第18話 加齢臭とか言われると地味に傷つく
さあ、こうなったらもう仕方ない。
ありったけの手段を駆使して、トウヤを『天界送り』にするしか無さそうだ。
僕は握っていた銃を一旦消した後、再び同じものを『凶器召喚」で呼び出した。
先ほどの射撃で弾倉内のライフル弾をほとんど撃ち尽くしていたが、再召喚したことで弾数は元通りに戻っている。
再召喚の手間はあるとはいえ、実質無限に弾薬が使えるようなものだ。
うーん、なかなか便利だぞ、『凶器召喚』!
『アーマーズマガジン』で学んだ通称『コスタ撃ち』の構えでハンドガードを握り直した僕は、今度はトウヤの足元に向けてトリガーを引いた。
耳慣れない音を立てながらアスファルトを削るライフル弾。
2度目の銃召喚を見ていたトウヤはそこそこ驚いた顔をしていたのだが、それでもやはりヤツに弾は届かない。
地面のアスファルトに反射させ、跳弾で撃ってやろうと思ったのだが……ムカつくことに地面ピッタリまで見えない壁が張られているようだ。
「足元まで隙無しかっ! 厄介な能力を持ちやがって……次っ!!」
僕は銃による攻撃を早々に諦め、次なる『凶器』を呼び出した。
背中にずしりと乗ったそれは、やはり陸上自衛隊の駐屯地で調達した携帯放射器……いわゆる火炎放射器だ。
小銃による直線的な攻撃がダメなら、周囲を火の海にしてやる!
安全弁を解放し種火を灯すと、僕は躊躇うことなく引き金を引く。
オツムを消毒だぁぁぁぁっ!!
…………などと世紀末な感じでぶっ放してみたのだが、それでもトウヤには届かない!
「……なるほど、様々な武器を作り出す能力かッ……! だが、僕の『
両手を翳したトウヤは、広角を上げて笑みを見せる。
あ、あの口元、ムカつくなぁぁ!?
何だよ『せっとぅお』ってよぉ!?
いや、転生の女神、お前は来なくていい。
イタリア語の解説を聞きたい訳じゃないから、そこに避難していなさい。
放射器の先端に灯る種火によって引火した油は、何もなければ間違いなくトウヤを丸焦げにしてくれる軌道を描いている。
だが実際は、見えない壁によって途中から不自然に曲げられてしまい、あらぬ方向へと炎を撒き散らしていた。
熱や燃焼による酸欠のダメージも期待していたのだが……これも効果があるようには見えない。
しばらく引き金を引き続けていると……トウヤは得意満面なツラで笑い始めた。
「はははッ……! ボクの能力をただの防御だけだと思ってるなら、大間違いだぞッ!!」
「げっ!?」
トウヤが前に翳していた手をぐいっと押し出すと……なんと、炎を押し曲げていた見えない壁が動いた。
壁自体が見えた訳では無いのだが、炎が不自然に曲げられている部分が徐々にこちらに迫って来ている!
お、おいおいおいウソだろ!?
あの壁、動かせるのかよっ……!?
このままでは自分の放った炎が跳ね返って来る!
炎が反射されたことで、僕は一歩後退りしようとしたのだが…………
ごり、と背中に何かが当たる感触がした。
咄嗟に振り返る。
が、そこには何もない。
これは…………背後にも『見えない壁』がある!?
もしかして、このままここにいると────────!!
「う、うおぉぉぉっ!?」
僕は咄嗟に『凶器召喚』を解除し、背中の燃料タンクを繋いでいたハーネスを消した。
それと同時に、横方向へと飛び避ける。
直後、地面に投げ捨てるようにした携帯放射器の燃料タンクが大きくひしゃげた。
金属の潰れるような音がしたと思うと、直後に背後で大爆発が起きる。
「どわあああああああああああっ!?」
間近で起きた爆発により、僕は爆風に煽られて地面を転がっていった。
「ちっ……! カンの良いオッサンだな……!」
舌打ちをしたトウヤが叫ぶ。
い、嫌な予感がしたんだ……。
今のは恐らく、僕を挟むように前後に発生させた『見えない壁』で押し潰そうとしたに違いない。
ライフル弾さえも止める『見えない壁』で挟まれたら、人間の身体など簡単に潰れてしまうのだろう。
『凶器召喚』の解除途中で消えようとしていた鋼鉄製の燃料タンクは、数秒ともたずに全壊してしまった。
周囲には爆風とともに黒い煙が充満している。
なんて恐ろしい能力だ。
防御だけでなく、攻撃にまで使えるとは。
僕は見えない壁に挟まれて、内臓を撒き散らしながら圧死する自分の姿を想像してしまい身震いした。
鋼鉄製のタンクが瓦解するほどの圧力では、僕の身体など耐えられるはずもない。
ここは一旦、身を隠して背後に回るとしよう。
僕は視界を遮る黒煙に乗じて、『隠蔽』の加護を発動させた。
煙の中に溶け込むように消えていく、僕の身体。
数秒後に黒煙が晴れた頃には、僕の姿は完全に透明になっていた。
いきなり姿を消したことで、トウヤは目を剥いて驚いている。
「…………!? き、消えた!?」
キョロキョロと辺りを見回すトウヤを横目で見ながら、僕は背後に回るために移動した。
足音を立てないよう、抜き足差し足で通過する。
ふっふっふ、爆発による黒煙が発生したのは僕も予想外だったが……結果的にそのおかげで『隠蔽』加護を使用するチャンスに恵まれた。
トウヤに見られたままでは発動できなかったので、運が良かったと言えよう。
ここまでの戦いで、何となくトウヤの持つ能力が把握できた。
あいつの発生させる『見えない壁』は、物理的な攻撃は効果がない。
そしてどうやら、前方に手を翳している時だけしか発生させる事ができないようだ。
と言う事は……これは予想だが、あの厄介な『壁』は腕の数だけ、つまり2枚までしか召喚できない可能性がある。
現に先ほど、携帯放射器で炎を浴びせたとき……炎が曲がった軌道から察するに、両腕を使って2枚の壁を発生させていた。
更に、壁1枚あたりの面積はさほど大きくは無い。
何メートルもある巨大な『見えない壁』が作り出せるなら、僕が横飛びで圧死から逃げられた説明がつかなくなる。
燃料タンクの爆発を見る限り、せいぜい横幅にして2メートルといった程度か。
ならば、『壁』の真横・真後ろの防御はガラ空きのはず!
