牛を連れて

 昭和の中頃までは、P村の辺りではそれぞれの家で牛を飼っていた。別に肉や乳をとるためじゃない。トラクターなんて立派なものは無く、そもそも機械を入れるように四角く整えた田畑なんてこの谷間の村には無かったから、牛に犂を引かせるのが一番手っ取り早かったんだ。

 でも、配合飼料なんて無い時代だったから、藁や草を食べさせる。冬は刈った草で凌ぐけど、田植えの終わった夏場はそもそも牛を働かせる場面はそんなに無いので、牛を遊ばせておく意味もあって、入会地になってる原っぱまで草を食べさせに行ったらしい。

 入会地といっても、谷間に原っぱなんて無い。P村から川沿いに1km、更に峠を越えて2km。都合片道3kmの道のりを、だいたい子供に引かせて連れて行かせたんだって。

 原っぱに行くのが楽しいのか、青い草が嬉しいのか、不思議と牛は子供の言うことでも大人しくよく聞いて、引かれるままに歩いてたらしい。

 ただ一カ所だけ、峠道のの祠の前では、牛は座り込んでしまう。そうなると子供が引いても叩いても動かないので、牛が立ち上がるまで待つしか無い。

 ――こうしん様が悪さをしてる。

 そう子供は噂しあったという話。


 ※ ※ ※


「というわけではい! 不思議な話です!」

「いや、それ、その辺の峠道が険しくなってて牛の脚にもしんどくなるってだけの話じゃない? いよいよ不思議でも何でもなくない?」

「でも祟りがあったって信じてたんですって、うちの親父とかも」

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