第13話
「ん?あ、あれ?」
ヒューレッドは器用に左手だけで寝ているフワフワを起こさないように支えると、右手で服のポケットや鞄をあさる。
お財布を入れていたポケットが何やら急に軽くなったのだ。転移してきた時は右側のポケットの中にお財布が入っていることをヒューレッドは確認していた。
「……な、ないっ!?」
ヒューレッドは右手でポケットの位置を探るが、手には何もあたらなかった。ポケットはぺったんこで、お財布が入っているようには見えない。別のポケットに財布をしまったのだろうかと他のポケットも探ってみるが財布は見つからなかった。
「……どこで、落としたんだ?さっきまであったのに。元の場所まで歩いて行ってみるか。」
確かに転移してきた時にはあったのに、とヒューレッドは転移してきた場所まで戻ってみることにした。だが、財布は落ちてはいなかった。
「ポケットに穴が開いているわけではないし……。落としたんじゃないとすると……。まさか……。」
ヒューレッドは先ほどぶつかってきた赤毛の女性を思い出した。
道の真ん中で立ち止まっていたヒューレッドに不自然にぶつかってきた女性。ヒューレッドに怒鳴るだけ怒鳴ってさっさと去って行ってしまったが、今思うと不審なことだらけだと、ヒューレッドは思った。
「あれ、全財産だし……。彼女を探してみる、か。」
聖女マリルリに目をつけられたからには、もう二度と王都の自室には戻れないだろうと思ったヒューレッドは全財産をお財布に入れて持ち歩いていた。全財産と言っても、安定した職業だったために貰ったお給金の大半はお世話になった孤児院に寄付をしていたので貯蓄はそれほど多くはない。一年間ほど慎ましやかな暮らしができるかどうかというくらいの金額しかなかったのだ。
それでも、ヒューレッドにしては大金だったので、いつも肌身離さずに大切に持ち歩いていたのだ。その、財布がなくなった。これから先の旅の費用も工面しなければならない。
ヒューレッドは落ち込みながらも先を見据えた。事情をはなし、ヒューレッドの財布を盗んでいった女性からお金を返してもらおうと意思を固める。
そうと決まれば、ヒューレッドは女性の向かっていった方向に足を進める。
ヒューレッドが財布を盗られて窮地に陥っていたが、そんなことは知らぬとばかりにフワフワはヒューレッドの腕の中で健やかな寝息を立てるのであった。
☆☆☆
ヒューレッドは腕に抱いたフワフワを起こさないように気をつけながら出来る限りの速度で歩いた。
かけた方が早いのはわかりきっている。だが、宮廷魔術師であったヒューレッドは体力を求められていなかったので、ごくごく普通の成人男性並みの体力しか持たない。そのため、ずっと走るなんてことは無理だ。それに、ヒューレッドは腕にフワフワを抱きかかえている。財布を盗っていった女性を追いかけるために走ったりなんかしたらせっかく寝ているフワフワが起きてしまう。すやすやと気持ちよさそうに寝ているフワフワを起こしたくなくて、ヒューレッドは走らずに歩くことを選んだ。
幸いにも道は一本道だったため迷うことはなかった。だが、足早に歩いたのにもかかわらずヒューレッドの財布を盗っていったと思われる女性に追いつくことはなかった。ヒューレッドの方も財布を盗られたと思うまでに時間を要しており、いくら足早に歩いたとしても追いつけなかったのだ。
しばらく道なりに歩いていると、立派な門が見えてきた。きっと、大きな街があるのだろう。
ヒューレッドは頭の中にこの国の主要な街を思い浮かべる。この国で大きな街と言ったら、3カ所しかない。王都と、王都から南に下ったところにあるレコンダーナシティとイーストシティ共和国の隣に位置するメンスフィールドシティだ。
街の大きさからして王都よりも少し小さいくらいの街だ。そんな街はレコンダーナシティとメンスフィールドシティしかない。
イーストシティ共和国に近いメンスフィールドシティだったらいいなとヒューレッドは思った。
街に入るにはごくごく簡単な荷物検査がおこなわれる。
ヒューレッドは手荷物検査を受けるための列に並んだ。そこで、ハタと気が付く。
手荷物検査を受ける時には身分証明書を見せて名前を名乗らなければならないのだ。その身分証明書を財布の中に入れていたヒューレッドは当然身分証明書を提示することができない。
身分証明書を提示するには、まず先にヒューレッドの財布を盗っていった女性を見つけなければならなかった。ヒューレッドは女性を探すために一度列から離れることにした。
いくらヒューレッドより先を歩いて行った女性であったとしても、街に入るための列に並んでいるのではないかと思ったのだ。それほどまでに長い列ができており30分は確実に列で待機することになるだろう。
ヒューレッドは列の中から赤毛の女性を探すことにした。
ヒューレッドが並んでいた場所から先頭に向かって歩いて行く。ここに来るまでの道中、女性に追いつけなかったから、この列のどこかに女性がいるはずなのだ。そう思ってヒューレッドは一人一人確認していく。
目立つ赤毛に赤色の旅装。目立つ格好だけにすぐに女性が見つかるとヒューレッドは思っていた。
だが、列の先頭まで歩いて行ってもヒューレッドの財布を盗っていったと思われる女性を見つけることはできなかった。もうすでに街の中に入っていってしまったのだろうか。ヒューレッドはガックリと項垂れて列に並び直した。
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