聖女様に貴方の子を妊娠しましたと身に覚えがないことを言われて結婚するよう迫られたのでもふもふな魔獣と旅にでることにした
葉柚
第1話
「ヒューレッド様。」
ヒューレッドと呼ばれた青年は声のした方を振り返った。黄金に輝く髪がふわりと舞った。
「……マリルリ様。」
ヒューレッドは目の前にいる女性に向かって膝をついて最敬礼をする。目の前にいる淡いピンクゴールドの艶やかな髪を持つ美少女がこの国の唯一の聖女だからだ。
聖女は国を守り、国を発展させるとして王族と同等の待遇を得ている。そのため、宮廷魔術師でしかないヒューレッドはマリルリに対して最敬礼をするのが礼儀であった。
「ヒューレッド様。私、あなた様の子を身籠もりましたの。」
「はあっ!?」
ヒューレッドはマリルリに何を言われるのか緊張しながら待っていると、マリルリの口から可愛らしい鳥のさえずりかと思うような声とともに衝撃的な一言を告げられ、目の前にいるのが王族と同等の地位を持つ聖女だということも忘れて素っ頓狂な声を上げてしまった。
だが、ヒューレッドには全く身に覚えがないのだ。素っ頓狂な声を上げてしまうのも仕方が無いことだ。
「ですから、ヒューレッド様。私と結婚してくださいまし。」
聖女マリルリは、そんなヒューレッドの様子など気にもとめず、にっこりと無邪気な笑みを浮かべてヒューレッドに結婚するようにと迫るのだった。
「……恐れながら、マリルリ様はなにか勘違いをなされていらっしゃるかと。」
「あら?どうして?なぜ私が勘違いをしないとならないの?」
ヒューレッドには身に覚えがまったくなかった。マリルリを妊娠させるようなことをした覚えはないし、むしろ20も後半となった今でも女性とそのような関係になったこともない。
「失礼ながら、マリルリ様はお子ができるための行為というものをご存じでしょうか?私は、マリルリ様に触れたこともございません。それゆえ私の子ができるはずがないのです。」
「まあ!私が嘘をついているとおっしゃるのですかっ!?そんな……ヒューレッド様、ひどいわ。」
マリルリは大げさに声を張り上げると、オーバーなリアクションで目元を拭い、その場にしゃがみ込んでしまう。そして、声を上げて泣き出す……ふりをした。
「私と結婚できるのですよ?聖女である私と結婚できるのです。とても良いことでしょう?嬉しいことでしょう?なぜ、駄目なのですか?」
「いえ。身に覚えがないからで……。」
「まあ!まあ!ヒューレッド様がいつも私のことを熱い眼差しで見つめてくださっていたのは知っておりましたわ。私はその視線で……ぽっ。」
マリルリは頬を赤くして自然な演技で告げる。
「とにかく、私ではございません。いつもマリルリ様のおそばにいる方々のお子ではないのでしょうか?」
視線だけで子ができてたまるかっ!とヒューレッドは心内で毒づいた。
それに、ヒューレッドはマリルリのことを好意的に思ったことは一度もなかったのだ。確かに万人受けをするような見た目をしている。それに外向けの性格は清楚でこれぞ、聖女という雰囲気が漂っている。
そんなマリルリに惚れない男の方がおかしいだろう。
だが、ヒューレッドは知っているのだ。マリルリの本性を。
「まあ。あの方たちも私のことを……?でも、私はヒューレッド様が良いのですわ。」
マリルリの側にはいつも侍っている男性がいる。それも5人も。そんな侍らせている男がいるにも関わらず触れたこともないヒューレッドの子を妊娠したというのは無理があるのだ。
だが、マリルリはその無理を通そうとしている。
なぜならば、マリルリはその5人とすでに関係を結んでおり、マリルリのお腹にいる子の父親が誰か判別できないからだ。そこで白羽の矢がたったのが、硬派で女性と噂のたったことがない根暗なヒューレッドだ。ヒューレッドなら騙されて結婚してもらえると思ったのだ。
結婚するだけならば、侍っている5人のうちの誰でも結婚することが可能だろうが、マリルリは一人にしぼることが惜しいと思っていたのだ。侍っている見目麗しい青年のうちの一人を選んでしまえば、その青年が独占欲を持ってマリルリを独占しようというのは目に見えていた。
