終バス

 P村へ行くバスは、少ない。

 今は朝と夕の二往復四便しかないのだけど、そうは言っても三十年ほど前までは村にもう少し若者もいれば中高生もいたから、もう少し多かった。

 これは、そんな少し昔の終バスの話。


 学生をQ町方向から乗せてきた終バスが、その終点である村の集会所の前で転回して、Q町の営業所に帰って行く。集会所からは回送便になるので、誰も乗っていないはずだ。

 そのはずだった。

 その日、降車したP村の学生たちは、遠ざかっていくバスの最後部の窓に、何かを見た。

「何だあれ?」

「みんな、降りたよな?」

「ああ。五人で全員」

 そうは言っても携帯電話もろくにこの辺りでは通じなかった時代のこと、それをバス会社に通報しようなんて発想もない学生たちは、首を傾げながら各々家に帰っていくだけだったんだ。

 暑い夏のことだったから、そのときはまだ、「陽炎かげろうでも見たんだろ」と思っていたらしい。


 谷筋の道から国道に上がる道を、切り返しながら小型バスが上っていく。

 運転手は、「妙に暑いな」と思ったらしい。汗がだらだら出る。冷房の利きが悪いのか、それとも冷房が壊れたのか。汗を拭おうと手を伸ばした途端。

『逃げな』

 声を聞いた気がした、と言う。

 後ろを振り向くと、がこっちを見ている。いや、バスの後部が発火している。

『飛び降りろ』

 言われるままに運転手は取るもの取りあえず飛び降りた。次の瞬間、バスは爆発炎上した。


 バスの整備不良に起因するらしい爆発炎上事故、幸い死傷者ゼロとして報じられたこの事故だけど、運転手が『何か変なモノを見た』と語ったことは余り大きく報じられなかった。

 後から、学生たちが偶々運転手と話す機会があって、「やっぱりあれ、だったのかな」と学生たちは内々言い合ったとか。


 ※ ※ ※


「いやそれは陽炎なのでは?」

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