 むしろ、彼女は5年前……運悪く大型トラックの事故に巻き込まれて死に、消えゆく運命だった僕の魂を異世界に導いてくれた……


 運悪く死んだ僕の、消えゆく運命であった魂に、意味ある生を与えてくれた恩人であると言うのに。



 最低だ、僕って。

 情けなさすぎて涙が出てきた。

 鼻水をすすると、顔から顎を伝って落ちた涙がパタパタと音を立てて畳にシミを作ってゆく。


 静寂が続き、何もかも吐き出してしまった僕は……無言の時間と共に徐々に冷静になってきた。



「…………っごめん……こんな事、言うつもりじゃ、無かったんだ…………本当ごめん……」


「………いいえ、サトルさん…………いいんですよ」



 女神は胸の前で両手を握ったまま、うなだれる僕をずっと見ていたようだった。

 顔を上げると、さっきと同じ位置でスカートや金髪のショートヘアをふわふわとさせている。


 僕は何をやっているんだ…………。

 相手は女神とはいえ、こんな……見た目14歳かそこらの少女に向かって当たり散らすなんて。


 

 自己嫌悪で再びため息を吐く。

 するとその矢先、転生の女神は突然眉を寄せて「むんっ」と意気込んだかと思うと……何やら僕には聞き取ることのできない言語で何かをぼそぼそと呟き始めた。


 うっ!? な、何か詠唱してる!?

 僕が八つ当たりした事で、報復の攻撃魔法でもブッ放すつもりか……!?


 自業自得を反省しながら警戒する僕の前で、目を閉じて小声で囁き続ける女神は、いつもよりもボンヤリと輝いているようにも見える。

 するとしばらくして、ゆっくりと瞼を開けて僕を見つめてきた。

 銀色に輝く潤んだ大きな瞳が、まだ見慣れない転生後の僕の顔を映し出している。



「──────サトルさんっ。聞いてください」


「え? ……な、何……?」


「ハッキリ申し上げますと……サトルさんはご自身で選ばれた今の運命から逃れることはできません。神々と交わした契約を反故にした場合、待っているのは肉体や魂の『死』ではありません。場合によっては永遠に繰り返す次元のはざまへと追放されてしまう可能性さえあります」



 な、何を言い出すのかと思えば、とんでもねぇ罰則紹介だった!

 もしかして慰めの一言でもくれるのか、などと思ってた僕は、まだまだバカだったんだろうか……。

 それにしても何だよ、『永遠に繰り返す次元のはざまへ追放』って。

 同じ時間を延々と繰り返すループ空間か?

 言葉を聞くだけでも恐ろしいわ。



「でも、私の願いを聞いて異世界をひとつ救ってくれたサトルさんを、そんな運命に堕とすのは私も本意ではありません…………確かに、私は5年前にたまたまサトルさんの魂と出会っただけかもしれませんし、サトルさんはミジンコやゾウリムシやスベスベマンジュウガニやブロブフィッシュよりちょっっっっっっとだけ大切な存在というだけですが、それは────────!!」


「おおおおおい!? 僕だってさっきのはさすがに言い過ぎたと思ってるのに、お前は遠慮しねえなああああ!?」



 ツッコミを入れる僕にかまわず、女神はめったに見ないキリっとした顔で続けた。



「それはっ! 神である私にとって決して小さなことではありませんっ! ……今、私の上司に連絡をして、特別な許可を貰いました。サトルさん、あなたがこの1ヶ月で送り届けてくれた人々の魂がどうなったか、聞きたくないですかっ!?」


「……へっ?」


 

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