ヒューレッドならば女性関係に疎く、大人しく目立たないのでマリルリが結婚後も誰かと関係を持とうが許してくれるだろうという打算で、マリルリはヒューレッドに迫っているのだった。
「ふふ。ヒューレッド様は幸せなのよ。だって私と結婚できるんですもの。ね?すでに王妃様からも許可を得ましたわ。」
マリルリはそう言って聖女とは思えないほど艶やかな笑みで微笑んだのだった。
ヒューレッドはマリルリから距離を取るように一歩後ずさる。
「ヒューレッド様。ほら、こちらに書類もすでに用意しておりますわ。ね?」
マリルリは豊かなドレスの胸元から、一枚の書類を取り出してヒューレッドに見せつけるように身体の前で書類をバッと開いた。
そこにはすでに王妃の署名とマリルリの署名が記載された婚姻許可書があった。あとは、この婚姻許可書にヒューレッドが署名するだけで婚姻は成立してしまう。
ヒューレッドは更にマリルリから距離を取った。
このままマリルリと結婚してしまえば、王妃と聖女を敵にまわさずに済むだろう。しかし、ここでマリルリとの婚姻を拒否すれば、ヒューレッドは王妃とマリルリの二人を敵にまわすことになるだろう。
王妃も聖女であるマリルリもこの国の象徴であり崇拝対象だ。そんな二人の提案を拒否したとなれば、この国にいられなくなってしまう。
そう思ってヒューレッドは一瞬思考を停止させた。
だが、このままマリルリと結婚してしまえば、誰の子かわからない子を自分の子として育てていかねばならぬのだ。それどころか、その後もマリルリとその取り巻きたちとの関係を許容していかなければならない。
せめて、ヒューレッドがマリルリの信者であればそれも許容できたのかもしれない。だが、あいにくヒューレッドはマリルリの信者ではなかった。
「恐れながら、マリルリ様。私は、宮廷魔術師を名乗ってはおりますがまだまだ精進していかねばならぬ身でございます。私は魔術師としての腕をあげるため、世界中をまわってみたいと思っております。ゆえに、私ではマリルリ様を幸せにして差し上げることができません。マリルリ様でしたら私よりももっとお似合いの男性が数多くいらっしゃるかと存じます。私のような魔術しか取り柄のない男よりも、もっと相応しい方がたくさんおりますゆえ……。」
どうすれば聖女であるマリルリの機嫌を損ねぬように結婚を断ることができるかと、ヒューレッドは普段魔術にしか使用していない脳をフル回転させる。
「私は、ヒューレッド様が良いのです。ヒューレッド様と婚姻をすれば、私は幸せになれますわ。」
ヒューレッドが必死に言葉を探しながら告げた言葉もマリルリの心には届かない。すでにマリルリの中ではヒューレッドとマリルリが結婚するのは確定事項なのだ。
「ですが、私にはマリルリ様を幸せにしてさしあげる自信がございません。」
「まあ!そのようなこと気にしないで。私はヒューレッド様と一緒になれればそれで幸せなのです。」
マリルリは目をうるうるとさせながら、上目使いでヒューレッドを見つめてくる。もちろん、胸元で組んだ腕でさりげなく胸を寄せ上げてアピールするのも忘れない。
「ね?ヒューレッド様、私と結婚いたしましょう?」
大きな目でパチパチと瞬きをしながら、マリルリはヒューレッドに有無を言わせぬように力を込めて告げる。マリルリはその強大な魔力で言葉に力を込めた。相手が嫌だと思っていても是と言ってしまうような人の思考を操る力だ。
「すみませんっ!やはり私には無理ですっ!!他をあたってください!!し、失礼いたしますっっっ!!!」
だが、そんな魔力が込められている言葉だとは知らずに、ヒューレッドはマリルリの言葉に込められた魔力を全力で弾き飛ばすと、断りの言葉を告げてその場から飛び去った。
「まあ。ヒューレッド様はとても恥ずかしがり屋さんなんですね。……それにしても私の言霊をやぶるとは、危険な存在だわ。是非、私の元に引き留めておかなければならないわね。じゃないと私の足下を掬われかねないわ。」
マリルリはヒューレッドが飛んでいってしまった先を見つめながら、聖女とは思えぬ黒い笑みをうかべた。
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