第26話

 カスト・フランチェスキは持っている中で一番大きなカバンを下げて、レグラマンティ家を訪れていた。


 突然の来訪にフットマンは戸惑った様子だったが、警備団の一員であることと火急のようがあるのだと言って家に上げてもらう。


 仕事熱心なフットマンは用心深く、ご一緒させていただきますと念を押して後に続いた。

 もちろん問題はないので好きにさせ、カストはレグラマンティ卿の研究室へと急ぎ歩く。


 レグラマンティ卿がこの日この時間この場所にいることは、すでにわかっていた。


 研究室のドアをノックし、不機嫌そうな声が返ってくると同時にノブを回す。

 相変わらず様々な物が詰め込まれた棚に囲まれた机に、マルティーノ・レグラマンティは座っていた。


 その隣では赤毛の令嬢、ヴァンダ・レグラマンティが立っており、驚きの表情でカストを見つめている。

 彼女に一つ会釈をして、改めてレグラマンティ卿に向き直る。


「レグラマンティ卿、お話を少しよろしいですか?」

「……何だ、お前は?」


 不愛想に問う卿に、カストは礼をとって「警備団のカスト・フランチェスキです」と挨拶をした。


「今日はお話したいことがあって参りました。お時間をよろしいでしょうか?」

「私は話すことなど無い」

「隣町の古物商について……と言ってもですか?」


 さっさと追い返そうとする彼に、カストは静かな声で告げる。

 途端にレグラマンティ卿の顔色が変わった。


 青くなったと思ったら赤くなり、憤怒の形相でこちらを睨みつけてくる。


「貴様、それを……どこで……!!」

「お父様……?」

「……お話して頂けますか?」


 戸惑いに父を見つめるヴァンダ嬢に胸は痛んだが、カストはあえて感情は出さずに再度問う。


 ぎろりと鋭い卿の目が己の眉間を貫いていた。

 が、すぐに視線をカストの後ろにいるフットマンに移し、出ていけと命じる。


 フットマンは最初、困惑した様子だったが、すぐに一礼し去っていった。

 ぱたりとドアの閉まった部屋の中、レグラマンティ卿は次に娘へと顔を向ける。


「ヴァンダ、お前も出ていきなさい」

「え……?」


 声を上げたヴァンダが父を見つめ、そしてこちらを見つめた。

 不安げなその様子に、カストは一歩踏み出してレグラマンティ卿に提案する。


「レグラマンティ卿。これはヴァンダ嬢にも関係のある話でしょう。どうか彼女にも聞かせてあげてください」

「……貴様っ!」


 今にも飛び掛からんばかりの勢いで卿が椅子から立ち上がった。

 しかしカストは冷静にその怒りを受け止め、真っ直ぐにレグラマンティ卿を見据え続ける。


「お願いします。全て話してください。こんなことを続けていても、誰も幸せになりません」

「……貴様、何が目的だ」

「全てを明るみに出すこと、そして事の解決です。……これ以上ヴァンダ嬢を不幸にさせたくない」


 レグラマンティ卿の顔が、憎々し気にきゅっと歪んだ。

 その表情を見たヴァンダ嬢が、訝し気に彼に詰め寄る。


「この方はいったい何を言っているのですか?お父様は何を隠しているのですか?」

「お前には関係ない」

「お父様!」


 咎めるようなヴァンダの声にも、レグラマンティ卿は首を振らなかった。


 口を閉ざした貝のような頑なさに、カストは少し息を吐いて二人に近づいた。

 卿は少し警戒したように眉間にしわを寄せるが、ヴァンダはこちらの話を聞きたいのかすっと道を開ける。


 彼の前に立ったカストは、机越しにレグラマンティ卿とにらみ合った。


「レグラマンティ卿、貴方のヴァンダ嬢を思う気持ちはとてもよくわかります。でもそのやり方じゃ彼女を苦しめるだけだ……」

「やり方?何のことだ?」

「貴方と古物商の秘密の取引きのことです。あれではいつかボロが出る」


 確信に触れると、レグラマンティ卿はこちらを嘲るように嗤った。


「証拠はあるのか?」

「ええ。もちろんです」


 頷いてカストは、下げていたカバンを机の上に置く。

 どさり、と重量感のある音が響き、卿もヴァンダもいったい何だとカバンを覗き込んだ。


「ずいぶん時間がかかりました。全部取り戻すまでに何回も死んだ……」

「何を言っている?」

「こちらの話です。それよりも卿、これを見てください」


 今までの道程を思い出しつつ、カストは言葉とともにカバンを開く。

 中にみっしりと詰められていた形も大きさも様々な品物が、光を浴びてきらりと光った。


 小さな鏡、女神の置物、青い石がついた装飾品、スプーンにしか見えないものまで内容物は多岐にわたる。

 カバンには光沢のある粘土板、紅色の小瓶と美しい宝石のついた髪留めなど、見覚えのあるものもあった。


 そのどれも魔法文明の技術が宿った発掘品……魔法遺物たちである。


「あ……これは……」

「何故……ここに……!」


 親子は目を見開いて驚いていた。

 もちろん、驚きの内容は別々であろう。


 戸惑い、ためらい、ヴァンダ嬢が遺物とカストを交互に見つめる。


「……まさか、これは全て魔法遺物なのですか?」

「はい、つい最近遺跡で発掘され……所在がわからなくなっていたものです」


 彼女の呟きに頷き答えると、その緑色の目がさらに大きく見開かれる。


 この時のヴァンダ嬢はすでに父への疑惑を持っていたはずだ。

 疑惑が確信に変わり、驚きと悲しみで心中が満ちていると思うとやり切れない。


 対してレグラマンティ卿と言えば、体をぶるぶると震わせていた。

 しばらくそのままじっと魔法遺物を凝視していたが、やがて深く息を吐きそしてカストを見つめる。


「全て取り戻して来たのか?」

「はい、恐らく全部だと思います。ご確認ください」

「……確認するまでもない。全て覚えているからな」


 再び彼は息を吐き、片手で顔をおおった。

 酷く疲れた、しかし何処となく諦めが滲んでいる態度だった。


 ヴァンダが見守る中、カストは再びレグラマンティ卿を見据えて告げる。


「卿、奥様とメイドのリンダは危険です……」

「……!」

「ライモンドを操り、罪をヴァンダ嬢に着せるかもしれない。その可能性を考えたことがありますか?」


 言われてレグラマンティ卿は顔から手をどけて、眉間にしわを寄せる。

 そして険しい顔をしたまま、多少胡散臭そうにカストを見つめた。


「……そのことも知っているのか」

「はい。古物商を問い詰めました。彼らの対策を早く練った方がいいかもしれません」


 カストの言葉を聞き、レグラマンティ卿は三度目の深いため息を吐き、ゆっくりと椅子に座り直す。

 背もたれに体重を預け、彼はしばらく視線を天井に向けていた。


 カストとヴァンダが見守る中、四回目のため息を吐いたレグラマンティ卿はやがてこちらに視線を向ける。


「お前のような若造に全てを見破られるとは……やはり不正など犯すべきではないな……」

「お父様……」

「すまなかった、ヴァンダ。全て話そう」


 そう言ったレグラマンティ卿はやはり疲れた顔をしていたが、陰鬱さが少し薄れていた。

 何かから解放されたような、重たい荷物を捨て去ったような爽快感がある。


 僅かだが若き日の穏やかな面影がその瞳の中によみがえっていた……そんな気が、カストにはした。

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