第6話
「な、なりませんっ!それはなりませんっ!!セレスティア様は女性なんですよ!女性が一人で住んでいる家に男であるオレを住まわせたりしてはなりませんっ!!」
「ふふっ。ヒューレッド様はとても面白い方ですね。」
「セレスティア様、もっとご自分を大切になさってください。」
セレスティアはヒューレッドと一緒に暮らすのは何の抵抗もないようだ。それが、返ってヒューレッドを不安にさせる。セレスティアは訳あって一人で森の奥で暮らしている少女だ。もしかしたら悲惨な過去があって自分を安売りしているのではないかとヒューレッドは考えたのだ。
「そうね。ふふっ。それでは、この魔獣に名前をつけてあげてください。」
セレスティアはにっこりと微笑んで真っ白くてとても小さい猫の魔獣を指し示して言った。まるで暖簾に腕押しだとヒューレッドは深いため息をついた。
「オレはここを出て行きます。いくら魔獣とはいえ、そんなに小さな子を連れて旅になど……。」
「そうね。だから、ヒューレッド様、ここでこの子が大きくなるまで一緒に過ごしましょうね。」
「ですから、それは先ほどから言っておりますが……。」
「この子に名前をつけて、しばらくここで一緒に過ごしましょうね?ヒューレッド様は魔法を使ってはならないのですよ。この子がいないとヒューレッド様の旅は険しいものとなりましょう。剣など扱ったことはないのでしょう?」
セレスティアが声に魔力を込めてヒューレッドにもう一度ここで過ごすようにと告げる。セレスティアが声に魔力を込めて言えば誰もがセレスティアの言葉に従ってしまう。聖女マリルリと同じ力をセレスティアも使うことができた。
ただ、マリルリとは違う点が一点だけある。マリルリよりもセレスティアの方がより強力な魔力を声に込めることができるということだ。
「セレスティア様。かしこまりました。ここで一緒に過ごさせてください。ですが、その魔獣の子の名前はセレスティア様がつけてください。オレは、ネーミングセンスが皆無なんです。」
「あら?そう、ふふ。」
セレスティアはヒューレッドの返答に驚くと、楽しそうに心から笑った。ヒューレッドはセレスティアの言葉の一部を拒否したのだ。セレスティアが声に魔力を込めたというのに。
セレスティアはヒューレッドの可能性を感じて嬉しくなってきた。きっと、セレスティアが産まれてきてから一番嬉しいと感じた瞬間かもしれない。
そして、セレスティアにとってヒューレッドは一つの希望になり得た瞬間だった。聖女マリルリに対抗できるかもしれない。その可能性をセレスティアはヒューレッドに見いだした。
「そうねぇ。でも、これからヒューレッド様がこの子を育てていくのよ。ヒューレッド様が名前をつけてあげた方がこの子も喜ぶと思うわ。それに、私もネーミングセンスは皆無だもの。だって、この黒い猫の魔獣の名前ははクロよ。きっと、この白くてふわふわな子も、私だったらシロって名前をつけてしまうわ。」
セレスティアは楽し気に微笑みながらヒューレッドに告げる。今度は声に魔力を込めることはしない。
ヒューレッドはセレスティアのつけようとしている名前に驚いた。流石にシロは可哀想だ。どちらかというと猫の魔獣の名前よりも、犬の魔獣の名前に近いような気がしたからだ。
「それじゃあ、フワフワって名前はどうですか?」
「ふふっ。ほんとにヒューレッド様もネーミングセンスがないのね。でも、フワフワはその名前が気にいったようよ。」
フワフワと名付けられた猫の魔獣の赤ちゃんは、眠い目を擦りながら「みゃう。」と鳴いた。それを聞いてセレスティアは嬉しそうに笑った。嬉しそうに笑うセレスティアを見て、気がついたらヒューレッドも笑っていたのだった。
「はい。じゃあ、フワフワにご飯をあげてみましょうね!」
セレスティアはそう言いながら手に持った小さい器と布切れをヒューレッドに渡してきた。まだまだ小さい猫の魔獣の赤ちゃんはお乳を飲む。だけど、猫の魔獣のお乳はなかなか手に入らないので、セレスティアの家の裏庭で飼っている山羊のミルクをフワフワに与えている。
人肌程度に温めた山羊のミルクを布に浸してフワフワの口元に持って行くのだ。そうすると、フワフワが小さな口でミルクがついた布にちゅぱちゅぱと吸い付く。まだ歯が生えていない口は布を噛み切ることもないので、安心だ。これが、もう少し大きくなってくると歯が生えてくるので布に噛みついてしまい間違えて布を食べてしまうことがあるので注意するようにと、ヒューレッドはセレスティアから注意を受けた。
「オレが、ミルクをあげるのか?」
「そうよ!ヒューレッドがフワフワを育てるのよ。その方がより絆が強くなってフワフワも強くなるわ。」
「ん。まあ、ミルク飲んでる姿可愛いけど、小さすぎて潰してしまわないか心配だな。」
ヒューレッドは片手でフワフワを抱き上げると、フワフワの小さな口にミルクを少しずつ運ぶ。布につくミルクは少量なので何度も何度もフワフワの口元に運ばなくてはならないから結構大変だ。
もしもヒューレッドが人間の赤子を育てたことがあるのであれば、ここで気づいただろう。哺乳瓶という画期的なアイテムがあることに。だが、悲しいかなヒューレッドは魔獣の赤子を育てたことも人間の赤子を育てたこともなかった。ゆえに哺乳瓶という便利なアイテムがあるということを知らなかった。
時間をかけてゆっくりとフワフワにミルクを与えると、ヒョイッとセレスティアがフワフワを取り上げた。そして、フワフワのお腹を軽くさすってやる。
「けぷっ。」
フワフワの口から小さな声が漏れた。
「ご飯を食べたあとは、こうしてゲップをさせてあげてね。」
「あ……はい。」
ゲップをするフワフワも可愛いとヒューレッドは思いながらセレスティアの言葉に頷いた。
フワフワはお腹がいっぱいになって満足したのか、目をとろんとさせる。どうやら眠くなってきたようだ。
「猫の魔獣の赤ちゃんはたくさん眠るから、もう眠くなっちゃったのね。少し寝かせてあげましょうか。この子が目覚めたらまたミルクをあげなきゃいけないから覚えておいてね。」
ヒューレッドは眠そうなフワフワをセレスティアから受け取った。
眠くて仕方の無いフワフワはくてっと身体から力を抜いている。そのため、とてもぐにゃぐにゃしているようにヒューレッドは思った。ぐにゃぐにゃしているので、少しでも力をいれたら潰れてしまうのではないかと怖くなる。
「フワフワはまだ赤ちゃんだから、体温の調節があまり上手にできないの。だから、ヒューレッド様。フワフワが寝ている間はヒューレッド様の体温で温めてあげてくださいね。フワフワが寝ている間に私は植物たちの手入れをしてきます。ヒューレッド様はフワフワと一緒にいてあげてくださいね。」
「えっ!?」
言うが早いかセレスティアはヒューレッドにフワフワの世話を頼むと、ヒューレッドの返事も聞かずに外に出て行ってしまった。
残されたヒューレッドは手の中にいるフワフワとセレスティアが出て行ったドアを交互に見つめて戸惑った。体温でフワフワを温めておくとはどうすればいいのかと、手の中の小さな命を見つめて途方にくれるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます