第17話 銃の描写が妙に細かいのは作者の趣味です

「だぁぁぁっ! くそっ! ヘンな能力を使いやがって!」



 文句を言い放ちつつ、僕は吹っ飛ばされながらもしっかりと受け身を取る。

 


「むッ!? ……その身のこなし、やはり只者では無いようだなッ!」



 不思議な力で僕を吹き飛ばしたトウヤは余裕綽々といった面持ちでいたが、コンクリートに無様に転がるはずだった僕が衝撃を逃がしつつ一瞬で立ち上がったのを見て目を細めた。


 唐突に披露したこの体術は、ついこの前まで居た異世界で嫌という程身に付いたものだ。

 僕が異世界への転生時に授かった『女神の祝福』という加護は本当に強力で、『心さえ折れなければ永遠に朽ちない不死身の肉体』を得られるという、文句なしのぶっちぎりチート級な加護だった。

 だが、攻撃を食らえば当然痛いものは痛いし、肉体がダメージを受ければ回復の時間だってかかる。

 壁や地面に叩きつけられた時の痛みなんて喰らいたくないし、反撃のチャンスを逃すとなかなか倒せない厄介な敵もいた。

 そこで自然と身についたのが、この受け身だ。

 5年もの間に不死身の肉体でゴリ押ししながら体得した技術は、例え肉体が変わっても問題なく使えるようで安心した。

 吹っ飛ばされてから瞬時に起き上がるくらいなら、朝飯前だ!



「転ばせたくらいで僕に勝てると思ってるなら、大間違いだぞ!」



 ……なんて言ってみましたが、それなりの速度で吹っ飛ばされたのでアスファルトに擦れた肘や膝が痛いんですよ。

 異世界で戦っていた時と違って、再び転生した今の僕は不死身の身体を持っている訳では無い。

 トウヤの能力がどんなものか解らないが、そう何度も吹っ飛ばされては打撲や骨折で動けなくなる。

 極力ダメージは避けなければ。



「悪いけど、ホワイト企業務めのツレにこれ以上残業させる訳にはいかないんでね! さっさと決めさせて貰うぞ!」


「何ッ…………!?」


「オレハクサムヲムッコロスゥゥ!!」



 自信満々で叫びつつも盛大に噛んだ僕は、『凶器召喚』の加護により何もない空間から武器を呼び出した。

 手をかざした部分の景色がぐにゃりと歪む。

 そんな戦闘シーン突入の盛り上がりに水を差すように、転生の女神が文句を付けてきた。



「サトルさーん? わざわざそんなアピールなんてしなくても、黙って召喚して攻撃を叩き込めばいいのではー?」


「う、うっさいな! こういうのは気分だって大切なんだよ!」


「そうなんですかっ? サトルさんが気持ちよくなったところで、その武器の威力が上がるとは思えませんけど……」


「だああああ! もおおおお! お前ンところのために任務をこなそうとしてるんだから、余計な事言うんじゃありません! それに、セリフもなく淡々と戦ってたら『地の文がくどいですね』とかクレームが入るでしょうがぁぁ!」


「サ、サトルさん、一体何と戦ってるんですかぁ!?」



 少し離れたところからブツクサ文句を言い続けている女神はさておき、僕は召喚した武器……20ニーマル式5.56mm小銃のグリップを握り、標的であるトウヤに向ける。

 これは今日まで貰っていた2週間の休暇を利用して、陸上自衛隊の実弾射撃訓練の現場に『隠蔽』加護で潜入し拝借したものだ。

 そうだ、接近しても吹っ飛ばされてしまうなら、遠距離から攻撃すればいい。

 弾倉にはライフル弾が30発入るはずだが、射撃訓練ということもありどう見ても満タンには入っていない。

 だが、人間ひとりを撃つくらいなら十分だ!



