第28話
怒りをたずさえカストが遺跡内の一室に入ると、呆然としたライモンドと目が合った。
戸惑う青の瞳を、ぎろりと強く睨みつける。
後ろめたさがあるのか、友人はびくりと肩を竦ませた。
「カスト……お前、どうしてここへ……?」
「お前のあとをつけて来た。まさか、こんなことになるなんてな……」
「そんな、まさか全部聞いて……」
真っ青になるライモンドに、カストは目つきを鋭くさせたまま頷いた。
「婚約者に対してどうしてそこまで冷酷になれるんだ?ヴァンダ嬢がお前に何をした?」
「っ、彼女はカタリーナ様を傷つけている!」
激昂する彼をよそに、ちらりと視線を名前を呼ばれた人物に転じる。
柱のそばで座り込んでいたカタリーナは、カストと目が合うとびくりと身を震わせた。
肉食獣に追い詰められた小鹿のような、哀れを感じる態度だ。
しかしカストの感情は動くことはなかった。
自分でも驚くほど冷静に、彼女へ問いかける。
「貴女は本当にレグラマンティ卿やヴァンダ嬢に虐げられていたのですか?」
「カストっ!」
「外道がっ!」
己の言葉に答えたのは、ライモンドとリンダであった。
カタリーナと言えば、いきなり涙ぐんだあと、わっと顔をおおって泣き出してしまう。
それは嘘や偽りで悲しんでいる様子ではなく、本心から家族に恐ろしさを感じているのだと理解できた。
理解は出来たが、カストにはただ呆れるしか出来なかった。
「貴女にとっては二人は自分に対して辛くあたるもの……とその認識は変わらないのですね」
「当たり前だ!カタリーナ様があの二人にどんな仕打ちを受けたか!カスト、お前は知らないから言えるんだ!」
ついにライモンドがカストの襟首を掴んだ。
眉間にしわを寄せて彼を睨み見る。
友人の表情は怒りに満ち溢れ、また真剣だった。
カタリーナを信じる彼の信念に、一片の疑問もないのだとわかる。
だからこそ頭が痛かった。
「ライモンド……お前、頑なにカタリーナ様が被害者だと言うが、それをヴァンダ嬢に確認したのか?」
「した。しかし彼女はカタリーナ様の言うことは気にしなくていいと適当にあしらうだけだった。これで確信が深まったんだ」
「……都合のいいように聞いてるんじゃないか?」
ライモンドの顔がさらに赤くなり、再度怒鳴りつけるためか口が大きく開かれる。
その瞬間、カストは彼が掴んでいた襟首の手を払い、距離を取った。
流石にこのままでは苦しかったし、喋りづらくてかなわない。
襟元を正しながら、再び視線をカタリーナ夫人へと転じた。
「カタリーナ様、この際貴女が虐げられていようがいまいが、どうでもいい。今回のことは貴女とライモンドの関係が原因です」
「何?」
ライモンドが訝しげな声を出す。
カストは彼にまた視線を移し、厳しい表情で続けた。
「お前、どうしてレグラマンティ卿が不正なんかしたのか、気にならなかったのか?あの人の魔法遺物狂いは知ってるだろ?」
問うと、ライモンドの眉間に深いしわが出来る。
しばし悩んで考えた様子だったが、じきに顔をあげ「金に目がくらんだのでは……」と答える。
それを聞いて、彼はレグラマンティ卿のこともよく見ていなかったのだな、とカストは肩を竦めた。
「レグラマンティ卿は偏屈だが、金や名誉には興味がないぞ。それに急な収入が入ったり、羽振りが良くなったことも無かったでしょう」
最後の言葉は、カタリーナに向けて言ったものだ。
しかし彼女は相変わらずしくしくと涙を零すだけで、問いには答えない。
もしかしたら、レグラマンティ卿の仕事ぶりや私生活など知らないのかもしれない。
彼女からの言葉は諦めて、カストは再度ライモンドに言う。
「金でもない名誉でもない。己の大切なものを手放す理由があるとすれば、何だと思う?」
「それは……」
「わからないか?卿は脅されていたんだ。脅されて魔法遺物の横流しをしていたんだよ」
ライモンドは愕然と目を見開いた。
その唇が震えながら「どうして?」と動いたので、カストは苛立ちを加速させながら乱暴に答える。
「決まってるだろ、お前たちだよ!お前たちの関係がバレていたんだ!」
「えっ……」
「お前らのことをネタに脅されていたんだよ!レグラマンティ卿はそれで魔法遺物を渡さなけりゃならなくなった!」
