みずは様のこと #1

 田植えの時期になると、P村の村人は水路――谷川からは水を汲み上げられないので、江戸時代からの水路やそれ以前からの溜池ためいけに農業用水を頼っている――の取水口に集まり、御神酒おみきと餅を捧げる。神主さんが祝詞のりとを読む。

 このとき、取水口にまつられているのが、みずは様だ。

 みずは様をないがしろにすると、たちまち水が涸れるのだ、と村人は強く信じている。


 ※ ※ ※


 昔々、まだ水路が出来るよりも昔、村の中で些細な喧嘩があった。発端は村の祭りで誰が上座かみざにつくか、程度の話だったという。名前は伝わってないのだけど、名前を置かないままだと話しづらいので、仮にこのとき争った家の主人を甲太郎こうたろう乙兵衛おつべえとしておく。

 乙兵衛が甲太郎の家の前にねずみの死骸を置けば、暫く後に甲太郎は乙兵衛の家の前に首を斬られた猫の死骸を置く。そんな嫌がらせの応酬が暫く続いた。

『お前たち、いい加減にせい』

 村長が間に立った。だが、その裁定は、乙兵衛からすれば納得のいくものでは無かった。

『甲太郎の家はだ。乙兵衛の家はだ。甲太郎の家が上座であるべきは明かではないか。乙兵衛は立場を弁えい。甲太郎も、大度をもって乙兵衛の不満を容れてやれ』

 形ばかりは互いに詫びを入れた。しかし乙兵衛の不満は収まらない。

 ある夏、乙兵衛は、甲太郎の田に繋がる取水口に大石を投げ込んだ。ただ甲太郎の邪魔をしてやれ、という一心であった。

 だが――みずは様の祟りは、村全体に及んだ。たちまち溜池の水が涸れ、全ての田が干上がった。雨が降ろうが嵐が起きようが、どういうわけか溜池にはいっこうに水が溜まらない。

 村人は慌てて大石を除き――水が涸れているので石を取り除くこと自体は難しく無かった――、乙兵衛を激しく責めた。

 乙兵衛をに処し、甲太郎を含む村人全てがを行い、ようやく溜池に水が溜まったという。


 ※ ※ ※


「って、それ祟りとかじゃなくて溜池の防水性が劣化して水が溜まらなくなっただけなのでは? 大石投げ込んだだけの変化でも粘土層が薄ければあり得るって」

「いやでも『甲太郎の取水口』が溜池に直結してるとは限らないよね?」

「それはまあそうだけど……」

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