第7話

 ヴァンダ嬢に案内されたのは、裏道にある小さな食事処だった。


 席はそこそこ埋まっている。

 馴染みの客が集まっているようで、皆和やかに談笑している。


 ただ町の人間だけが知る隠れ家のような場所で、貴族の令嬢が好んで訪れる店だとは思えない。

 だが彼女は戸惑うことなく席について、注文を決めた。


 メイドの少女はヴァンダの隣。

 どうやら身分は気にしない方がいいようだ。


 カストはテーブルを挟んで前に座り、ヴァンダと同じものを注文する。


「……慣れてるんだな」

「先週にも来たことがあるの。お父様を追ってね……」

「……仕事でってわけじゃないよな」


 ヴァンダは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。

 ここ数日間、彼女が疲れた顔をしていた理由がわかった気がした。


 ヴァンダ嬢は父親に、何か疑惑を持っている。

 それは果たして魔法遺物のことか、それとももっと闇の深い何かか。


 屋敷で初めて会った時のレグラマンティ卿の態度を思い出し、カストはしばし口を閉ざす。


 しかし黙っていたままでは話は進まない。

 言葉を選びながらカストは、おずおずとヴァンダに問いかけた。


「なあ……あんたの父上は、レグラマンティ卿はここで何をしているんだ?」

「あら、それがわかったから貴方もここへ来たのでは?」

「それが……詳しくはわかんねえんだ……」


 戸惑うカストに対して、ヴァンダは飄々としている。

 しばし彼女はこちらを見つめていたが、ふっと息を吐いた。


「わたくしたちがお招きしたのですから、まずはわたくしが話さなければね……」


 そう言って彼女は言葉を選んでか、しばしうつむいた。

 しかしすぐに顔を上げ、はきはきと語り始める。


「お父様は発掘した魔法遺物を好事家に横流ししている可能性があるの」

「……。そうか」

「驚かないのね。そこは知っていた、ということかしら」


 無言で頷いたカストに、ヴァンダ嬢の緑の瞳が鋭くきらめく。

 誤魔化してもしょうがないとは思っていたので、この前あったことを語り始めた。


「初めてあんたの屋敷に行ったとき、卿と会ったんだ。そこでちょっと気になることを言われてな」

「お父様と?何を?」


 カストは失言してしまったことも含めて、一連の流れを説明する。

 ヴァンダ嬢は少し呆れた様子だったが、黙って相槌をうっていた。


「卿は俺の言葉に魔法遺物は『盗まれた』ことはない、と言ったんだ。紛失じゃなく」

「真っ先に『盗難』という言葉が出て、怪しんだということですか?」

「……ああ」

「まるで探偵ロマーノみたいね」


 軽口のように言ったが、ヴァンダ嬢はカストの顔をいまだ厳しい目で見つめている。

 語っていて自分でも思ったが、疑う理由が薄くも感じる。


 だがこれ以上語るとなると、時渡りのことだ。


 こんな荒唐無稽な話を突然されて、誰が信じてくれるだろう。

 誤魔化すことも考えた、が。先日のヴァンダの言葉が耳元で響く。


(『嘘をつくのは嫌いだもの。とくに大切な友人にはね』って言われたもんな)


 彼女の誠実さには、また誠実さで返すべきだ。

 言うべきか言わざるべきか悩んでいると、じっとこちらを見ていたヴァンダが口を開いた。


「なるほど。まだ何か語れないことがおありのようだけど、大体は理解したわ」


 納得した仕草を見せて、ヴァンダは一旦言葉を切る。

 三人が注文した品を、ウエイトレスが持ってきたのだ。


 三人分のラビオリとチーズとルッコラのサラダ、生ハムがテーブルの上に並ぶ。


 ラビオリはトマトソースで絡められており、フォークで開くとひき肉とチーズの香りが広がった。

 どうやら中にはジャガイモも入っているようで、ほくほくとした触感と肉汁の相性が抜群だった。


 サラダは新鮮で野菜がしゃきしゃきしている。採れたてだろうか?