思わず強く怒鳴りつけてやると、ライモンドの体がびくりとはねた。
あまりにも予想外だった、と言う態度だ。
まさか、本当に、思いつきもしなかったのか。
恋と言う名の使命感、そして正義感に燃えていたとは言え、友人はこんなに浅はかだっただろうか。
情けなくなってカストは彼から視線を逸らし、小さく舌打ちをする。
その仕草にも、ライモンドは一度身を震わせた。
そのまま一同は何も喋らなかった。
ただカタリーナの泣き声だけが、さめざめと響いている。
彼女の方へそっと視線を向けて、最初に無言をうちやぶったのはライモンドだった。
「これが公になったらカタリーナ様はどうなる?何か罰せられるのか?」
「お前、最初に言うべきがそれか?もっと……はあ、もうどうでもいい」
カストは何度目かのため息を地面に落とした。
「罪にはならねえよ。ただそれ相応の罰は覚悟しておくんだな。お前らは、もう二度と会えねえだろうし」
「そんな……!」
それに悲鳴をあげたのは、今まで泣くしかしていなかったカタリーナである。
彼女はよろけながら立ち上がって、一歩、二歩とこちらへ近づいてくる。
ふらふらと危なっかしい足取りに、リンダが慌てて肩を支えた。
「そんな、嫌よ。メンディーニ様と会えないなんて……メンディーニ様だけがわたくしのよりどころなのに……」
「カタリーナ様……」
ライモンドのそばまで寄り、その胸に顔を埋めてカタリーナはまた泣き始める。
ライモンドもライモンドで彼女を突っぱねることもなく、潤んだ目で抱きしめた。
それを見て、カストは本格的に彼らに呆れた。
「とにかく……もう悪事を働いても無駄だからな。大人しくしてろよ」
吐き捨てるように、それだけ言い残す。
もう告げることはつげた。あとは勝手にしてくれ、とカストは肩を竦め、出口へ向かって歩き始める。
「ま、待って!ちょっと待って……!」
去りゆく己にいち早く気づいたのは、メイドのリンダだった。
彼女は酷く慌てた様子でカストに駆け寄ると、すがる目で見つめてくる。
「貴方、お金は欲しくない?いくらでも払うわ!お願い、レグラマンティ卿とヴァンダ様に取り計らって!」
「あ……?」
思わず凄むようにリンダに問いかけてしまったが、彼女は気にしない。
媚びた笑顔を浮かべて、すりよってくる。
「お金ならいくらでも出せるの!だから、カタリーナ様とライモンド様が共にいられるように……このことが表に出ないようにして!」
目をぎらぎらさせて近づくリンダに、カストはたじろぎ後ずさった。
「お前、そこまでカタリーナ夫人のことを……?」
「お願い、金なら入るの!カタリーナ様に何も無ければ……」
「いいえ、もう貴女のもとにお金は入らないわ、リンダ」
鬼気迫るメイドの勢いを殺したのは、唐突に響いた凛とした声だった。
今日ここに来る予定の無かったその声の主に、カストは眉間にしわを寄せながら振り返る。
怪訝そうな己の視線を受けてもたじろぐことなく彼女は……ヴァンダ・レグラマンティは颯爽と登場した。
ヴァンダの顔を見てカタリーナは悲鳴を上げ、ライモンドは体を強張らせる。
名を呼ばれたリンダは、妙に恐ろしげに令嬢を凝視していた。
「ヴァンダ嬢、危ないから家にいろと……」
「ごめんなさい。わたくしも色々調べてみたの。そうしたら気になることが出てきて……」
苦く笑いながらカストに謝罪して、ヴァンダは改めてリンダへと顔を向ける。
メイドは居心地が悪そうにそわそわとしだした。
「リンダ、今回のことお爺様たちに報告しました。流石に看過できないそうです」
「なっ……」
「確かにお爺様たちはお母様を守れと言ったそうですね。ですが不貞の手伝いまでするなんて思わなかったそうです」
淡々としたヴァンダの説明で、カストはどういうことかだいたい把握する。
要するにリンダは、ヴァンダの祖父母……つまりカタリーナの両親に依頼されてレグラマンティ家に雇われたのだろう。
カタリーナの性格を心配しての行動だったはずだが、それが裏目に出てしまったと言うことか。
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