第18話
「えっ……。えっと、君もしかして、さっき……。」
ヒューレッドは間違っていたらどうしようと思いながらも、口に出さずにはいられなかった。ヒューレッドの全財産を盗んだ女性が目の前にいたのだから。
「え?なぁに?あたしの顔になにかついてるかしら?……えっ?」
女性は不思議そうに首を傾げながら、ヒューレッドの顔をまじまじと見つめた。そして、なにかに思い至ったようで、動きを止める。
「え……っと。ひ、人違いよ。人違い。……あ、あはっ。」
女性はカクカクとロボットのように不可思議な動きを見せると、慌ててヒューレッドから視線を逸らした。そして、引きつった笑みを見せながら一歩、また一歩と後ずさる。
そんな女性の様子からヒューレッドは確信した。自分の財布を盗んだのが、この目の前の女だと。
「えっと……。その子のお肉買ってくるからぁ~~~~~~!!!!」
女性は言うが早いか、ヒューレッドの前から急いで逃げようとする。
「ちょ、ちょっと待って!!オレのお財布返して!その中には全財産が入ってるんだ!!」
ヒューレッドは女性を懸命に引き留める。
ヒューレッドの全財産。それをこの女性が持っているのだから。
女性はヒューレッドの心からの叫び声を聞いて、逃げようとしていた足を止めた。そして、ゆっくりとヒューレッドの方を振り返る。
「あんた……馬鹿なのっ!?全財産を一つのお財布にいれてるなんてそんなの子供だってしないわ!!あんな大金びっくりしたじゃない!!私一人くらいだったら軽く一生暮らせるくらいの金額だわよ!!なに考えてるのよ!!」
振り返った女性は勢いよくヒューレッドの胸ぐらにつかみかかる。
だが、しかし。ヒューレッドは腐っても王宮魔道士であり、性別は男である。女性の力には負けない。……負けないはずなのだが。
「うわぁ……。ちょ、ちょっと離して……。フワフワが潰れるぅ。」
「あ、あら。ごめんなさい。その可愛い子を潰すわけにはいかないわね。」
なさけないかな。普段から魔法だらけで非力なヒューレッドは逞しくこの世界を生き抜いている女性の力には敵わなかった。
女性もフワフワを潰すわけにはいかないと思ったようで、ヒューレッドから手を離して素直に謝る。そして、逃げるわけでもなくジッとヒューレッドを見つめる。
「あんたさ。世間知らずのお貴族様か何か?普通、無防備にそんな大金持って歩かないわよ。それに、警戒心なんか全然ないみたいだし。よっぽど甘やかされて育ったのね?ん?でも、なんでそんな甘ったれのお貴族様のご子息が一人でぷらぷら街道を歩いていたのよ。可笑しいでしょ?どう考えても。」
「あ、あはは……。ごくごく普通の一般市民だよ。」
宮廷魔術師だなんて言うわけにはいかないのでヒューレッドは誤魔化した。まあ、宮廷魔術師だなんて言ったところで信じてもらえなさそうだが。
「ごく普通の……一般市民、ねぇ?」
女性はヒューレッドの言葉を聞いて胡散臭そうにジトリとヒューレッドを見やった。
「そ、そう。非力な一般市民なんだ。だから、オレのお金、返してくれないかな?」
「ふぅん。一般市民はこんな金額持ち歩かないと思うんだけど?ねえ?このお金本当にあんたのなのかしら?」
人一人が一年間は暮らしていけるだけの大金を懐に持っていたヒューレッドが一般市民だなんて信じられはしない。
「それに、このお財布魔道具でしょう?懐に入るほど小さくて軽いのに一年間は遊んでも暮らせるだけの金貨が入っているなんてあり得ないわ。魔道具なんて一般市民は持っていないわよ?高すぎるし、貴重すぎるしね?こんな高性能なお財布、一般市民の1年分の稼ぎくらいするんじゃないのかしら?」
女性は鋭い視線でヒューレッドを射貫く。ヒューレッドはその視線にビクッとなった。まさに女性の言うとおりなのだ。
