第7話
フワフワは寒いのか、ヒューレッドの手の上でムズムズと動く。そして、丸まって寝ている身体をさらに体温を逃がさないようにギュッと丸めた。
「寒い……のか?」
フワフワが寒そうにしているように感じられ、ヒューレッドは小さなフワフワを両手で包み込むように抱きしめた。そうして、隙間から「ふー、ふー。」と息を吹きかける。少しでもフワフワが暖かく心地よく眠ってくれるようにと思いを込めて。
ヒューレッドが魔法を使うことができれば、空気を暖める魔法も使用することができるので、このような原始的な方法をとらなくても事足りる。だが、魔法を使えば聖女マリルリに居場所を知られてしまうため、ヒューレッドは原始的な方法でフワフワを温めることしかできなかった。
これがヒューレッドが魔法を使うことが苦手ならば、市井には部屋の空気を温める便利な魔道具があるということに気づけたのだが、大抵のことは魔法でどうにかしてきてしまった魔法馬鹿なところがあるヒューレッドは、魔道具を使用したことがほとんどなかったために気づくことができなかったのだ。
「子守は、以外と大変だな……。」
ヒューレッドはフワフワに絶えず息を送り続ける。フワフワが寒くないように、と。その甲斐があってか、フワフワは表情をゆるめ、丸まっていた身体を伸ばし始めた。ちょうど良い温度で快適なのだろう。
幸せそうに眠るフワフワを見て、ヒューレッドは目を細めて口の端を上げる。
「大変だけど、とても可愛いな。」
★★★
「ヒューレッド様はどこに行ったのかしら?」
神殿に用意された豪華な一室で、聖女マリルリは不機嫌そうに呟いた。
ヒューレッドがマリルリの前から姿を消して既に丸三日以上が経っていた。すぐにでもヒューレッドが魔法を使うだろうと思っていたマリルリの当てが外れたのだ。
「まさか、魔獣にやられてしまったのかしら?」
まさか、あり得ないとマリルリは首を横に振る。王宮魔術師であるヒューレッドがそんなに簡単にやられるはずがないと思っているのだ。
ヒューレッドは気づいていなかったが、ヒューレッドは王宮魔術師の中でも飛び抜けて魔力が高く、魔法の才能もあった。魔法を使っての戦闘センスも王国一の実力だったのだ。そのため、国王であるアルジャーノンが密かに将来有望な若者として目をつけていたのだ。
そんなヒューレッドがやられてしまう魔獣など、王宮の側に広がる森にいたら大問題になっている。
「私から、逃げたのかしら。それにしても、あのヒューレッド様が魔法も使わずにいられるだなんて、可笑しいわ。絶対に魔法を使うはずなのに。誰かが教えたのかしら。魔法を使わないようにと。それとも、まさか誰かがヒューレッド様を隠しているのかしら……?」
最近、なぜだかマリルリの思うように運ばないことが増えてきているのを感じていた。今まではお願いすれば誰でもマリルリの言うことを聞いていたのに、マリルリの思うように物事が進んでいたのに。最近はなかなか思うようにことが運ばないのだ。
ヒューレッドとの結婚だって、本当はすんなり進むはずだったのだ。
「何か、おかしいわね。」
聖女マリルリは思案顔で自分の美しい顔を映している鏡をジッと見つめるのだった。
★★★
「あら?なにをしているのかしら?」
ヒューレッドがしばらくフワフワを息で温めていると、植物の世話が終わったのかセレスティアが家の中に入ってきた。セレスティアは、何度も何度もフワフワに息を吹きかけているヒューレッドを不思議そうに見つめている。
「フワフワを温めているんです。手の中だけだと寒いみたいで……だから、息を吹きかけて温めているです。」
「まあ!ふふっ。そうね、ずっとそうしていたのなら大変でしたね。お疲れ様です。ヒューレッド様。」
セレスティアは楽しそうに笑うと、ヒューレッドに向かって手を差し出した。ヒューレッドは差し出された手の意味がわからなくて、首を傾げる。
「大変でしたでしょう?少しの間、私がフワフワをみていましょうか?」
セレスティアはヒューレッドがずっとフワフワに息を吹きかけていたことに気づいて大変だから子守を変わると申し出たのだ。
「ありがとうございます。ですが、フワフワはとても気持ちよさそうに眠っているんです。動かしてしまうと起きてしまいそうなので……。」
ヒューレッドは優しい目をしながら、手の中のフワフワを見つめる。フワフワはヒューレッドの手の中ですやすやと小さな寝息を立てて眠っていた。時折、寝返りを打つのがまたなんとも愛らしかった。
「そうですか。わかりました。では疲れたらおっしゃってくださいね。変わりますので。」
「ええ。ありがとうございます。」
セレスティアは微笑ましいものを見たとばかりに微笑むと、そっとその場を離れる。
ヒューレッドはしばらく離れていったセレスティアの後を目で追っていたが、すぐにその視線をフワフワに戻した。不思議なことにフワフワを見ていると癒やされることに気づいたのだ。
どれくらいフワフワのことを見ていただろうか。ヒューレッドの手の中でフワフワがわずかに身じろいだ。また寝返りを打つのかと思ってヒューレッドは見ていたが、フワフワの目がぱっちりと開いた。そして、そのまん丸な目がヒューレッドを見つめると「みゃあ。」と一声鳴いた。
「おはよう。フワフワ。ご飯、かな?」
「みゃあ。」
目が覚めたらミルクを与えるようにと、セレスティアが言っていたことを思い出したヒューレッドは、フワフワにご飯が欲しいのかと問いかけると、フワフワは目を細めて小さく高い声で鳴いた。
ヒューレッドはフワフワがミルクを欲していると思い、先ほど与えていたミルクを探す。だた、目に入るところにミルクらしきものはなかった。
「セレスティア様はどこからフワフワのミルクを持ってきたのだろう。山羊のミルクと言っていたがフワフワにあげるために毎回採りにいっていたのだろうか。」
部屋の中にないことを確認すると、思い浮かぶのはセレスティアの家の庭で飼われている山羊だ。家に入る前に一瞬見ただけだったが、確か山羊が庭にいたはずだとヒューレッドは思い出した。
ヒューレッドはセレスティアを探しながら、外にでて山羊を探そうと思った。セレスティアを探してみたが、どうやら家の中にはいないようだった。また外に出たのだろうかと、ヒューレッドは家から出ようとした。
「あ、あれ?玄関はどこ……だったっけ?」
それほど広くない家にもかかわらず、なぜだかヒューレッドは玄関を見つけることができなかった。その間にもお腹が空いたのか、フワフワが声を上げて「みゃあ。みゃあ。」と鳴き出し、ヒューレッドは慌てることとなった。
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