第8話



「あらあら。フワフワが鳴いているわ。お腹が空いたのかしら。」


「うわっ!?」


 ヒューレッドが外に出るための玄関はどこかと探していると、急に目の前の壁にドアが現れた。そして、そのドアからセレスティアが家の中に入ってきた。

 まさか、急に目の前の壁にドアができて、しかもそこからセレスティアが姿を現すとは思ってもみなかったヒューレッドは、驚いてその場に尻餅をついてしまった。尻餅をついてしまったが、ヒューレッドは手の中のフワフワは落とさなかった。


「あら。床に座っていると、冷えちゃいますよ?フワフワがご飯が欲しいみたいですが、あげましたか?」


「きゅ、急にドアが……。い、いえ。フワフワ用のミルクがどこにあるかわからなくて、セレスティア様を探していたんです。家の中にセレスティア様がいらっしゃらなかったので、外かと思って玄関を探しているところでした。」


「まあ。そうでしたか。」


 ヒューレッドは現状をありのまま伝える。セレスティアは、にっこり微笑みながらヒューレッドの言葉を聞いていた。


「そうでした。そうでした。ヒューレッド様にはフワフワにはミルクを与えるように言っていましたよね。忘れていました。では、庭にいる山羊にミルクをもらいにいきましょうか。玄関から外に出ましょうね。」


「えっ……?」


 セレスティアは思い出したとばかりに手をポンッと打つと、ヒューレッドに外にでるように促した。驚いたのはヒューレッドだ。セレスティアの言い方だと、フワフワにあげるのはミルクじゃなくても良いようなことを言っているのだから。

 だが、セレスティアはヒューレッドが戸惑っていることなどお構いなしに、さっさと玄関から外にでた。そうして、まだ家の中で固まっているヒューレッドに向かって、「ヒューレッドさん?早く来てください。」と急かした。


「い、今行きますっ!」





☆☆☆




 ヒューレッドはセレスティアの後を小走りで追いかける。不思議なことにセレスティアは優雅に歩いているようにヒューレッドには見えるのだが、小走りではないとヒューレッドはセレスティアの後をついていくことができなかった。


「はい。ヒューレッドさん。フワフワを預かっていますから、山羊のメーメーからミルクを貰ってみましょう。」


 セレスティアは息も乱さず、真っ白な毛並みを持つ山羊の前に立つと、メーメーと呼ばれた山羊の頭を優しく撫でながら、ヒューレッドにフワフワのミルクを採取するようにと伝えた。

 これに戸惑ったのはヒューレッドだ。山羊のお乳など、搾ったことがないからだ。


「あー。すまない。オレは、山羊のミルクの採り方を知らないんだ。」


「まあ!まあ!では、今から私がお手本を見せますね。」


「よろしくお願いします。」


 セレスティアはヒューレッドが山羊のお乳の搾り方を知らないと聞いて驚いた表情を作る。だが、セレスティアはすぐに驚いた表情を隠すと、ヒューレッドに山羊のお乳の搾り方を教えた。


「まずは、山羊のお乳を優しく握ってくださいね。優しくですよ。思いっきり握ったらメーメーが驚いてしまいますから、気をつけてくださいね。そしたら、ミルクがでますよー。右、左、交互に搾ってみてくださいね。」


 セレスティアはそう言うと簡単そうに山羊のお乳を搾って見せた。簡単にミルクが出るので、これなら簡単そうだとヒューレッドは安心した。

 セレスティアはヒューレッドが頷いたことを確認すると、そっと立ち上がってヒューレッドと位置を交換する。ヒューレッドは恐る恐るメーメーに近づいた。

 そして、メーメーの側にしゃがみこむとおもむろにメーメーのお乳を握った。


「メーーーーッ!!」


「うわぁあっ!?」


「あらあら。ダメですよ。ダメダメですよ。ヒューレッドさん。そんなに急にお乳を搾ったらメーメーが驚いて足を振り上げちゃうので危ないですよ。私はメーメーと慣れ親しんでいるからいいですが、初めてのヒューレッドさんは、ちゃんとにメーメーに挨拶しなくては。」


 いきなりヒューレッドにお乳を触られて驚いたメーメーは後ろ足でヒューレッドを思いっきり蹴り上げていた。ヒューレッドはメーメーの蹴りをまともに腹にくらい、1メートルほど吹っ飛んだ。山羊の脚力あなどっては危ない。


「……そういうことは早く言ってくださいよ。」


 「いてて。」と言いながらヒューレッドは起き上がる。


「あら、初対面の相手に挨拶するのは当たり前ではないかしら?違うの?」


「うっ……。オレが悪かったです。」


「わかればいいわ。今度はメーメーに挨拶してからお乳を搾ってみてね。」


 ヒューレッドは恨みがましくセレスティアを見てぼやくが、セレスティアはにっこりとした笑みでそれを交わした。

 動物であれ、魔獣であれ、人間であれ、初対面の相手には敬意を払うようにとセレスティアは告げた。


「あー。メーメーさん。オレはヒューレッドといいます。お乳を搾らせていただけませんか。ここにいるフワフワに与えたいんです。」


 ヒューレッドはメーメーに対して丁寧に挨拶をすると、


「メー。」


 メーメーは「いいよ。」とばかりに、ヒューレッドに身体を預けた。また、蹴られはしないかと、ヒューレッドは恐る恐るメーメーのお乳に触れる。挨拶をしたからか、メーメーは今度はヒューレッドを蹴るようなことはなかった。

 先ほど教わった通りに、ヒューレッドは優しくメーメーのお乳を交互に握る……。


「……。」


「……。」


 ヒューレッドは声を出さずにジッとセレスティアを見た。セレスティアはヒューレッドと視線が合うとにっこりと笑みを浮かべた。

 もう1度、ヒューレッドはメーメーのお乳を交互に搾る。それから、またセレスティアはジトッとした目で見つめたが、またしてもセレスティアはにっこりとした笑みを浮かべるだけだった。


「……はあ。セレスティア様。ミルク……でないんですけど。」


「あらあら。そうね。そうですよね。だって、メーメーのミルク私が搾ったばかりですもの。出ないのは当たり前ですよ。」


「へっ?」


 何度メーメーのお乳を搾ってもミルクが出ないので不思議に思ったヒューレッドはセレスティアに確認すると、思ってもみなかった答えが返ってきた。セレスティアがメーメーのミルクを搾ったばかりだから、ヒューレッドが搾ってもミルクがでないというのだ。


「……早く言ってくださいよ。」


 ヒューレッドはがっくりとうなだれた。


「ふふっ。ごめんなさいね。では、ミルクも採れたことだし、フワフワにミルクを与えてあげましょうね。フワフワお腹空いていると思いますし。」


 セレスティアは気にした様子もなく、にっこり笑うとヒューレッドに家の中に入るように促した。ヒューレッドは、メーメーに「ありがとうな。」とミルクのお礼を言うとメーメーの頭を撫でた。メーメーはヒューレッドの手を嬉しそうに受け入れて「メー-。」と鳴いた。


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