第5話
「ようこそいらっしゃいました。ヒューレッド様。私はセレスティアと申します。」
家の中に案内され、ヒューレッドが椅子に座ったところで少女、セレスティアは自己紹介をした。その所作は洗練されており、どこぞの貴族の令嬢と言っても差し支えのないものだった。
セレスティアは慣れた手つきで紅茶を入れると、ヒューレッドの前に出す。無駄のない動きは見ていてとても心地の良いものだった。
「セレスティア様は、ずっと一人でこんな森の奥に住んでいるんですか?」
「ふふ。私は、ここでしか生きられないのです。それに、一人の方が気楽ですから。人に傅かれて生きるのは私には向いておりません。私のことはお気になさらないでください。それよりもヒューレッド様のことを教えてください。これからどこに行くおつもりなのですか?」
セレスティアはヒューレッドの問いかけににっこりと微笑みながら答えるも、それ以上追求されたくないのかサラッと話題を変えた。
ヒューレッドも人には詮索されたくないことの一つや二つあるかと、それ以上セレスティアのことについて詮索するのはやめた。内心では年若い少女がこのような森の奥に一人で住むようになったきっかけが気になってはいたが、口に出さずにグッと飲み込む。
「イーストシティ共和国に向かおうかと思っています。」
「そうですか。イーストシティ共和国に。当てはあるのですか?」
「いえ、当てはありませんが、イーストシティ共和国は他国の人間でも迎え入れてくれると聞いています。冒険者ギルドもあるそうなので、そこに登録して暮らして行こうかと思います。」
「そうですか。確かにイーストシティ共和国は他国の人間を快く迎え入れておりますね。行く先としては妥当かもしれません。ですが、冒険者は常に危険と隣り合わせなのですよ。宮廷魔術師であれど、死の危険とは隣り合わせです。それでも、冒険者となるのですか?」
セレスティアは年齢に見合わず世情のことを良く知っているようだ。ヒューレッドは感心しながらセレスティアの言葉に頷く。
「もちろん。承知しております。冒険者として生計を立て、いずれはどこかに家を買ってゆっくりと暮らそうかと思っています。」
「そうですか。マリルリは魔力を感知することができます。きっとヒューレッド様が魔法を使うとすぐにマリルリが感知して飛んでくるでしょう。せめて、この国を出るまでは魔法を使わないでください。」
セレスティアは聖女マリルリのことも知っているようだ。しかも、ヒューレッドがマリルリに追われていることも知っているようだ。ヒューレッドは不思議に思うが、どうやら先ほどの会話からマリルリからヒューレッドを助けるためにクロを遣わしたということに気づいたので、セレスティアには何か特殊な能力があるのかもしれないと考えた。その特殊な能力があるがために、このような森の奥で一人で暮らしているのではないかと。
「国王陛下にも言われました。魔法を使わぬようにと、あとこの髪の色も染めるようにと。」
「そうですか。アルジャーノンが……。あの子がヒューレッド様を助けようとしているのね。なら、私もヒューレッド様のお力になりましょう。魔法を使わないでこの国を出るのはヒューレッド様にとっては困難でしょう?」
セレスティアはそう言うと、両手を目の前でパンッと叩いた。セレスティアの両手からは淡い光が漏れ出した。
「ヒューレッド様に、この子をお貸しいたします。きっとヒューレッド様の旅の役に立ってくださることでしょう。」
セレスティアの光が収まった手から出てきたのは小さな真っ白いふわふわとした生き物だった。まだ産まれたばかりなのか、セレスティアの手のひらに乗るほど小さい。その生き物には真っ白なとがった耳があった。そして、細く長い尻尾があった。
「猫の魔獣の赤ちゃん?」
真っ白なふわふわな生き物はどこからどう見ても猫の魔獣の赤ちゃんだった。
ヒューレッドは困惑しながらも、セレスティアから真っ白な生き物を受け取った。だが、ヒューレッドは思い悩む。このような産まれたばかりとも思える小さな生き物を旅に連れて行って大丈夫なのかと。まだ産まれたばかりで小さいのだから親元に居た方がいいのではないだろうかと。
「ええ。猫の魔獣です。先月産まれた子なのです。」
「ですが、まだ小さく旅をするにはこの子が危険ではありませんか?それに、オレもこんなに小さい猫の魔獣の赤ちゃんをちゃんとに育てることができるのか心配です。」
「大丈夫ですわ。この子は人の魔力を食べて大きくなります。そして、私が知る限り、ヒューレッド様の魔力はとても綺麗で美味しそうな色をしています。魔力もとても上質ですし、量も豊富ですね。そんなヒューレッド様の魔力を食べて大きくなれば、この子は誰にも負けないくらい強く育つでしょう。」
セレスティアはにっこりと笑って言い切る。
ヒューレッドは手の中の真っ白な生き物を改めて見た。真っ白な生き物はヒューレッドの手の中ですやすやと眠っているようだ。初対面の人間の手の上にいるというのに、こうも無邪気に眠っているなんてと、警戒心がなさすぎるとヒューレッドは心配になった。
「それに、もう生後一月になります。そろそろ離乳食でも始めようかと思っていたところなのです。」
「え?りにゅうしょく……?」
セレスティアの言葉が衝撃的で思わずヒューレッドはカタコトになってしまった。まさか、離乳食もまだな魔獣の赤ちゃんを渡されるとは思ってもみなかったのだ。
離乳食なんて人間の赤ちゃんにも与えたことのないヒューレッドは大いに戸惑った。そして、セレスティアはヒューレッドに更に追い打ちをかける。
「ええ。そろそろトイレも一人でできるようになると思うし、旅をしても問題ないでしょう。」
にこやかに笑いながら言うセレスティアにヒューレッドは唖然とした。どうやらヒューレッドの手の中にいる猫の魔獣は排泄もまだ一人ではできないようだ。
「問題大ありですっ!!」
離乳食もまだ、排泄もまだ一人でできない手のかかる魔獣の赤ちゃん。ヒューレッド自体も慣れていない旅に連れて行くにはとても不安になる存在だ。
「離乳食もまだ、排泄も一人でできないのに旅なんて過酷なことは可哀想過ぎます!駄目です!!ダメダメです!!」
「あら?そう?でも、人間の子ではないのよ?魔獣の子よ。とても強いわよ。赤ちゃんだと言っても成人した人間よりは強いわよ?」
「そ・れ・で・も・です!まだ赤ちゃんなんですよ!旅なんて過酷なことなどさせずに、可愛がってあげなければなりませんっ!!」
「そう?じゃあ、この子がもう少し大きくなるまでヒューレッドもここで一緒に暮らしますか?」
ヒューレッドがセレスティアに如何に強い魔獣の赤ちゃんでも赤ちゃんのうちは旅に連れて行くべきではないと立ち上がりながら力説すると、セレスティアがまたも爆弾発言をかましてきた。
セレスティアのその言葉に、今度はヒューレッドが立ち上がったままカチンッと固まった。
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