第2話 そうだ、この女神の羽を使ってふとんを作ろう

 怒声とともに声のした方を見上げると、そこには金色に輝くショートヘアをフワフワとなびかせた、ひとりの少女が浮いていた。

 フワフワは比喩表現ではなく、神通力のようなもので身体を浮かせているため物理的にフワフワしているだけだ。

 純白の布にイヤミったらしい金縁のエングレーブが入った神衣を纏っているのだが、不思議なことにどれほど顔を傾けてもそのスカートの中は見えない。

 そして彼女の背中からは、どこかの女子高生が描いたのかと思うほどポップな羽根が生えている。



「うひゃっ!? 怖ッ!? サトルさんっ、久しぶりの再会なのに、な、何でそんなに怒ってるんですかぁぁ!?」



 ついさっき討ち滅ぼした魔王に向けていたよりも、更に強烈な殺意を含んだ目で睨み上げられた女神は、まるで身に覚えがないと言わんばかりに被害者ヅラをして飛び退る。



「あぁっ! さては欲求不満ですね!? ダメですよっ! 異世界でも女の子に相手にすらされなかったからと言って、女神をそんな目で見ちゃ! 前も言いましたけど、女神のスカートは『鋼鉄の純潔アイアンメイデン』という祝福がかかっていて、どんなに覗こうとしても中身は見え──────」


「違うわボケェェェっ! お、お前っ……5年だぞ!? この異世界に転生させられたときに会ってから、今日でまるまる5年も経ってんだ! そ、その間お前……一度も姿を見せなかったじゃねえかぁぁぁっ!!」


「へぇっ? あらぁーんもー! サトルさんったら寂しがり屋さんだったんですねぇ! ずっと私に会いたかったんですかぁ? えへへ……何だか照れちゃうなぁ! でも確か、『私は、いつもあなたを見守っていますよ──────』って、キラキラした感じで別れたじゃないですか! 忘れちゃったんですかぁ?」


「ふッざけんな! 最初に『女神の祝福』の加護をつける作業をしたっきり、完全に引きこもりやがって! こっちは5年かけて自称勇者しながら異世界各国で不審者扱いされて大変だったっつーの! 異世界に転生させたのなら、その辺のことを助けるのも女神の仕事だろうがぁぁ!」



 ケラケラと笑いながら魔王謁見の間を飛び回るこいつは、自称『転生の女神』。

 5年前、僕が事故に巻き込まれて死んだ直後に現れたと思ったら、加護だけつけた挙句にこの異世界に放り出した張本人だ。


 5年──────そう、もう5年も経っているのだ。

 僕が5年という月日を費やして魔王討伐のために異世界を旅している最中、このクソ女神は一度も姿を現さなかった。

 おかげでどこに行けば良いのやら情報もまるでなく、異世界社会的な支援もナシ。

 聖剣の封印されている場所も、聖なる鎧を作れるドワーフの里も、魔王の城へ行ける時空の扉の開け方も、すべて自分ひとりで調べまわることになったのだ。


 多くの場合、初めて訪れる異世界の街や村に到着しては、


「おい止まれ! 誰だ貴様!? 怪しいヤツめ!」

 ↓

「あ、いえ……め、女神に選ばれた勇者です(自分で言うのも恥ずかしい)」

 ↓

「自称勇者なんて、頭がイカレてんのか!?」

「おーい、皆来いよォ! ここにバカがいるぞォォ!」

「ブチのめして、牢にブチ込めぇ!」


 ……てな具合で投獄されそうになる。

 仕方なく『女神の祝福』パワーで兵隊たちを力づくで黙らせると、ようやくそこで「コ、コイツもしかしてホントに勇者なんじゃね……?」となるパターンばかりだった。

 大体この流れになると、僕を牢屋に入れようとした兵隊さんやらが僕の反撃でそこそこ被害に遭うため、無事に勇者として認めて貰えたとしても、兵士や民衆からの印象はサイアクな状態から始まる事がほとんどだ。

 この女神がそういう部分まで気をまわして、僕が魔王を討伐するまでスムーズに導いてくれるのかと思いきや…………マジで転生時の説明以外、一度も姿を現さなかった。



「ゑ~? イヤですよそんなメンドくさぁい。 サトルさんには一番強力な『女神の祝福』の加護を付けたんですから、放って置いてもそのうち達成できるのは確実でしたしね~。 それにホラ、女神サイドからしたら5年なんて寝て起きたら過ぎてました~くらいのモンですよぉ? 私まだまだ若い女神ですけど、これでも誕生からかれこれ800年くらいでぇ~!」


「神々の世界の尺度で話すんじゃねぇよ! こっちはお前に魔王討伐の報酬として、もとの世界に戻して貰えるって聞いたから死ぬ気でやってったっつーのに! 一度も姿を見せないから……もしかして僕は騙されてるんじゃないかと不安な毎日だったわ!」



 魔王を倒せば、女神がまた現れるかもしれない。

 そうすれば、元の世界に戻して貰えるかもしれない。

 それだけを希望に、僕は頑張って来たんだ。

 もし本当に会えたら、言いたい事を全て言ってやると心に決めていた。

 本当に慈善の苦行でしかなかった異世界の旅をやってのけたのは、この女神に会うための執念のようなものでしかない。


 と、ここまで叫んで気付いた。

 もう身体がもたない。

 『エナジーバーン』の影響で、身体が焼き尽くされようとしている。

 少し動くだけで、自分の身体の肉だった部分がカサカサになって地面に落ちて行く。



「あららららぁ? サトルさん、全身が都会で売ってるデニッシュみたいにパッサパサになってますよ? ふーっ、ふぅーっ!」


「こ、こらっ! 息を吹きかけるなあぁ! 崩れちゃうでしょ!? えぇい、くそっ……! ちょ、ちょっと今後についてまだ聞きたい事があるから……! 転生したときの空間に連れて行ってくれ!」



 こいつとはもうちょっと詰めて話さなければならない事がある。

 だが転生の女神は、僕の言葉にぴくりと肩を震わせたかと思うと、心底イヤそうな顔をした。



「え、ええぇぇぇ〜……?」


「な、何だ!? あの空間に行っちゃ何かマズいのかっ!?」


「ほぇっ!? あー、いや……ちょっと困りましたね……。じ、実は、この前あの空間で同期女神たちとパーティを開いたものでぇぇ、今ちょ~っと散らかってましてね……?」


「お前、あの空間をそんな事に使ってんのぉぉぉ!?」



 興奮してツッコミを入れると、聖剣を握っていた右手が手首のあたりからバサリと落ちた。

 全身がスッカスカになっている。

 い、いかんいかんいかん、もはや一刻の猶予もない。



「うおぉっ!? やばい! ち、散らかってても構わないから入れさせてくれっ! このままだと消えちゃうから僕ゥ! でも散らかしたらすぐ片付けような!?」


「むぅぅ、レディの部屋に押し掛けるなんて、何をする気なんですかぁ……?」


「何もしなぁぁぁぁい! 誓って何もしないから早くううううううううう!(カサカサカサ)」



 自らの発する叫び声の振動により、みるみるうちに身体が崩れていく。

 僕が消えたあとも、僕の活躍がのちの世まで語り継がれるように、カッコいいポーズで力尽きようと思ってたのに……このままでは鎧と聖剣だけを残して消滅してしまう。

 それではまるで、魔王と相打ちになって死んだみたいじゃないか……まるで得心がゆかぬわ。



「あ“………………」







 いよいよ身体が紙くずのように崩れ去り、意識が途絶えたと思った、次の瞬間──────







 僕の意識は、女神が用意した謎の亜空間へと降りてきた。



 まるでオンラインゲームのキャラクターメイキングで見るような謎の空間。

 そうそう、5年前もこんなところに連れてこられたのを思い出した……。

 あの時は交通事故に巻き込まれて死んでしまったという事実を突き付けられた絶望と、これから異世界で魔王を倒すんだという謎の使命感に燃えていたなぁ……。

 


 僕はあるはずの両手で、自分の身体をぺたぺたと触り確認した。

 あぁ、ひとまず良かった……。



「おかえりなさい、サトルさぁんっ! 改めまして、『魔王ジャベなんとか』の討伐、お疲れさまでしたぁ!」


「『冥界絶対魔王ジャベロニデンバンダリア』さんな。仮にも一度世界を征服した魔王なんだから、名前くらい覚えてやれよ……」



 僕の目の前に、先程まで魔王謁見の間で見ていた姿と同じ、転生の女神が落ちてきた。

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