のわき様のこと #3

「災いが来る。全てが荒らされる。備えよ」

 あるとき、野分のわき様は言った。それは大変と、人々は船を陸に揚げて待った。

 しかし、その時に限って、何も起きなかった。

「野分様――いや、あの娘はただの嘘つきだったのか?」

「そんな事は無いはずだ。あの方が幾つ嵐を当てて来た?」

 村はたちまち二つに分かれた。野分様の力を信じない者と、信じる者に。


 野分様は、悲しんだ。

 悲しんで、自分を信じる者だけを連れて、村を離れた。

 そうして他の村の無い場所を求めて幾つもの峠を越えてたどり着いたのがP村で、付き従った数名がこの村のほとんどの家の祖なのだと、系図は伝える。


 ところで、残された海辺の村である。

 戦船いくさぶねの首領はその後、将軍様に疎まれて罰された。謀反に加わろうとした、というのだ。首領が捕らえられて遠くに追放された後、何名かの残党はこう考えた、のだろう。

『首領のなりゆきがおかしくなったのは、源氏の船を連れてきてからだ』

『それを唆したのは――――あの娘だ』

 野分様が立ち去って程なく、戦船の残党が海辺の村に殴り込みをかけ、壊せる限りの物を壊し、焼ける限りの家を焼いた。

 確かに、『全てが荒らされた』、のだ。


 ※ ※ ※


「えーと……『又三郎』かな?」

「いや、別に被ってないと思うんですが。あ、便宜上、ここからは生きてる人間の頃のは『野分様』、祀られてる神様は『のわき様』って呼び分けますんで」

「分からんわ!!」

 

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