第20話



「しっかし、あんた随分とつまらないことを聞くんだね。お優しいセレスティア様も呆れちゃったみたいね。返事もなく通信が途切れてしまったじゃない。まったく、あたしもセレスティア様に聞きたいことあったのに。」


 ヒューレッドの問いかけにセレスティアは返答することはなかった。そして、そのままセレスティアとの通信はセレスティア側から強制的に切断されてしまった。

 そのことに、マリアは深いため息をついて、呆れた視線をヒューレッドに送った。

 だが、ヒューレッドの頭の中には別の考えが浮かぶ。


「……セレスティア様はフワフワのことが大好きなんだ。フワフワのこと、とても大事にしていたんだ。だから、セレスティア様にフワフワのことを尋ねているのに、無視をするなんてあり得ない。呆れて通信を終了させるだなんてオレには思えないんだ。」


 セレスティアはフワフワのことを大事にしていた。フワフワとセレスティアのやりとりを見ていたヒューレッドはそう確信していた。だから、ヒューレッドは不安になる。フワフワのことを尋ねたのだ。セレスティアがその問いかけに答えないはずがない。ヒューレッドはそう思い不安に苛まれる。


「セレスティア様になにかあったんじゃ……。まさか、マリルリがっ!?」


 急にヒューレッドをメンスフィールドに転移させたことといい、フワフワのことを尋ねたのに返答がなかったことといい、聖女マリルリが絡んでいるのではないかとヒューレッドは思い至った。


「セレスティア様がマリルリに捕まった……?」


 冷たい汗がヒューレッドの額をゆるやかに滑り落ちる。


「あんたさぁ、憶測で物を言わないでくれるっ!しかも、セレスティア様がマリルリに捕まるだなんてそんな縁起でもないこと!!」


 ヒューレッドが漏らした不安に、マリアが苛立ちを隠せず声を荒げさせる。


「セレスティア様は唯一本物の聖女様よっ!偽物の聖女なんかに捕まるはずはないじゃないっ!!」


「……えっ?本物の聖女……?セレスティア様、が……?」


 ヒューレッドの呆然とした声に、マリアは「はっ。」と我に返る。


「……今のは忘れてちょうだい。あたしの失言だったわ。すぐに忘れて!今すぐに!!」


「わかったよ……。なんて言えるわけないじゃないか。どうして……どうして……セレスティア様は聖女なのにあんなところで一人で住んでるんだよ。どうして……。」


 聖女というのはマリルリのように皆に傅かれて過ごすものではないのだろうか。歴代の聖女だってそうだったはずだ。聖女はこの国を、この世界を守る存在として大切にされている存在だ。

 その大切な聖女が森の奥深くに目が不自由にも関わらず一人で住んでいる。ヒューレッドにはそれがとても不思議なことに思えた。そして憤りを覚える。

 マリルリは王都でやりたい放題をしているのに……と。


「……ちょっと考えればわかることでしょ?なぜ、セレスティア様があのような場所にいるのか、だなんて。あんたそんなこともわかんないわけ?」


「うっ……。いや、それは……。その……。」


 ヒューレッドはどもりながらマリアの顔から視線を逸らす。

 そしてしばらく頭の中でセレスティアとマリルリと聖女のことを整理する。


「ああ……。そうか、そういうことか。」


 ヒューレッドの中で答えが導き出される。

 それはとても簡単な答えだった。

 子供でもわかるのではないかというような答えだ。


「そういうこと!でも、聖女の力としては全然セレスティア様の方が上だわ。マリルリなんかに捕まるはずなんてないわ!」


「でも……じゃあ、なんでセレスティア様はマリルリに聖女の座を追われたんだ?」


「そ、それは……。」


 セレスティアがマリルリよりも強いから捕まらないというのであれば、そもそもセレスティアがマリルリによって聖女の座を追い落とされるということなどあり得ない。

 そう思ったヒューレッドは疑問を口にする。

 ヒューレッドの疑問に、マリアが口ごもる。

 マリアはそこまで考えが及んでいなかったようだ。


「マリアさんの言うとおり、セレスティア様は確かに強いのかもしれない。でも、マリルリに聖女の座を引きずり下ろされあんな森の奥で一人で暮らしていた。だから、マリルリにセレスティアが捕まっている可能性もあるんじゃないのかな?」


