第11話






☆☆☆




「なぜ、ヒューレッド様は魔法を使わないのかしら。魔法を使えばすぐに居場所がわかるのに……。」


 聖女マリルリは自室で地団駄を踏んでいた。


 一週間経っても、ヒューレッドが魔法を使った形跡がないからだ。ヒューレッドのことはすぐに見つけられると思っていたマリルリの予想が外れたことに、マリルリは腹が立っていた。そうして、宮廷魔術師ともあろうヒューレッドが魔法を一切使わないという不自然なことに、マリルリは誰かがヒューレッドに入れ知恵をしたのではないかと勘ぐる。


「誰かが、ヒューレッド様に魔法を使わないようにと告げたのかしら?……いったい、誰が?」


 聖女マリルリが、特定の人物が魔法を使った際にどんな魔法を使ったのか、どこで使用したのかということがわかることを知っているのはごく一部の人間のみだ。


 誰かがマリルリを裏切っているという可能性に気づいて、ギリッと歯を食いしばった。


 マリルリは裏切りそうな人物を思い浮かべる。だが、該当するような人物は自分の側にはいない。


 唯一いるとすると……。


「まさか、彼女が?あり得ないわ。彼女とヒューレッド様との接点がまるでないわ。どうやってヒューレッド様に近づいたのかしら。」


 マリルリは唯一、自分の力を知っていて、マリルリに対して敵対心を抱いているだろう女性のことを思い浮かべる。


 それは、マリルリが聖女になる際に蹴落とした元聖女だ。


 血の気が通っていないのではないかと思うほど真っ白な肌を持ち、老婆のような真っ白の髪を持つ元聖女。マリルリと違って正統なる聖女であった元聖女だ。


 マリルリに追い出されてからどこに行ったのかは知らないが、目も見えないのだ。そのため、気軽に出歩くこともないと思われる。だから、ヒューレッドと知り合うはずがないのだ。


「彼女じゃないとしたら、一体誰が……?」


 マリルリは他にヒューレッドにアドバイスをしそうな面々を思い出そうとするが、まったく検討が付かなかった。


「……偶然、かしら?それとも、私に従うふりをして、裏切っている者がいるのかしら?裏切り者がいるのであれば早めにあぶりださないと危険ね。」


 マリルリは思う。裏切り者がいなければいいのに、と。そして、自分が聖女の座を追い落とした元聖女がヒューレッドに対して入れ知恵をしたのならいいのに。と。


「……気が乗らないけど、彼女に会って確かめた方がよさそうね。」


 いるかいないかわからない裏切り者をあぶりだすよりも、元聖女に確認した方が楽だと考えたマリルリは元聖女の居場所を探し出すことにしたのだった。


 だが、聖女マリルリは元聖女の魔力の形を知らない。いち早くマリルリの能力に気づいた元聖女が巧妙に隠したからだ。


 元聖女はマリルリよりも魔法に精通しており、さらにマリルリよりも魔力が多く知恵も回った。誰もが崇拝するような完璧な聖女だったのだ。気味の悪い肌や髪の色を除けば。







☆☆☆












「……そう、マリルリが私を探しているのね。」


 セレスティアは王都に忍ばせている魔獣から聖女マリルリについての報告を受けていた。


 その報告では、聖女マリルリがセレスティアを探しているという。ヒューレッドを匿っているのが、セレスティアではないかと言うのだ。ヒューレッドを探すために、セレスティアを探すとマリルリは言っているようだ。


 なにがどうなって、マリルリがセレスティアに目をつけたのかセレスティアにはわからなかった。だが、マリルリの思っている通り、セレスティアがヒューレッドを匿っているのは確かだ。


「……なぜ、私に行きついたのでしょうか。マリルリの感ですかねぇ。以前から異様に勘の鋭い方でしたから。」


 セレスティアは困ったように首を傾げる。


 せっかくヒューレッドを保護したというのに、このままヒューレッドがセレスティアと一緒にいると、ヒューレッドまでマリルリに見つかってしまう。


「もう少しだけヒューレッドさんの成長と、フワフワの成長を見守っていたかったのですが、ね。仕方ありませんねぇ。」


 ヒューレッドとフワフワだけで旅にでるにはまだ早いかもしれない。まだ、フワフワとヒューレッドが会話ができそうにないからだ。


 最低でもフワフワとヒューレッドが会話ができるようになるまでは一ヶ月が必要だとセレスティアは思っていた。その間だけでも、ヒューレッドを匿っておこうと思っていたのだ。


 だが、マリルリはその異常なほどの感の良さで、セレスティアがヒューレッドを匿っているのではないかと確信しているようなのだ。


 セレスティアは森に隠れるように住んでいるが、森に住んでいることを隠しているわけではない。時々、街の人々に家まで品物を届けてもらうこともあるし、街に出かけた際に親しく会話を交わすものもいる。


 つまり、人海戦術を使えばヒューレッドよりもセレスティアの方が見つかりやすいだろう。なにより、セレスティアの髪は真っ白で、肌も真っ白なうえに、目だけが赤いのだから。ヒューレッドの眩いばかりの金髪もとても目立つが、それでもセレスティアほどではない。


 それに街の人間は知っている人はセレスティアの居場所を知っているのだ。聖女であるマリルリがセレスティアを探していると言えば、聖女に心酔している街の人間のことだ。なんの疑問も持たずに、セレスティアの居場所を教えてしまうだろう。


「ヒューレッドさんを早急にここから旅立たせる必要がありますね。せめて、フワフワと会話ができればよかったのですが……。」


 セレスティアはフワフワとヒューレッドが会話ができていないことが、心配だった。フワフワとヒューレッドは意思疎通ができないのだ。旅に出るとなるとこれが問題になってくるかもしれない。


 だが、マリルリは思い立ったら躊躇なくすぐに動くだろう。つまり、セレスティアが見つかるのも時間の問題だ。


 セレスティアが見つかるよりも早く、ヒューレッドをここから出て行かせなければならない。


 セレスティアは思案しながらも、家の中に入るとちょうどヒューレッドがフワフワと初めての会話ができた瞬間だった。


 セレスティアは安堵した。


 そして、ヒューレッドに告げる。ここから出て行くようにと。


 セレスティアはヒューレッドの戸惑う声を無視して、転移の魔法を使用した。


「さよなら。ヒューレッドさん。どうか、お元気で。」


 誰にも聞こえないように小さく呟いたセレスティアの目からは僅かな雫が落ちた。




 それから数刻もしないうちに、聖女マリルリがセレスティアの元にやってきたのだった。




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