第9話








☆☆☆








「王妃……。エターニャルよ。」


 国王アルジャーノンは、王妃の部屋にいた。王妃であるエターニャルは、ふかふかなベッドの上に横になっている。その顔は生気が感じられないほど青白い。エターニャルからは生気が感じられないが、胸元が定期的に上下しているのが見て取れるので生きているだろうことは伺える。


 アルジャーノンはエターニャルの寝ているベッドの隣にある椅子に腰かけると、エターニャルの病的なほど細い腕を取って、エターニャルの体温を感じ取れるように握り締めた。


 祈るように手にとったエターニャルの骨ばった手の甲に口づけるアルジャーノン。


「私は、君を助けたいのだ。そのために聖女マリルリを好き勝手にさせているのは間違っていることなのだろうか。」


 アルジャーノンはエターニャルに問いかけるがエターニャルからは何の反応もなかった。ただ穏やかな寝息が聞こえてくるだけだ。


「……私は、間違っているのだろうな。でも、君を助けたいのだ。それには、マリルリのやっていることに口出しすることはできない。私にできるのは、マリルリの手に落ちそうな者を拾い上げて逃がすことくらいだ。」


 アルジャーノンはままならない現状に、慟哭する。誰かに助けて欲しい。この現状を誰かに打破して欲しい。このままではマリルリのやりたい放題の所為で国が滅んでしまうかもしれない。


 アルジャーノンは知っていた。エターニャルを犠牲にすることで現状を打破できる可能性があることを。でも、王妃であるエターニャルを犠牲にするのだけはどうしても避けたかった。


 聖女マリルリはエターニャルの命を手玉にとって国王と臣下を脅し、この国で聖女と言う身分を得て好き勝手に振舞っているのだから。本物の聖女をどこかに追いやって。






☆☆☆






 真っ白いワンピースを翻しながらセレスティアは鼻歌を歌いながら、庭の木々を愛でていた。


 最近、セレスティアにとって嬉しいできごとがあった。


 聖女マリルリに追われているヒューレッドが家に滞在しているのだ。ヒューレッドは、とても素直で人を疑うことを知らなかった。それが、セレスティアには新鮮に映ったのだ。


 ヒューレッドといるとセレスティアは何故か自然と笑みを浮かべることができた。この世界に、聖女マリルリに嫌気がさしていたというのに。


「今日は、ヒューレッドさんに何を教えようかしら。ふふ。」


 微笑みながら、今日をどうやって過ごそうかとセレスティアは楽し気に思考を巡らせた。






☆☆☆









「みゃー。みゃー。」


「フワフワ?どうしたんだ?」


 フワフワはミルクをいっぱい貰ったばかりでお腹がいっぱいなはずなのに、またフワフワがむず痒そうに鳴き始めた。


「ミルクが……足りなかったのか?」


 ヒューレッドは、ミルクが足りなかったのかと、フワフワの口にミルクを含んだ布を持って行く。だが、フワフワは「みゃーーーっ!」と鳴き声をあげて、いやいやと首を横に振った。


 フワフワが鳴き声をあげる時は、お腹が空いた時だと思っていたヒューレッドは大いに混乱した。フワフワがどうして鳴いているのか、皆目見当もつかなかったからだ。


 こんな時フワフワが人間の言葉を喋れるか、ヒューレッドが魔獣の言葉を理解できればよかったのだろう。だが、フワフワは現時点では人間の言葉をしゃべることができないし、ヒューレッドもフワフワの言葉を理解することもできない。


「あー。ご飯じゃないならなんなんだ……。」


 ヒューレッドは困り果てながら、フワフワの頭を撫でる。その間もフワフワはむずがって「みゃー。みゃー。」と泣き続けている。


「あらあら。ヒューレッドさん。フワフワが鳴いていますよ?」


 ヒューレッドが困り果てているところに、セレスティアという救世主が現れた。ヒューレッドは本当に困り果てていたので、セレスティアが女神のように思えて、セレスティアが現れたことで、ホッと安心をする。


「セレスティア様っ!フワフワが鳴きやまないのです。ご飯もたっぷり食べたのに。ご飯が足りないかと思って、追加をあげようとしたんですが、それには見向きもしなくて……。」


「そうですか。そうですか。人間も魔獣も一緒ですよ。人間の赤ちゃんもお腹が空いたら泣いて知らせるでしょう。」


「え、ええ。でも、ご飯はいらないそうです。」


「そうですね。では、他に人間の赤ちゃんが泣くときはどんな時でしょうか?」


 セレスティアはすぐに答えを教えてくれないようだ。クイズ形式でヒューレッドに自分で考えろと言ってくる。


 見た目的にはヒューレッドよりセレスティアの方が年下に見えるのだが、こと魔獣の赤ちゃんの世話にかんしてはセレスティアの方が立場が上だった。


「う~ん。すまない。私は、人間の赤ん坊も育てたことはないのだ。」


 ヒューレッドは今までの人生を振り返るが、自分の人生の中で赤子を育てたことなどなかった。だから、どんな時に泣いているかなんて想像したこともなかったし、考えてみても思い浮かばなかった。


「ふふ。難しいですかね?では、ヒントを差し上げます。人間の赤ちゃんが泣くときは、主にお腹が空いた時、排せつをしてしまっておむつの中が気持ち悪いとき。体調が悪いとき。寒すぎたり、暑すぎたりしても泣きますね。」


「……泣き方に違いあるんですか、それ?」


「ないですよ。」


「……どうやって判断するんですか?」


「んーーー。勘?」


 赤ちゃんが泣く原因を聞いたヒューレッドは項垂れた。原因が多すぎる。どうやって判断すればいいのか、と。それをセレスティアに確認すると、セレスティアはにっこり微笑みながら勘だと告げた。








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