のわき様のこと #2

 系図祭りで披露される系図によると、は元々は実在する人間なのだという。


 ――昔々、ここからは北に峠をいくつも越えた海沿いの村に、る娘がいた。

『嵐が来る。船を出さない方がいい』

 すると確かに嵐が来た。

『今日はぐよ』

 すると曇りの日でも雨風が無かった。

 どの漁師よりも天気をく当てるというので、娘は次第に『神懸かり』として扱われるようになり、巫女のように奉られた。


 あるとき、村に南から戦船いくさぶねが来た。

 戦船の首領は、わざわざ船を下りて娘の社に赴き、尋ねた。

『これから海の向こうに源氏の船を出迎えに行く。航路はどうだ』

 娘は答えた。

万事ばんじつつがなく。往復の航路に妨げはなく、やがて大勝を得るでしょう』

 戦船は北の海に向かい、やがて源氏の大軍を連れ帰り、平家を散々に打ち破った。

 いよいよ娘の評判は高まり、人々は娘の名を呼ぶことを憚り、ただ『野分のわき様』『野分の御霊みたま様』と呼ぶようになった。嵐の使い、くらいの意味合いである。

 嵐を読む、のではなく、娘が嵐を払いあるいは呼ぶのだと、次第に信じられるようになった。


 ※ ※ ※


「――え? 突然の壇ノ浦? え?」

「そりゃあ昔から伝わる話なんだから源平合戦くらい出ますよ」

「いやそうじゃなくて、海の話がなんでそんな山奥に?」

「それはまだ話に続きがあるんですが――」

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