第2話



「やばい……。なんで、こんなことになってんだよ。」


 ヒューレッドは文字通り聖女マリルリの元から飛んで、王宮にある自室に戻ってきた。過去一の速度であったことは言うまでも無い。

 自室に戻ってきたヒューレッドは頭を抱えながら部屋の中をグルグルと歩き回っていた。このままだと何をしてもマリルリと結婚をさせられてしまう。マリルリと結婚してしまえば、飼い殺しのような状態になることは予想するに易しい。そんな生活は嫌だとヒューレッドは叫ぶ。


「……一国も早くこの国から逃げなければ、国を離れればマリルリ様が追ってくることもないだろう。」


 ヒューレッドは自分に言い聞かせるように呟く。

 この国で王妃様と聖女に楯突いたものは生きてはいられない。そういう噂が流れていることは確かだ。この国で生きていくためには王妃様と聖女には絶対に逆らってはいけないと、宮廷魔術師になった時に先輩宮廷魔術師から教わった。

 宮廷魔術師になってからよくよく見ていると、王妃様や聖女様の指示を無視したもの拒否した者はいつの間にか王宮から姿を消していることに気づいた。それが一度や二度なら信じられなかったかもしれない。だが、もう数え切れないほど見てきたのだ。

 秘密裏に処理されてしまっているのか、それとも危険を察知して国を出たのか、それとも王妃様と聖女様が絶対のこの国にはいられないと嫌気が差して他国に行ったのかはわからない。

 ヒューレッドは最低限必要なものを革袋に詰め込んだ。

 そして、国を出て行く前に最低限の人だけにでも挨拶をしていこうかと思ったヒューレッドだが、幼い頃に家族と死別しているヒューレッドには挨拶をしていくような人間はいなかった。それなりに親しい同僚はいたが、同僚に告げることははばかられた。聖女や王妃様に詰め寄られた時に、正直に話してしまう可能性があるからだ。またもし聖女や王妃様から詰め寄られた際に同僚がヒューレッドの行方に対して嘘をつけば、その同僚が聖女や王妃様に逆らったとして国を追われることになりかねない。

 ヒューレッドは、誰にも言わずに国を出て行くことにした。

 そして、部屋を出ようとした時、ふいにヒューレッドの部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。

 ドキッとヒューレッドの胸が脈打つ。

 まさか、もう聖女が来たのだろうかとヒューレッドは背負っていた革袋を急いでベッドの下に隠した。

 そして何食わぬ顔で、

「誰ですか?このような夜更けに?」

 と、ドアの向こうにいる人物に声をかけた。


「私だ。」


 部屋の外からは重低音のある男性の声が聞こえてきた。

 どうやら聖女ではなかったようだ。ヒューレッドは胸をなで下ろした。だが、どこかで聞いたような声ではあるが、ヒューレッドの数少ない友人の声ではない。「私だ。」と偉そうに言われても、ヒューレッドは誰が訊ねてきたのかわからなかった。

 ヒューレッドは魔力を使ってドアの向こう側を透視する。するとそこには、


「国王陛下……。」


 この国の国王であるアルジャーノンが立っていた。

 ヒューレッドはすぐにドアを開けるとアルジャーノンに向かって最敬礼をした。


「よい。私はそなたに忠告に来たのだ。ヒューレッドよ、そなたが宮廷魔術師として国に仕えてくれたこと、感謝しておる。」


「恐れ多いお言葉……。」


 アルジャーノンが何を考えているのかわからずヒューレッドは緊張しながら次の言葉を待つ。


「そなたに忠告する。その目立つ金髪をやめよ。一刻も早く国から出て行くのだ。そして、国内にいる間は魔法を使うでない。生き延びたければそうせよ。」


 国王であるアルジャーノンは厳しい表情でそれだけ言うと、アルジャーノンは呆然とするヒューレッドを残してどこかに消えて行ってしまった。

 残されたヒューレッドはアルジャーノンの言葉の意味を探るように何度も心の中で繰り返す。

 国王であるアルジャーノンは王妃様や聖女と同じ側の人間なのか、それとも王妃様や聖女を止めたいと思っているが止められずに、せめて被害に遭いそうな者に忠告しているだけなのか。