「な、何もない場所から……銃がッ!? 何だ、今のは!?」



 アイアンサイト越しに見えたトウヤは、僕が『凶器召喚』で武器を取り出した事に大いに驚いているようだった。

 その距離、約30メートル。

 入手直後に試し撃ちを兼ねて射撃練習もしてきたので、これくらいの距離を当てるなんて、ちょろいもんだぜ。

 トウヤ、そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!


 セレクターを単発に入れた状態で、僕はトリガーを引いた。

 眼前に輝くマズルフラッシュ。

 大きな破裂音と殆ど同時に、エジェクションポートから空薬莢が勢い良く飛び出して行く。

 右肩につけたストックからの反動を受けつつも、僕は更にトリガーを引き続けた。



 だが



 照準の向こう側に立つトウヤには、着弾の様子が見られない。

 前方に手をかざしながら、相変わらず可愛くないうさぎみたいな赤い目を光らせてこちらを睨みつけている。



「……突然に武器を作り出す、その能力には多少驚いたが……この空間では、ボクにそんな攻撃は通用しないッ!」



 よく見ると、トウヤの前方1メートルくらいの空中に黒いツブツブが浮いている。

 あ、あれって、もしかして……



「う、嘘だろ!? ライフル弾を、防げるのかよっ!?」


「うーん、ぶっちゃけサトルさんが銃を出した段階で、こんな展開になるのは予想ができましたけどねぇ〜」


「解ってたならアドバイスしてくれませんかねぇ! お前は確か僕の味方だった気がするんだけど、合ってますぅ!?」



 文句を言い合う僕たちを尻目に、トウヤは空中で止めた約20発の弾丸をポロポロと地面に落とした。

 くっそー、一体どういう能力なんだ!?

 相手の力が解らない以上、何が有効打になるのかサッパリ解らんぞ!



「フフフ……どうやら驚いているようだな、ボクの能力にっ! そうとも、ボクは自身が作り出すこの亜空間で、目に見えない『壁』を瞬時に生成することができる! 人呼んで『隔絶ソリトゥーディネのトウヤ』だぁッ!!」


「言っちゃったァァァ! 誰も聞いてないのに自分の能力のこと言っちゃったよコノ子! お前、絶対手品を披露したときにタネ明かししちゃうタイプだろぉぉ!?」



 うん、何となく解ってきた。

 転生者候補である、このトウヤ君……どうにも精神年齢が成熟していないな。

 長髪も、グローブも、断片的なイタリア語も、多分自分では最高にカッコ良いと思ってやってるんだろうなぁ……アァイタタタタタ!

 『人呼んで』とか言ってたけど、きっと誰もその二つ名を呼んでないだろう。

 と言うか、きっとまたイタリア語だったんだろうけど、ソリなんとかっていうのが聞き取れなかった。

 ほんとゴメン。



「えぇっ!? ……ソ、『隔絶ソリトゥーディネ』のっ……!? ま、まさかっ!?」


「……っておぉぉい!? まさかの女神オマエが反応するのかよっ!? 聞き覚えがあるんですか、あの二つ名に!?」



 全く意外なところで女神が顔面蒼白になるほど驚いているので、思わずツッコミを入れてしまった。



「は、はいっ! 間違いありません、サトルさん! あの転生者候補は、『無許可転移者』として手配中の人間ですっ!!」


「へっ? 『無許可転移者』……って、何だ?」



 驚きまくっている女神とは対照的に、僕は聞き慣れない単語を聞いたせいでいまいちピンと来ていない。

 転生やら転移やらするのに許可もクソも無いと思うのだが。



「サトルさんのように肉体を失って異世界に生まれ変わる人たちの事は、一般的に『転生者てんせいしゃ』と言いますが……それと同じように、肉体や魂はそのままに異世界に行く人の事を『転移者てんいしゃ』と言いますっ! どちらの場合も、私たち神々が管理していることが殆どなのですが……」


