第16話 『能力』と書いてあればナチュラルに『ちから』と読んじゃう君

 次の瞬間

 パキン、という金属を打つような音が響く。

 

 すると突然、一瞬にして何の音も聞こえなくなった。

 雑多な音で溢れていたはずの街が、痛いほどの静寂に包まれる。

 一体何が起きたのか理解できず、周囲を見回した僕は愕然とした。



「な、何だ……こりゃ……!?」


「ふえっ!? えっ!? な、何が起こったんですか!?」



 そこは紛れもない、この街で最も活気のある繁華街の大通り。

 その交差点である場所には、つい先ほどまで沢山の人間で溢れかえっていた。

 そう、ほんの一瞬前までは。


 だが


 今、僕と女神の周りには誰もない。

 まばたきほどの間に、周囲に居た人間は残らず消えてしまっていた。

 残っているのは、繁華街の街並みだけ。

 しかしそれも色とりどりのネオンが輝いていた一瞬前と異なり、すべてが青くくすんだような色になってしまっている。

 空も、建物も、空に浮かぶ月さえも、まるで深い海の中に沈んでしまったかのような色だ。


 電気や信号は、不規則に点いたり消えたりを繰り返し────────

 目の前を走っていたはずの車は、中に誰も乗っていない状態で道路に放り出されている。

 まるで、一瞬にして街全体がゴーストタウンになってしまったかのようだ。



「サトルさんっ!? これって、サトルさんがやったんですか!? わ、私……こんな加護って授けましたっけぇ!?」



 珍しく大慌ての、転生の女神。

 先ほどまで開いていたブ厚い本を胸に抱えながら、あたりをキョロキョロとせわしなく見回している。

 この女神がこんなに慌ててるって事は……これは間違いなく、天界に関わる連中がやった事じゃなさそうだな。



「いや、僕じゃない。やったのは、多分……ホラ、あそこにいる、あいつじゃねえかな?」


「えっ……?」



 僕に促されて、女神は交差点の向こう側に視線を向ける。


 そこには、景色に溶け込むような群青色のブレザーに身を包み、お前絶対只者じゃねえだろと言いたくなるくらいに瞳を赤く輝かせた、茶髪ロン毛の銀縁メガネをかけた男子高校生が立っていた。

 もうね、見た目からして普通じゃないんだわ。

 人間はそんな目を赤く光らせる機能なんて無いだろ。

 それともアレか? ゲームでもやりすぎて目が赤くなっちゃったか?

 僕が転生前に愛用していたロー●製薬の目薬でも紹介してやりたいわ。



「な、何ですか、あの人……? ……ああっ!? よく見ると、左手の中指の指紋だけ歪んでいて、左下の奥歯が金歯になってます! も、もしかして彼が……!?」


「お前なんでそこまで見えるんだよ! 女神の視力ってヤベエな!」



 今更気付いたかのように、今回の標的の特徴と照らし合わせはじめた女神だったが……僕がまだ見えていなかったところまで合致していたようだ。

 やはり、僕たちが探していた転生者候補だ。

 だが、こちらをずっと睨みつけたまま沈黙を守っていた彼が口を開いたとき、僕たちは凍りついた。



「…………キミたち、僕を探しているのか……?」


「えっ…………!?」



 転生の女神はびくりと身を震わせる。

 ……今あいつ、間違いなく『キミ』って言ったな。

 かなり遠く離れているはずなのに、子安●人に似た声のおかげでとても良く聞こえる。


 猛烈に嫌な予感がした。

 僕と女神との会話は、女神の施した小細工により僕ら2人だけにしか聞こえていないはずだ。

 なのに先ほどの『キミ』という口ぶりでは、ついさっき僕たちが喋っていた内容を聞いていたとしか思えない。

 標的の特徴を2人してべらべらと話していたため、それを聞き取った彼が何らかの特殊能力を使って僕たちをこの空間へと放り込んだのだろう。


 それにしたって……何なんだよ、この能力は!

 天界のびっくりテクノロジーで保護されているはずの女神との会話を盗聴して、一瞬で誰もいない空間を作り出し、更には目が赤く光るだぁ?

