第15話






 バンッ!!


「……はあ。……はあ。……はあ。」


「……んぐっ。げほっ。ゴホッゴホッ。」


 フワフワに与えるために、ヒューレッドが干し肉を咀嚼してフワフワでも食べられるように柔らかくしていると、唐突に小部屋のドアが勢いよく開いた。


 大柄で髭もじゃな男の人が息を切らせてヒューレッドの方に近づいてくる。


 ヒューレッドはドアが勢いよく開いた音にびっくりして、干し肉をゴクンッと飲み込んでしまった。衝撃に咽るヒューレッド。フワフワはご飯がなかなかもらえないことで徐々に元気をなくしていく。


「にゃーーーー。(お腹空いたのぉ~。)」


「……はあ。……はあ。ま、待たせたなっ!」


 急いで戻ってきたと思われる職員の男性は荒い息をなんとか整えてフワフワに向かって手に持った小さな茶色い壺を突き出した。もちろん男性職員の視線はフワフワにだけ向けられているので、ヒューレッドが干し肉を喉に詰まらせて咳き込んでいることになど気が付くことはない。


「にゃぁ?(なに、それー?)」


 フワフワは小さな茶色い壺を興味津々に見つめている。壺はしっかりと蓋をされていて、鼻のいいフワフワでも中に何が入っているかは検討がつかなかった。


「ふっふっふっ。気になるだろう?この中身は可愛い君へのプレゼントだよ。」


 職員の男性はにっこり笑いながら小さな壺の封を丁寧に開ける。


「みゃあっ!(うわぁ!!美味しそうな匂いなの~。)」


 壺の封を少し外しただけで、芳醇な匂いがフワフワの鼻に届いた。


「美味しそうだろ~。これは新鮮な山羊のミルクで新鮮な鶏の肉を柔らかくなるまで煮溶かしたものなんだ。子供の離乳食にも使ってるものなんだが、調味料はいっさい入っていないからな。可愛い君みたいな子猫にも安心安全に食べることができるぞ。」


 職員の男性はうんうんと満足そうに頷きながら、壺の中身を皿に注ぐ。そして、フワフワの目の前に皿を置いた。


「にゃにゃにゃ!!(食べていいの~?食べちゃうよ~?」


 フワフワはそう言うが早いか、ヒューレッドの返事を待たずに職員の男性が用意した離乳食に顔を突っ込んだ。


「にゃーにゃにゃにゃ!!(美味しいの~!こんな美味しいの初めてなの~!)」


 フワフワは嬉しそうに鳴いてから、さらに離乳食を食べ進めていく。見ている方が気持ちが良くなるほどの勢いだ。


「いい食べっぷりだな。娘の離乳食を持ってきた甲斐があったよ。こんな嬉しそうな子猫の顔を見れるんだったら妻に怒られるのなんかちっとも怖くないな。うんうん。」


 ヒューレッドは男性職員の言葉を聞いて、ごくりと生唾を飲み込んだ。


(……これは、一波乱起きそうな気がする。)








「にゃ~みゃみゃ~。(なんて美味しいのぁ。毎日でも食べたいの。)」


 フワフワは満足気に笑みを浮かべて、「はふぅ~。」と幸せそうなため息をついた。


 ヒューレッドはフワフワのその表情を見て、次から同じものを要求されそうだと身構える。聖女マリルリから逃げている道中なのに、今のような離乳食を手に入れることは難しいだろう。


「ははっ。可愛いなぁ。なあ、ちょっと頭を撫でさせてもらってもいいかな?」


 職員の男性は右手をフワフワの顔の前に差し出した。そして、フワフワに触っていいか許可を求める。


「ふみゃ~?うみゅみゅみゅみゅ~。(う~ん。ヒュー以外に触って欲しくないけど美味しいご飯くれたしなぁ~。)」


 フワフワは小首を傾げて考え込む。知らない人に触られるのは好きではないのだ。しかし、目の前にいる男は自分に美味しいご飯をくれたので、フワフワは盛大に悩んだ。


「ダメ……かな?」


 職員の男性は寂し気に眉を下げた。


「ふみゃ。みゃ~ん。(美味しいご飯くれたから許すの!)」


「あ~。フワフワは頭を撫でてもいいよって言ってます。美味しいご飯をありがとうございます。」


「おおっ!!なんとっ!なんとっ!!ありがとう!ありがとう!!娘の離乳食を持ってきたかいがあったよ。ありがとう!」


 ヒューレッドがフワフワの言葉を伝えると、男は大げさなほど喜んだ。喜んで、フワフワを撫でようとフワフワの頭に手を伸ばす。


 バターーーーーンッ!!


「あんたっ!見つけたよ!娘の離乳食をどこにやったのかしらっ!!」


「げっ……。もうバレたのか……。」


 男がフワフワの頭を撫でようと手をのばした瞬間、小部屋のドアが勢いよく開かれ、ドアから赤ん坊を背負った女性が怒鳴り込んできた。


 男と女性の会話からするに、どうやらこの女性は男の妻のようである。


「もうバレたのかだって!バレないわけないわよね!だって、この子の離乳食よ。どうして勝手に持って行くのよ。返しなさい。今すぐ、返しなさいっ!!」


(ああ~。やっぱりぃ~~。)


 ヒューレッドは頭を抱えた。


 嫌な予感はしたのだ。フワフワが喜んでいたから特に突っ込まなかったけれども。娘の離乳食を持ってきたというところにヒューレッドは少し不安を覚えていたのだ。


「みゃぁ~?(食べちゃダメだったのぉ~?)」


 フワフワは女性の剣幕を見て不安気に一声鳴いた。


「んっ!?」


 フワフワの不安気な声が聞こえたのか物凄い剣幕で男を怒鳴っていた女性の視線が男からフワフワに移った。


「……もしかして、あんた……この可愛い子に離乳食を与えたのかしら?」


 女性は問いただすように男に確認した。















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