「……あんた馬鹿ってわけでもないのね。あたしもちょっと心配になってきたわ。もう一回セレスティア様と通信してみるから待ってて。」


 ヒューレッドの言葉にマリアも思い直したようで、もう一度セレスティアとコネクションする。だが、マリアの表情は徐々に悲壮感を漂わせ始める。

 嫌な予感が当たったのだろうか。ヒューレッドの顔色も青くなる。


「……繋がらない。いくらあんたに呆れてたって、セレスティア様があたしのコネクションを受け入れないなんてあり得ないわ。あんたの言うとおりなんかあったのかもしんない。」


 マリアはそう言って視線を落とした。

 そして、ギュッと力を入れるように手を握りしめる。

 ブルブルと震えるマリアの身体。


「……オレ、王都に戻ります。」


 ヒューレッドはセレスティアのことが心配になり、王都に戻る決意をした。

 自分を逃がしてくれたセレスティアのことが気になって仕方が無いのだ。


「ダメっ。絶対行かせないっ!セレスティア様はあんたを逃がしたのよ!それなのに、あんたが王都に戻っちゃったらセレスティア様があんたを逃がした意味がないじゃない!それに、マリルリから逃げることしかできなかったあんたが今、王都に戻ったとして何ができるの!?それに……もしかしたら危険を察知したセレスティア様が身を隠しただけかもしれないわ。」


 けれど、ヒューレッドの決意はすぐにマリアに否定された。


「でも……危険を察知して身を隠しているんだったら、助けにいかなきゃならないんじゃないか。」


「それは不要だわ。セレスティア様が本気で身を隠したのなら誰にも見つけることはできやしないわ。可能性としては、マリルリに捕まったより、身を隠した方が高いわ。そうよ。セレスティア様がマリルリなんかに捕まるわけないじゃない。」


「それでも、オレは、オレを逃がしてくれたセレスティア様の力になりたいと思う。」


「ダメ。絶対ダメ。今のあんたじゃセレスティア様の足手まといにしかならない。だから……あんたはイーストシティ共和国に行くのよ。そこで、強くなりなさい。セレスティア様の足手まといにならないくらいに、強くなりなさいよ。」


 マリアはキッとヒューレッドを睨みつけた。

 ヒューレッドはマリアの言葉とその強い視線に身動きが取れなくなる。

 確かに今のヒューレッドでは役不足だ。

 いくら宮廷魔術師だったとしても、マリルリに太刀打ちできるとは思えない。いや、その自信がヒューレッドにはなかった。

 そんな状態でマリルリに挑んだとして何になろうか。

 もし、セレスティアがマリルリに捕まったのではなく逃げ隠れたのだったとしたならば、確かにマリアの言うとおりヒューレッドが王都に戻ってしまってはセレスティアがせっかく逃がしてくれたのが無駄になってしまう。

 だが、もしセレスティアがマリルリに捕まっていたとしたならば、すぐにでも助けに向かった方がいいのではないかという気持ちもヒューレッドの中にはある。


「むぅ~。お腹空いたの!フワフワはお腹空いたのよぉ~!お肉食べるの!お肉!」


 ヒューレッドとマリアの重い空気を感じているのかいないのか、フワフワがお腹が空いたと鳴き出した。


「あ、ご、ごめん。さっきからお腹が空いたって言ってたよね。今すぐに買ってくるからっ!!」


 ヒューレッドはフワフワに催促されて走り出そうとする。その手をマリアが掴んだ。


「……あんたお金がないってんのに、どうやって買うのよ!まったく!シリアスな空気が台無しだわ!!」


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