 およそ人間とは思えないチートっぷりだ。

 こんな事ができる奴なんて、だいたい相場が決まってる。


 例えば、そう。

 ホラ、僕みたいに──────



 て、転生した、人間…………とか、かな。




「ここはボクの作り出した空間だ。まったく……キミたち、途中からヒトの外見的特徴を揶揄するような浅ましい事ばかり話しやがって……! 腹が立つったらありゃしない……!」


「い、いやぁ……別に悪口を言うつもりは無かったんだけどな……でも猫派でたけのこ派で、血糖値がチョイ高いとかってのは外見の特徴じゃねえと思うんだけど。それに、だいぶ距離が離れていた僕たちの会話を盗み聞きするってのは、そちらさんもあまり良い趣味じゃ無いな」


「黙れッ! どこでそこまで調べたか知らないが、そこまでボクに関する情報を集めているという事は……キサマたち、『 組 織 オルガニザッツィオーネ』の関係者かッ!?」


「…………はへっ!?」



 な、何て言った?

 よく解らん単語を言った気がするが、全く聞き取れなかったぞ。

 活字にしてルビでも振って貰わんと、覚えられそうにない。



「な、なぁ……僕は良く聞こえなかったんだけど、あいつ今なんて言ってた……?」


「多分、イタリア語ですねー。たしか日本語で『組織』って言う意味ですけど……カッコつけてるだけかも知れませんよ? 漢字2文字で書ける単語にあんな長ったらしいルビ振っちゃって、見た目が悪いったらないですねぇ。あれでは文字の隙間が不自然に広がっちゃいますよ」


「へぇ、イタリア語かぁ……中二病なのかなぁ……カッコいいと思って言ってそうだよね……」


「おいキサマらぁぁ! 聞こえていると言ってるだろうがぁぁぁっ! さっきから失礼な事ばかり言って、恥を知りたまえ!!」


「うっわー、聞きましたかサトルさん!? 『たまえ』ですって! プークスクス」



 ……念のため言っておくが、隣で笑っている女神はなにも悪気があってやってる訳ではない。

 コイツはね、こういう反応を平気でする奴なんですよ。


 女神の声に相当イラついたのか、ブレザーの男子高校生は黒いグローブを付けた左手で、銀縁のメガネの位置をくいっと直す。

 うっわぁぁぁ、駄目だ、僕こういうタイプのヒト苦手ェェ。



「ぐッ……! キミの会話相手の女性は、他人に対する礼節というものを知らないようだなッ!」


「あ、うん、そうね……そういうのは、こいつに求めない方が良いと思う」


「全く……、それは直接キミから聞き出す事にしよう……!」



 ん?

 『どこに居るのか知らない』って事は……女神との会話は盗聴されているが、女神の姿は見えていないって事か……?

 その会話相手の女性とやらは、今僕の隣でフワフワ浮いてるよ。

 教えてやらんけど。


 隣で聞いていた転生の女神も、幸い姿は見られていない事を悟ったのか、横目で僕にちらりとアイコンタクトを送るとスススッと遠ざかっていった。


 正しい判断だと思う。

 僕だって何となく察してる。

 このあと、この男子高校生とバトルになるんだろ。

 間違いないね。



「なあ、ちょっと待て。見た感じからして殺気立ってるから、念のため誤解を解いておきたいんだが……良いか?」



 僕は両手を肩の高さにまで上げて、手のひらを開いてみせた。

 敵意がない事を示すポーズだ。

 手には何も持ってませんよー、と全力でアピールする。

 まぁいざとなったら『凶器召喚』でいつでも武器を出せるから、あくまでポーズだけだけどな。



「……何だ、言ってみなよ、オッサン」


「お、おっさんじゃねーし! いや……そうじゃなくてだな……!」



 女神がこの空間にいると解れば、何をされるか解らない。

 ここは僕が注意を引きつけなければ。

 僕は無防備なポーズのまま、ゆっくりと息を吸い、話し始めた。

 


「まず、僕の名前は『サトル』だ。お前は?」


「…………『トウヤ』だ」


「トウヤ、僕はお前がさっき言ってた『オルガなんとか』っていう組織とは関係ない。お前の厨二物語がどんな設定なのかは知らないけど、勝手にそんな組織に組み込まんで欲しいわ」


「設定だの何だのと、何を言っているのか解らないが……それなら、キミたちは何故ボクの事を探していたんだッ!? 普通ならば知り得ないような事まで知っていたようだし……どう聞いたって異常だろう!」


「え、あー……まぁ、そうだよな……。えぇとだな、僕はとある異世界から来たエージェントだ。実は、日本のこの街で、異世界を救うために立ち上がってくれる、優秀な人間を探して接触する任務を請け負っている」



 うむ、ウソは言ってない。

 むしろ内容としては本当のことばかりだから、声色も動揺などは感じられないはずだ。

 でもどちらかと言うと、『立ち上がってくれる人間を探す』んじゃなく、『立ち上がれないようにする』役目なんだけど。


 しかし、初対面で敵意バリバリの人間にこんな事をカミングアウトして、通じるものかな……?