「ふむふむ?」


「ごく稀に、私たち神々の管轄外で魔術やテクノロジーを使って勝手に異世界に呼ばれてしまう人たちがいるんですっ! それが『無許可転生者』と言って、天界としては非ッ常ーーーーに迷惑してるんですよぅ!」



 転生の女神は、珍しく敵対心を露わにした表情でトウヤを睨みつけている。

 まるで威嚇中の猫かなにかのようだ。



「そ、そうなの? でもさ、別に本人が望んで呼ばれたとは限らないし、勝手に異世界に行って帰って来るだけなら、お前ら天界の仕事も減るだろうし放っておけば良いんじゃ……?」



 そう言った僕を見て、転生の女神はブンブンと全力で首を横に振る。



「そうもいかないんですよぉ! ああいう人たちって、勝手に異世界で超能力を身につけて、そのままチートスキルを持ったまま現代に帰ってきちゃう人が多すぎて困るんですぅ!」



 あー、そういう事か。

 女神の所属している天界サイドは、転生なり転移なりしてピンチになっている異世界を救える人材を派遣しているようなものだが……その管理外で勝手にやっちまう人間がいるって事か。

 確かにそんなことをすれば、異世界で大活躍するほどのチート能力を身につけたまま、この世界に帰ってくる奴が出てくるだろう。

 そうなれば、本来の秩序で回っているこの地球がとんでもない事になるのは、容易に想像できる。

 現に、『未来を司る運命の女神』様がこいつの出現する未来の情報を読み違えてしまったのも、恐らくこの亜空間を作り出す能力の影響だろう。

 常人には無い空間を超える手段を持つ奴が相手では、神といえども仕方の無いことだ。



「……なるほど。こんな訳のわからない能力を持った人間が野放しにされているのはマズいな」


「ふ、ふざけるなッ! そういうキサマ自身は何なんだ!? 電脳世界『ディディア・フィフス』に召喚され、量子力学派の圧政に苦しんでいた人々救って帰ってきたんだぞ!? ボクからすれば……キサマたちこそがボクの知らない異能を持つ敵だ!」



 うーん、なんだか自分の設定を語り始めちゃったぞ。

 どうやらトウヤはサイバーパンクな異世界で活躍してきた人間のようだが……こちらとしては、そんな他の物語がひとつ書けちゃいそうなストーリーは正直言って聞きたくない。

 公募に出したときに『この文章は情報過多です』とか言われちゃうだろ。

 気が向いたらサイドストーリーか何かでやればいいさ。



「なあ、女神さんよ……ひとつ提案なんだけど、あいつに事情を全部説明してみるってのはどうかな? 上手くいけば平和的に『天界送り』ができるんじゃあ……」


「ダメですっ。転生者候補が肉体を失う前に情報を知るのは、禁則事項ですので!」


「言うと思ったぁぁ! ったく、これじゃあいつの言うとおり、僕たちのほうが完璧に悪役じゃねーか! 天界の禁則事項っていうのは何とかならんもんかね? そうすりゃもうちょっと仕事もやりやすいんじゃねーの!?」


「あ、もしそういったご意見でしたら、あとで天界コールセンターの番号を教えますのでそちらに言ってみてくださいっ!」


「…………ダメだ、絶対変わらねえやつだなコレ」



 僕はため息をひとつ吐いてから、どう見ても主人公サイドな感じで立っているトウヤに向き直った。



「あー、その、なんだ……トウヤ君。もう察しがついてると思うけど、僕たちは君に死んで貰わなきゃならない事になってるんだ」



 あちゃー。

 どう聞いても悪役のセリフですね!

 こんな役回りになりたくて、任務をこなしてる訳じゃないんだけどなぁ……!



「すまんが、異世界のために死んでくれ」


「何をワケの解らないことをッ……! ボクは負けないぞ! キサマたちのような平和を乱すヤツは、ボクが排除してやるッ!!」



 僕たちは、解り合えないまま対峙するしかなかった。

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