『隠蔽』加護で背後に回り、そこで再び銃弾を撃ち込んでやるぜ、へっへっへ。
などと、交差点脇の歩道を静かに進みながらほくそ笑んでいたのだが……
突如、僕のことが見えていないはずのトウヤと目が合った。
「──────── そこかぁぁぁぁッ!!」
「えええぇぇっ!?」
叫ぶと同時に、トウヤは手を前に突き出す。
うげっ、嫌な予感ふたたび!!
僕はスニーキングを諦め、前方へと走り出す。
が────────
「ごへっ!?」
何かに顔面をぶつけた。
いつのまにか前方に、『見えない壁』が設置されていた!
咄嗟にトウヤを見ると……い、いかんいかんいかん、もう1本の腕も前に出してるぞ!?
どこかにもう1枚、壁がある!!
全身に鳥肌を立てながら構えていると、目の前に信号機が根元からへし折れ、音を立てて倒れた。
足元の縁石も、郵便ポストも、まとめてもぎ取られたように倒れると、津波のように塊になって押し寄せてくる!
『見えない壁』で押し込んでいるんだ!!
このままでは……背後にある青色になった建物の壁との間に挟まれてしまう!
「うひいいいぃぃっ!?」
移動を遮った『壁』と、押し寄せてくる『壁』、さらに背後の建物。
隙間があるとすれば……後方しかない!!
僕はトウヤの背後に回るために歩いてきた歩道に向き直り、全速力で走り出した。
背後から響く轟音。
迫り来る『壁』によって押し流された電柱を間一髪で避けることができた。
振り返ると、押し出された『見えない壁』が建物の1階部分を容赦なく突き崩して行くのが見えた。
まるで目に見えないブルドーザーのようだ……。
支えを失った建物は徐々に傾くと、大きな音をたてて崩れ落ちてしまった。
「く、くそぉぉぉっ! な、何故バレたんだ!?」
『隠蔽』加護を使っていたのに、完全にバレてた。
音を立てないようにスッゲェ気をつけて歩いていたはずなのに!?
「きっと加齢臭でバレたんですよぉ。サトルさぁん、ちゃんとお風呂入ってますかぁ……?」
上空から、転生の女神の声がする。
どうやら『壁」の影響が無さそうな高度に避難したまま僕の戦いを見ていたようだ。
「し、失礼極まり無いな、お前はっ!! 今日は仕方ないだろ!? 帰ってすぐ出てきたんだから! い、いや、そうじゃなくて! 僕はまだ加齢臭を発するような年齢じゃないわあああっ!」
「ゑー、人間の男の人って、そう言いながら大体の場合は自分で気付いていないだけだって聞きますよぉ?」
「うるせぇぇぇ! 僕だってイケメンアイドルのような異性を拐かすフェロモンフレグランスを発してみたいわぁぁ!」
空中で羽をパタパタさせている転生の女神は、僕の事をジト目で見ながら鼻を摘んでいる。
こ、こいつは……僕はお前ら天界からの要請で戦ってるんだぞぉぉ!?
マジでこのクソ女神には、あとで制裁が必要だな!
いつか十字固めしながら僕の膝の裏の臭いを嗅がせてやる!
「ちょこまかとしぶといな、オッサン……! まさか姿を消すスキルまで持っていたのには驚いたが……残念だったな! ボクの作り出したこの亜空間は、完全にボクの『
「巻き舌しまくってまでイタリア語にするんじゃねぇよ! 読者が読みにくいだろうがぁぁ! そこは『テリトリー』で良いだろ!」
崩れゆく建物から離れるように逃げる。
正直、今のは危なかった。
トウヤの召喚する壁は、一切見えないのでヤバい。
2枚しか召喚できないが、この亜空間にある建物の壁まで利用されると非常に危険だ。
可能な限り、建物から離れた場所で戦わなければ。
しかし参ったな。
『隠蔽』加護まで通用しないとなると、もはや残されたのは正面からのゴリ押ししか無いじゃないか……。
何とか攻撃を続けなければ、このままではいずれトウヤの召喚した『見えない壁』2枚に挟まれて死ぬ事になる。
もう完全に、『手で叩き潰そうとしてくる人間から逃げる蚊』の気分だ。
どこから迫ってくるか解らない壁の合間を縫って、逃げ続けるほか無い。
こうなったら、最後の手段だ。
まさかこんな戦術を使う事は無いだろうと思いつつ、準備をしておいて良かった。
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