第17話



「……まあ、イーストシティ共和国につくまでにどこかで一泊しなきゃいけなかったんだから、別にいいよな。でも、マリルリから逃げている最中だったからあまり目立たない方がよかったかも。下手に知り合いなんか作ってしまったら居場所がすぐにバレてしまいそうだ。どうするか、このままとんずらしてしまおうか……。」


 ヒューレッドは男性の言葉を素直に受けいれてしまったが、いざ自由になって街の中をぶらついているとだんだんと不安になってきた。

 そもそもヒューレッドは観光でメンスフィールドシティに来たわけではないのだ。聖女マリルリの手から逃げるために、セレスティアの転移の魔法により、メンスフィールドシティの側まで転移してもらったのだ。

 聖女マリルリからイーストシティ共和国へ逃げるための旅。

 それなのに、メンスフィールドシティの住人と仲良くなって泊めてもらうのはいかがなものなのだろうか。ヒューレッドがメンスフィールドシティにいたという形跡を残してしまえば、せっかくのセレスティアの好意を踏みにじることになってしまうのではないだろうか。

 ヒューレッドはなぜか途端にそんな不安に襲われたのだ。


『ええ~!あの人苦手だけど、ご飯はとぉ~っても美味しかったの~。もっと食べたいから今日は泊まるのぉ!』


「はは……。でも、マリルリが……。」


『大丈夫だよ~。まだ来ないの。だって、セレスティア様が長距離転移してくれたんだよ。2~3日は大丈夫だと思うの。』


「……そうかな?」


『そうそう。大丈夫なの!だから、今日は泊まって美味しいご飯お腹いっぱい食べるの!』


 フワフワはそうとう彼女の作った離乳食が気に入ったようだ。なんとしてでも、泊まって離乳食をお腹いっぱい食べたいようだ。


「でも……そういえば、彼らの名前知らないや。」


『……?名前?それって美味しいの?』


 ヒューレッドは、今になって家に泊めてくれるといった男性とその妻の名前を知らないことに気づいた。


「いや、名前も知らないのに、見ず知らずのオレを泊めるっていうのは、どうなのかと。ただでさえオレ、身分証持ってなかったし……。」


 彼らの名前も知らないことにヒューレッドは気がつき、本当にこのまま彼らの家に泊まってもいいのか不安になる。それに、彼らもヒューレッドの名前は知らないはずだ。ヒューレッドは彼らに名前を言った覚えはないのだから。


『深く考えすぎなの。美味しいご飯をくれる人に悪い人はいないの~。』


 不安を覚えるヒューレッドとは反対に、フワフワは脳天気に答える。


「う~ん。でもなぁ~。もしかしたらマリルリの罠かもしれないし……。」


『考えすぎだよ~。っていうか、マリルリって誰なの??」


「え゛っ!!?」


 どうやらフワフワは脳天気な理由は聖女マリルリのことを知らないからのようである。知らないということはとても幸せなことである。


 ヒューレッドは小1時間かけて聖女マリルリがどんなに恐ろしい存在なのかということを説明した。フワフワはわかったようで、わかっていないような曖昧な返事しか返さないので、ヒューレッドは余計に不安になった。


「大丈夫なの~。ヒューは心配しすぎっ。」


 フワフワの答えは結局変わらなかった。どうにも離乳食が食べたいようだ。


「はいはい。わかったよ。じゃあ、夜まで時間があるから少しこの街をぶらついてみようか。」


 これ以上フワフワになにを言っても暖簾に腕押しになりそうだ。今晩この街に泊まるなら、少しくらい街の観光をしておいてもいいだろう。観光もせずに引きこもっていたら、それはそれで怪しい訳ありの人間にしかみえない。

 そう思ってヒューレッドは折れた。


「やったの!フワフワさっき向こうで見たお肉食べたいっ!美味しそうな匂いしてたの!!」


 ヒューレッドの腕の中のフワフワは小さな身体で一生懸命に身をよじって、ヒューレッドにお肉が食べたいと訴える。


「え?……はっ!?」


 ヒューレッドはフワフワのお肉が食べたい発言に驚きを隠せない。思わず歩きかけた足が止まってしまったほどだ。


「ヒュー?」


 フワフワは急に固まってしまったヒューレッドが心配になり顔を覗き込む。


「……え?……え?離乳食じゃないと食べれないんじゃなかったの……か?え?いや、でも、セレスティア様もしばらくは離乳食を与えるようにって……。え?あ、あれ?」


 フワフワはまだミルクを卒業しかけたばかりの幼い魔獣だ。まだ赤子と言っても良い。セレスティアもそろそろ離乳食を始めましょうと言っていた。なのに、もう離乳食じゃなく普通にお肉を食べたいという。

 そのことにヒューレッドは混乱した。

 まだ、離乳食をあげていた方がいいのか、それともお肉をフワフワに与えてしまっていいものか魔獣を育てたことのないヒューレッドには判断ができなかった。


「せ、セレスティア様っ……。ど、どうしたら……。」


 思わずセレスティアに助けを求めてしまうくらいにはヒューレッドは混乱していたのだった。

 だが、セレスティアは遠い王都にいる。ヒューレッドが助けを求めても反応がないのは当たり前だ。


「食べるの-。食べたいの-。」


「わ、わかった……。わかったから。でも、お腹を壊すといけないからちょっとだけだからな。」


 フワフワの可愛らしいおねだりに堪らずヒューレッドは折れた。折れるしかなかった。

 だが、次の瞬間ヒューレッドは思い出した。


「あ、財布摺られたんだった……。ご、ごめん。フワフワ、お金盗られちゃったからお肉は買えないんだ。それどころか何も買えない……。」


「……ヒュー。」


 フワフワはなんとも寂しそうな目でヒューレッドを見つめた。だが、それでどこからかお金が湧き出てくるわけでもなく、ヒューレッドにはなすすべもなかった。


「なぁに、あんたたち。お金無いの?その可愛い猫ちゃんのためなら、私がお肉くらい買ってあげてもいいわよ。っていうか、買ってくるからここで待ってなさい。美味しいお肉を売ってるところを知ってるのよ。」


 途方に暮れているヒューレッドに声をかけてきた女性がいた。女性は口に肉の串焼きを咥えていた。先ほどフワフワが食べたいといった屋台のお肉によく似ている。


「それに、さっき臨時収入があったしねぇ~。うふふっ。」


 女性は上機嫌に笑いながらヒューレッドに話しかけてくる。ヒューレッドはいったいなんなんだと思いながら、声をかけてきた女性を見て目を瞠った。

 そこにいた女性は、先ほどヒューレッドから財布を盗んでいた相手にそっくりだったのだ。


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