境石

 P村と隣の集落の間に、子供の背丈ほどの高さの石が立っている。道沿いに、山の中に、藪の中にも、幾つかあるという。これを境石さかいいしと呼んでいる。

 昔は『ここが村境だ』という意味の文字が彫ってあったとか、いやお地蔵様が彫ってあったとか、色々な言い伝えがあるけど、兎に角今は何か彫られた跡形もない、つるっとした石でしかない。


 ※ ※ ※


 昔昔、まだ村で牛や馬を使っていた頃のこと。

 牛や馬に喰わせる草を生やす丘やたきぎを拾うためのやぶは、だいたい入会地いりあいちになっていた。簡単に言うと、村のひとなら誰でも使っていい、って意味。

 ただ、P村と隣の集落の入会地が隣り合ってたので、揉め事が起きた。

 P村の馬が隣側の入会地で草を食べてた。いや隣村の子供がP村側で薪を取った。そういう少しの行き違いが段々積もり積もって、村同士が険悪になった。

 仕舞いには、P村のおさと隣村の長が、代官様のところに押しかける騒ぎになった。

境目さかいめをはっきりしてくだされ。このままでは村同士の喧嘩になります」

 とはいえ代官様も困ってしまった。そもそも皆の持ち物だから入会地なのであって、そこにはっきりした境目など決める根拠が何も無い。

 代官様は一人きりで何日かP村と隣村の山々を歩き回り、そして疲れ果てた顔をして代官所に戻ってきた。その後三日ほど寝込み、起き上がると部下たちに幾つかの石を用意させた。

 二つの村の主立った者たち――勿論その中にはたちも居る――を代官所に呼び集めて、代官様は言った。

「わしは山で。奇妙な色に閃く蛇だ。で、お告げを授かった。――これらの石が境をおのずと示すだろう、と」

 笑う者はいなかった。所詮しょせん余所者でしかない代官様が、自分たちの知るの使いと同じモノを見たのだから。

 数日のうちに石は代官所から転がり消えた。そうして現れたのが境石、なんだそうな。


 ※ ※ ※


「いやそれ、絶対村人が自分の都合のいい境目になるように石運んでるでしょ。こっそり」

「そんなことしませんって。お告げですよ、お告げ。自分で石運んだりしたら祟るに決まってるじゃないですか」

「――じゃあ、境石が祟ったって話はあるの?」

「それは……」


 

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