 オリーブオイルがベースのソースもチーズとよく合っている。


 生ハムも塩気が聞いていてぺろりと平らげてしまった。


 一同しばらく夢中で食べ進める。

 ようやくヴァンダが話を再開させたのは、全員がフォークを置いた後だった。


「発掘された魔法遺物はまずは国に届け出をする義務があるわ。無断で持ち出したり、それで金儲けをするなどもっての外」


 専門外である己は詳しくはないが、その話は聞いたことがある。


「面倒な手続きがあるってのは知ってるよ。ってことは、卿は掘り出したもんをそのまま持ち出してるって?」


 カストの問いに、ヴァンダが無言で頷く。

 確かによく考えれば、まだ国に報告していない魔法遺物を持ち出したほうが足が付きにくいのかもしれない。


 魔法遺物は遺跡以外にも、耕した畑や開発中の森、果ては海などで見つかることもある。

 国はすべての魔法遺物を管理出来ているわけではないのだ。


(だが未来のレグラマンティ卿は報告済みの……研究室の魔法遺物にまで手を出していた。どういうことだ?)


 横流しできる物品が無くなったということだろうか?


 しかし研究室は卿以外にも人の出入りがあり、魔法遺物が無くなれば目立つ。

 レグラマンティ卿とてそれがわからないわけはないと思うのだが。


 カストの考えが袋小路に陥ったとき、ヴァンダは言葉を続ける。


「わたくしは父が遺物をどこに持って行っているのかを調べていました。それが……」

「……あの古物商か」


 確かにその考えなら、レグラマンティ卿と古物商を繋ぐ線は出来る。

 彼らはこっそりと裏取引をし、私腹を肥やしているというわけだ。


 辻褄は合う……が、一つ気になることを思いついた。


「……あの古物商が魔法遺物に金を出せるとは思えねえんだが」


 町はずれにある古物商の店舗は、とても儲かっているようには見えない。


 遺物を売れる上客との繋がりがあり、本当は財を持っている可能性もある

 が、そういう裏取引の話は警備団でも聞いたことが無かった。


 カストの話にヴァンダは「確かに」と頷く。


「でも今のところ父が接触した怪しい人間は彼しかいないわ。彼から話を聞くのが妥当かと」

「なるほどな……」


 手掛かりとなるものがそれしかないなら、当たってみるしかないということか。

 その意見にはカストも賛成だった。


 はやく事件をつまびらかにしないと、ヴァンダ嬢は婚約者に撃ち殺されてしまう。


(やっぱりヴァンダ嬢は犯人じゃねえ……)


 そのことはカストももうわかっている。

 父であるレグラマンティ卿が、この件に深くかかわっているのだ。

 もしかしたら、彼女自身にかけられた嫌疑にも、だ。


 カストの脳裏によみがえるのは、血を流しながら倒れる彼女の姿。

 今はまだ未来のことだが、ヴァンダ嬢はこのままいけば無実の罪で死んでしまうことになる。


 ぞっと背筋を凍らせていると、ヴァンダ嬢が椅子から立ち上がった。


「さて、そろそろ出ましょうか。お会計はこちらで持つわ」

「いい。自分の分は自分で払う」


 貴族とはいえ友人の財布に頼りたくはない。

 きっぱり断るとヴァンダは苦笑した。


 会計を終えて店を出る。

 昼時はすっかり終わってたらしく、住民は皆午後の仕事に勤しんでいた。


 前を歩くヴァンダの赤毛を見つめながら、カストはふと思いついて口を開いた。


「ヴァンダ嬢、あの、すまない」


 突然の謝罪に、ヴァンダが驚いた顔をして振り返った。

 その緑の瞳が、「どうしたの?」と問いかけている。


 カストはばつが悪く頭を乱暴にかきながら、ぽつりぽつりと語った。


「その、俺の事情を全て話しきれなくて。だが、嘘はつきたくねえ……」

「なんだ、そんなこと……」

「いつか、整理がついたら話す。ちょっと待っててくれ」


 そう告げると、ヴァンダは目をぱちりぱちりと愛らしく瞬かせる。

 こんな陳腐な台詞で許されるとは思っていなかったが、意外にも彼女は頷いた。


 そして、花がほころぶように笑う。


「ええ、わかったわ。待っているから」

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