この世界には魔法があふれている。小さい子からお年寄りまで誰でも魔法を使うことができる。だが、それはごくごく簡単な魔法のみ。種火を起こすとか一日にコップ一杯分の水を三杯分だけだせるのが精一杯だ。
それ以上の魔法が使えるというのはごくごく一部の限られた人間だけ。
それに、ヒューレッドが金貨を仕舞っていた財布には空間魔法が仕掛けられていた。空間を操る魔法を仕掛けることができるのは更に限られており、この国でも3人しかいない。そして、その3人も貴重な魔法が使えるということもあり国で囲っている。そのため市井で生活はせず、王宮内に部屋を借りて住んでいる。
「えっと……もらったんだよ。うん。もらったんだ。」
「こんな高価なものを?誰から?」
ヒューレッドの財布を盗んだ女性が、ジト目でヒューレッドを見つめる。
「えっと……作成者?」
ヒューレッドは冷や汗を流しながらそっと視線を女性から反らせる。
「嘘ね。あんた本当にわかりやすいわよねぇ-。」
「う、嘘じゃないって……。」
ヒューレッドは慌てて首を横に振る。だが、女性はヒューレッドの言葉を信じようとはしなかった。
「空間魔法の使い手はこの国に3人しかいないのは誰だって知っているわ。その三人が国に守られており住んでるところも王宮内。外に出るときも護衛付き。なら、あなたはどこで空間魔法を使える人に出会ったのかしら?貴族でもそれなりに高位の貴族じゃないと知り合う機会なんてないと思うんだけど?」
「あ、あはは……。」
その王宮に部屋を借りていた宮廷魔術師です。だなんてヒューレッドには口が裂けても言えなかった。そんな特徴的な職業を言ってしまえば目立つ。そして、確実にヒューレッドがメンスフィールドに居るという噂が聖女マリルリにも届いてしまうだろう。
「ふぅん。訳ありってわけね?ねえ、私マリアって言うの。」
「え、あ、オレはヒューレッド……。」
女性は急に名前を名乗り始めた。ヒューレッドは女性が名乗ったのを聞いて、ついつい自分も名乗ってしまう。
「律儀ね。聖女マリルリから逃げているんでしょう?本名なんて名乗ってしまっていいのかしら?」
呆れたようにマリアはため息をついた。
「うっ。な、なんでそれを……。」
「あんたが作ったんでしょう?そのお財布。あんたの態度からバレバレなのよ。そんな貴重な空間魔法の使い手を聖女マリルリが逃がすはずがないわ。絶対に王宮に囲っておくはずよ。それなのに、あんたは何故かここにいる。そこから導き出される答えは二つしかないわ。一つは、聖女マリルリの命令を受けて一人で行動している。でも、これはあり得ないわね。空間魔法の使い手を聖女マリルリが簡単に王宮から出すとは思えないわ。もう一つは、聖女マリルリからの洗脳が解かれて、マリルリのことが怖くなって逃げてきたってことかしら?」
「ううっ……。」
マリアの言うことは当たっている。そんなに自分はわかりやすい態度を取っていたのかとガックリとうなだれる。
「それで?あんた一文無しでこれからどうするつもりだったの?聖女マリルリに追われているんでしょうに、こんなところで暢気にフラフラ歩いていて。」
「いや……偶然にも今日泊めてくれるって人がみつかって……その人との合流時間まで適当に時間を潰しているっているか……。」
「ふぅん。その人、信じられる人なの?今日会ったばかりの人じゃないの?」
「いや……あの……。」
「あ、そう。押し切られたのね。あんた押しに弱そうだもんね。」
「うぅ……。」
どうやらマリアはなんでもお見通しのようである。ヒューレッドは何も言わずに俯いた。
こんなんで聖女マリルリから逃げられるのか……と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます