第16話

 食事を終えて店を出る。

 二人が古物商の前に戻ると既に、店内からは人の気配がしていた。


 ノックをして店に入ると、痩身で背の高い初老の店主がくるりとこちらを向いた。

 カウンターの上には見覚えのあるカバンが置かれている。


 それを眺めていると店主は愛想のいい笑みを浮かべ、低姿勢でこちらに近づいてきた。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、ちょっと商品を見たい。いいか?」

「もちろんでございますよ。どうぞどうぞ」


 店主は二人の身なりを見て上客だと判断したらしい。

 実に嬉しそうな顔で了承し、商品の説明をはじめた。


 カストはそれらを聞き流し、店内をぐるりと見回す。

 だが目的の品どころか、魔法遺物らしきものは何処にもない。


 隣で同じく商品を観察していたヴァンダが、焦ったように眉間にしわを寄せる。


「どうしましょう。やっぱり売られてしまったのかしら?それともまだ父と会ってない?」

「いや……」


 小声で話す彼女に、同じく小声で答えて首を横に振る。

 今一度視線をちらりとカウンターに向け、カストはいまだべらべらと話す店主を遮った。


「なあ、ここにある品で全部か?」

「え?はあ、そうでございますね。これ以外に在庫は……」

「今日午前中にはいなかったみたいだが、何処に行ってたんだい?」


 問うと、店主の顔に少しだけ焦りが覗いた。

 何故そんなことを聞くのかという戸惑いがありありと見て取れる。


 不思議そうにしながらも彼は、愛想笑いを崩さずに答えた。


「午前中にもいらしてくださったんですね。申し訳ありません、実は仕入れに行っておりました」

「仕入れ?古物商なのにか?」


 再度問い詰めれば、店主は一瞬言葉に詰まる。

 しかし何とか取り繕い、額に汗を浮かべながら続ける。


「え、ええ。特別に商品をお譲り頂けると言われて……」

「なるほど、その商品はどこにある?どんなものだ?」

「え……」


 やや強めに質問を繰り返すと、店主は目に見えてうろたえた。

 その視線がちらりとカウンターの方へ向かうのを見て、カストは確信する。


「……実は魔法遺物を探しているんだ。ここにあるだろう?」

「え?ま、魔法遺物?」

「ちょっと!」


 これには店主だけでなく、ヴァンダも慌てたようだった。

 目的のものが店内に並んでいない中、こちらが怪しんでいる様子を見せるのはまずいと思っているのだろう。


 確かに警戒されて遺物を隠されるのは困る。

 今後の調査が難しくなることを、ヴァンダは恐れているようだった。


「ま、魔法遺物などこんな小さな店にはございませんよ。何かの間違いではないでしょうか?」


 早速誤魔化してきた古物商に、カストはため息をつく。

 そしてカウンターに近寄りながら、カバンに手を伸ばす。


「あんた、今日はレグラマンティ卿と取引していたな」

「何を……あっ!」


 慌てた店主が駆け寄ろうとしたが、もう遅い。

 カストは勢いよくカバンを開いて、中身を確認していた。


 薄っすらとした光沢のある小瓶と、大きな宝石のついた美しい髪飾りがそこに入っている。


「ヴァンダ嬢。これで間違いねえな。確かに発掘されたばかりの魔法遺物だ」


 カバンを持ってヴァンダに見えるようにかざすと、彼女はノートを取り出して遺物とよく見比べる。

 すぐに彼女は「そうだわ!」と頷いた。


「確かにそれは屋敷から無くなった魔法遺物よ。間違いないわ」

「と、言うことだ。さて店主殿。話を聞かせてもらおうか?」


 改めて古物商の男に向き直ると、先ほどの愛想の良さは何処へ行ったのか険しい顔をしている。

 まるで怨敵と相対しているかのように、彼は唸りながら言った。


「貴様ら、レグラマンティ卿の手のものか?」

「いいえ、娘です。ご存じありませんか?ヴァンダ・レグラマンティです」


 ヴァンダが名乗ると、男は目を丸めてまじまじと彼女を観察した。

 そして気づいたのか「ヴァンダ嬢……本当に?」と小さな呟きが漏れたのを聞いた。


「聞かせてもらいます。貴方と父は魔法遺物の違法な取引をしていますね。これは重罪だと理解していますか?」


 強い口調で令嬢が店主に告げると、彼はちっと小さく舌打ちする。

 ぶっきらぼうな態度だ。どうやら観念したらしく、取り繕うこともない。


「ああ、そうだよ。あんたの親父から魔法遺物を横流ししてもらってるよ。……重罪ってのは理解してるさ」

「いつから父と繋がっていたのですか?」


 この質問に古物商はわざとらしくあごを触りながら、「いつからだったかな」とぼやく。


「去年の暮れにはもう色々と流して貰ってたがね。いやあ、いい感じに儲けさせてもらったよ。お陰で借金が返せた」

「……父と二人、私腹を肥やしていたと言うことですね」


 小馬鹿にするような男の態度に、冷静だったヴァンダ嬢の唇が僅かに震えた。

 しかし彼女の心情を顧みることなく笑った男は、いいやと首を横に振る。


「あんたの親父には金は渡してないよ。これは口止め料のつもりだったからね」

「……口止め料?」


 気になる言葉が出て、ついカストは口を挟む。


 店主の目がちらりとこちらを向き、にやりと細まった。

 それに何となく嫌な予感がしたが、彼はすぐにヴァンダに視線を戻して話し続ける。


「私はねえ、見たんですよ。あんたの婚約者、ライモンドさんの浮気現場を……」

「な……っ」


 いやらしい笑い顔の古物商は、決定的な言葉を彼女に向けた。

 その言葉と態度、間違いなくヴァンダのことをあおっている。


 思わず彼女を後ろにかばい様子を伺うが、ヴァンダはぴたりと静止して表情すら動かさない。

 そうしているうちにも、古物商は嗤って続ける。


「発掘現場で、馬鹿ですよねえ。あんなところにいたら見られてしまうに決まっているのに」

「てめえ、それでレグラマンティ卿を脅したのか?」

「脅したなんて人聞きの悪い。ちょっとお話をしただけですよ」


 今にも殴り掛からんばかりのカストを見ても、男は怯むことはない。

 手を出すことはないと侮っているのか、さらににやにやとヴァンダを見つめる。


「卿はお嬢さんの将来をどうしても潰したくないようでしてね。ちょっと融通を聞かせてほしいと言ったんですよ。いやあ、娘を思う父親とは偉大なものですな」

「いい加減にしろっ!!」


 ついに怒りが頂点に達し、カストは古物商の胸倉に掴みかかった。

 痩身なのであっさりと彼は持ち上げられる。


 苦しいのか恐ろしいのか、手足をじたばたさせて必死に抵抗していた。

 が、その表情はまだ惨たらしく歪んで令嬢を見つめている。


 捕まってしまうならその腹いせに彼女を傷つけようという魂胆なのだろう。

 嫌らしいにやけ面を殴ってやりたい……その思いで勢いよく右腕を振りかぶった時だった。


「カスト様、おやめください」


 ヴァンダの手が、そっとカストの腕を押さえる。

 「だが」と言いかけて振り返り、その表情を見てはっとした。


 その美しい緑の目は、今まで見たことがないくらいに冷え切っている。

 まるで氷のような眼に呆然としながら古物商の胸倉を離す。


 突然のことで着地に失敗した男は転び、床に尻もちをついていた。


「言いたいことはそれだけですか?」


 ヴァンダが古物商を見下ろし、静かに語り掛ける。

 その声も冬の朝のように冷たい。肌が切れていきそうな鋭さがあった。


「そのくらい、とうに調べがついております。そんなことをべらべらと、優位に立ったつもりですか?」

「なっ……」

「あとは然るべき場所で然るべき罰を受けてからほざきなさい。寛容な判決が下るといいですね」


 令嬢の冷たさを真正面から受けた男は、ついに黙り込んだ。

 うつむき、まるで既に刑が執行されたかのようである。


 もちろん同情はしなかった。

 心配しなければならないのは、ヴァンダ嬢の方だ。


「なあ、ヴァンダ嬢、その……」

「証拠は揃ったし、この町の司法に連絡しましょう。まだやることはたくさんあるわ」


 気遣おうとするカストを尻目に、令嬢はきびきびと動いた。

 まるで動かなければならないとでも言いたげなその態度に、胸が締め付けられた。

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