 ヒューレッドは思案した。アルジャーノンが敵になり得るのか否か。

 だが、考えていても情報が足りなすぎて答えがでるはずもない。ただ、この国を出て行くというのは先ほどすでにヒューレッドの中で決めたことだ。

 黄金に輝く髪の色についても、目立つことこの上ない。市井にまぎれるならば確かにこの髪の色では目立つというのは一理ある。だが、最後の魔法を使うなとはどういうことだろうか。それだけが、ヒューレッドには理解ができなかった。

 国内で魔法を使うことで、なにがあるかというのだろうか。それに、ヒューレッドはこの部屋を出る際に転移の魔法を使おうと思っていた。転移の魔法は今いる場所から半径5㎞以内に転移できる魔法だ。ゆえに、部屋から出た際に他のものに見つからないように転移の魔法を使って外にでようと思っていたのだが、なぜかアルジャーノンから魔法を使うなと言われてしまった。

 魔法を使わないとすると、自力で王宮の外へと出て行かなくてはならなくなる。かなり難易度があがることは確実だ。


「どうしたものか……。」


 ヒューレッドは思案する。だが、考えている間にも無情にも時間は過ぎていく。

 そうこうしている間に、部屋のドアがまたノックされた。

 ビクッとヒューレッドの心臓が跳ね上がる。今度は誰が訪ねてきたというのだろうか。


「ヒューレッド様。私ですわ。マリルリですわ。」


 どうやら考えている間に、聖女マリルリがヒューレッドの部屋まで押してきたようだ。ヒューレッドはハッと息を吐き出かけした。

 まさか、逃げようとしたことがバレたのではないかと焦る。額には冷たい汗が流れ落ちた。


「ヒューレッド様?いらっしゃらないのかしら?」


 何度もマリルリはヒューレッドの部屋のドアをノックする。だが、ヒューレッドはマリルリに会いたくないと部屋の中で息を殺しながらマリルリが部屋の前から早く去ってくれることを願っていた。


「それとも、もう寝ていらっしゃるのかしら?」


 マリルリはヒューレッドの部屋のドアのノブに手をかけた。ドアノブに手をかけたマリルリは力を入れてドアを押す。幸いにも、ドアには鍵をかけていたため、ドアは開かなかった。

 ヒューレッドはドクドクと脈打つ心臓を押さえ込む。


「まあ、鍵がかかっているわ。ふふっ。ヒューレッド様ってば中にいらっしゃるのね?」


 マリルリは嬉しそうに呟くと、なにやら小声で呪文を唱え始めた。すると、ヒューレッドの部屋のドアノブが淡く光り出した。一瞬だけ光った光はすぐに光るのをやめ、元のドアノブに戻る。

 ドアノブが一瞬だけ光ったのを確認すると、マリルリはもう一度、ドアノブに手をかけた。今度はするりとドアが開く。


「せ・い・こ・う♪」


 マリルリは嬉しそうに微笑むと部屋の中に入っていく。ヒューレッドはまさか魔法で鍵を解除されるとは思っておらず布袋を抱えて部屋の奥に向かう。しかしながら、ヒューレッドの部屋は王宮の一室を割り当てられているだけだ。部屋数は少なく、広さもそれほど広くはない。すぐにマリルリに見つかってしまうのはわかりきっていることだった。


「ヒューレッド様ぁ~?どこにいらっしゃるの?ここかしら?」


 マリルリは一直線にヒューレッドの寝室に向かった。そして、ためらう様子もなくヒューレッドのベッドをめくり上げる。


「あら。違ったわ。では、シャワーでも浴びているのかしら?」


 マリルリは次にシャワールームに向かう。だが、そこにもヒューレッドの姿はなかった。


「おかしいわね。確かに部屋の中にいると思ったのに……。ヒューレッド様?隠れていなくていいんですよ?マリルリが参りましたわ。ヒューレッド様?」


 マリルリはヒューレッドの名を呼びながら部屋のあちこちを探していく。隅々を探しながら確実にヒューレッドの元に向かってくるマリルリ。ヒューレッドの背中を冷たい汗が滑り落ちた。

 このままここにいてはマリルリに見つかってしまう。そしてヒューレッドが結婚を断れないように既成事実を作ってしまうのだろうということは、ヒューレッドには簡単に予想できた。

 逃げなくてはならない。このままマリルリと相対してしまえば、マリルリがヒューレッドに眠りの魔法をかけるだろう。そう思ったヒューレッドは先ほどアルジャーノンから使わないようにと言われていた魔法を発動させ、王宮の外に間一髪転移したのだった。




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