 などと思っていたのだが、全くの杞憂だった。



「………………ほう? それは、どういう……?」



 ま、まさかの食いつき!

 ビックリですよ!

 ついさっきまで睨まれまくってたのに、今のトウヤの目はどこかキラキラしている。

 恐らく『エージェント』っていう言葉が効いたんだろうなぁ……こいつ、もしかしてこのまま厨二っぽい会話をしながら警戒心を解いていけば、意外と簡単に『天界送り』にできるんじゃないか……?

 僕は両手を大きく広げて、安全性をアピールしながら少しずつ近付いた。



「えーと……僕は、『とある神を崇拝する組織』に選出された『有能』な『選ばれし者』を『サルヴェージ』して、『勇者』として異世界へと『降臨』させているんだ」



 奴の心にブッ刺さるように、わざとめんどくさそうな単語をカッコのついた状態で連発する。

 じ、自分でも途中から何を言ってるのか解らなくなってきたぞ!?

 トウヤが好きそうな言葉を選んで喋ってみたが……この会話、とんでもなく疲れる。

 だがトウヤはまんまとノッて来た。



「な、なんだって…………? それじゃ、ボクは……その『選ばれし者』だと言うのかッ……!?」


「へ!? あ、うーんと、そ、そうね。つまりそういう事……です、はい」


「サトルさぁん……何だかさっきから言ってる言葉が最高にアッタマ悪そうなんですけど、どうしたんですか……? 低血糖ですかぁ?」


「(しぃぃッ! 余計な事を言うんじゃありませんッ! 夕ご飯食べてないんだから仕方ないでしょ!? このまま近付いて仕留めるから、大人しく待ってろ!!)」



 ドン引きした顔の転生の女神がツッコミを入れてくるのを黙らせる。

 トウヤ本人は『また、なのか…………!』などと独り言を発しながら片目を手で覆って天を仰いでいる。

 うむ、完璧に世界に入ってくれていて助かった。

 もう手を伸ばせば届く距離まで近付けた。


 このままサクッとやっちゃいますか。



「えー、ゴホン。だから、その、アレだ。『選ばれし者』である君を異世界へと導くには、僕が『手続き』をしなきゃならない。そのために『こいつ』を受け取って欲しいんだけど…………」


「…………何だ?」



 そう言って僕は、何かを取り出すような仕草をしながら右手を背中に回す。

 トウヤから見えないところで、右手の中に意識を集中した。

 『凶器召喚』。

 何も無かった僕の右手の中に、一瞬にして刃渡り30cm程のサバイバルナイフが握られる。

 今日までのバカンスで集めてきた『凶器召喚』用の武器のひとつだ。


 僕は怪しまれないよう、ほんのりスマイルを浮かべたまま更に一歩近づき



「……コレで、異世界に行けるんだよっ!!!!」



 トウヤの胸の中央を目掛けて、右手のナイフを突き出した。

 肋骨に邪魔されないよう、きちんと腕を捻って刃を横に倒す。

 トウヤの両腕は、だらりと下がったままだ!

 これは行けただろう!




 と


 思ったのだが





「………………なっ!?」



 ビタリと止まるナイフ。



「……やはりそうか。そんな事だろうと思っていた…………!」




 胸骨のやや右に突き刺さるはずだったナイフの先端が、何かにぶつかって止まってしまった。

 まるでトウヤと僕との間に、見えない壁があるかのような……!?

 かなりの力でナイフを突き出しているが、その刃先は全く先に進まない。


 ど、どうなっているんだ!?


 自問自答をしたいところだったが……殺意がバレたことで、トウヤは反撃に出た。

 あ、これヤバいかも。



「はあああああああああああっ!!」


「え、ちょ…………ぐへぇっ!?」



 トウヤが右手を掲げると、ナイフを止めていた見えない壁の圧力が増した。

 物凄い勢いでナイフを押し戻し、更に僕の身体さえも一緒に後ろの方へと弾き飛ばす。

 本当に壁が迫ってきたかのような感覚だ!



「お前は、ボクを殺そうとした……! やはり敵だったか!!!!」




  

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