第13話
促されてカストは、今屋敷に運び込まれている魔法遺物もいずれ紛失すること、そしてレグラマンティ卿が秘密裏に会っている古物商のことを話した。
ヴァンダは相槌を打ちながらじっくりと聞き取り、やがて小さく唸った。
「古物商に流していることは知らなかったわね。いったい何処で……いいわ。どうせそれも話せないんでしょう?」
「わりぃ……」
「秘密の多い人ね」
半眼で睨みつけられ、カストは眉をたれ下げる。
ヴァンダは己の表情の全てをつぶさに観察しながら、ふうんと息を吐いた。
「一応、調べさせてもらうわ。それと貴方もなるべく私に報告に来なさい。逃げても無駄よ」
「逃げる気はねえよ。いや、だがあんたが俺と一緒にいるのは……」
「何?」
じっと見据えられ、カストは言葉を切る。
自分とともにいることで、彼女に不貞の疑いがかかることを危惧したのだ。
しかしそれもどう説明したら……と思ったところで先ほど見つけた手紙の存在を思い出す。
(そうだ、ライモンドとリンダの……)
上着のポケットの中に、手紙が入ったままになっているはずだ。
カスト自身、少しだけ友人に対する怒りが冷めてきていたので、出すなら今だとポケットに手を伸ばす。
「なあ、ヴァンダ嬢。メイドのリンダには気を付けた方がいい」
「え?」
唐突に信頼するメイドの名前が出たことで、ヴァンダの目が疑問で瞬く。
「実はリンダとライモンドは……」そう言って、だが次の瞬間、誰かがこちらに向けて歩いてきたのを見て口を閉ざした。
歩み寄ってきたその人物はカストとヴァンダがともにいるのを見て、首を傾げる。
「ごきげんよう、ヴァンダ嬢……ああ、なんだ。カストもいたのか。どうしたんです?」
「ごきげんよう、ライモンド様。ええ、暇だったので少しお相手を頼んだのです」
ヴァンダがライモンドを見つけ、すっと令嬢の仮面をかぶる。
ライモンドも一応は微笑むヴァンダ嬢に礼をつくし、事務的に笑顔を浮かべる。
(こいつ……素知らぬ顔で……)
二人の様子を見て、カストは収まっていた怒りが再び燃え上がっていくのを感じた。
冷静になったと思ったが、彼の姿を見るだけで頭に血が上る。
しかも彼は自分が浮気をしているだけでなく、時が巻き戻る前は不貞の疑いだけで人を責めたのだ。
事故で自分が死んだことよりも、そのことがどうしても許せなかった。
己の心の中の怒りに気づかぬライモンドは、こちらを見て目を細める。
「カストがご無礼を働きませんでしたか?少々荒っぽい奴なのです」
「おい、」
「そうですわね。少しお口が悪いように感じましたわ」
「な……」
令嬢にさらりと嫌味を言われて、カストはがしがしと頭をかいた。
先ほどから感じていたが、今のヴァンダは己に対して評価が低い。
警戒心がむき出しだと言っても過言ではなかった。
だがそれは仕方のないことである。
自分は勝手に庭をうろついていた不審者であり、父の疑惑に一足早く気づいていた人物。
そして彼女に明かせない秘密があると、暴露したばかりだった。
心を許せという方が無理だが、時が巻き戻る前のヴァンダ嬢を知っているからこそどうにもやるせない。
怖い顔をして二人を睨んでいると、ライモンドが苦笑した。
「……さて、友人もおりますし、僕は帰ります。また用事があればお申し付けくださいとお父上にお伝えください」
「ええ、お疲れ様です。カスト様も話し相手をしてくださりありがとうございました」
「あ、ああ……」
頷いてからカストは、ポケットに入っている手紙をヴァンダに渡すべきか悩んだ。
しかし隣にはライモンドもいる。
今ここで暴露してしまえば修羅場になりそうだし、何より自分の方が怒りに我を忘れそうだ。
ヴァンダ嬢より先にライモンドを殴る自分を想像し、カストは嘆息する。
どうせまたこの屋敷に来る。
二人でいる時のほうが上手く話が運ぶだろうと考え、カストはヴァンダに礼をした。
「ヴァンダ嬢、本日はお騒がせしました。話し相手に選んでいただけて光栄です」
「ええ、次はもっとちゃんとした言葉遣いを覚えてきてくださいね」
薄っすら色づいた令嬢の唇が、嫌味とともに「また」と小さく動いたのを見る。
カストはそれに小さく頷き、ライモンドとともにレグラマンティ家を後にした。
しばらく二人は無言で歩き続け……ふと、耐えきれなくなったカストはライモンドに尋ねる。
「なあ、ライモンド。お前、ヴァンダ嬢を愛しているのか?」
「……何をいきなり。そりゃあ、婚約者だからな」
隣を歩くライモンドがこちらを振り返り、目を瞬かせた。
罪を何も犯していないような、無邪気な顔である。
悪びれもせず放たれた言葉に、カストはぐっと唇を噛み締める。
「ヴァンダ嬢からお前との婚約は政略的なものだって聞いた。本当なのか?」
「ああ……、聞いたのか」
友人は困ったように眉をたれ下げて、「そうだ」と頷く。
「僕の実家が大きな商家だというのは知っているだろう。実家から遺物発掘の資金を出しているんだ」
「やっぱりそれ、本当だったのか……」
「レグラマンティ家は発掘に力を入れられる、実家は貴族と結びつきが出来る。よくあることさ」
さらりと言われ、カストの心はさらに苛立った。
確かに惚れた腫れたの末の浮気などよくあること……特に爵位持ちの間では……なのかもしれない。
だか、だからと言って人道的に許されるわけが無いだろう。
家のための婚約とは言え、それは間違いなく交わされた約束のはずだ。
約束を違え、嘘をつき続けることがどれほど不誠実なことか、ライモンドとリンダはわかっているのだろうか?
(馬鹿野郎が……)
思わずそう口に出しそうになって、止める。
以前も怒りに任せて彼につかみかかり、結果カストは死んだのだ。
それに親友の不貞を憎もうと、ヴァンダ嬢の幸せを願おうと所詮自分は部外者。
口を挟める立場にいない。
ぐっと拳を握りしめ、ライモンドから視線を逸らしてただ黙々と歩くことに集中した。
◆
自宅に帰還して、カストは上着もそのままにベッドに寝転ぶ。
非常に疲れているのは、力仕事をしたからではない。
色々な情報が一度に頭に入ってきて、少し混乱していた。
悩みすぎたためか、夕食時なのに腹も減ってこない。
(状況を少し整理しといた方がいいか……)
目を閉じるとすぐに眠ってしまいそうだったので、天井を睨みながら考える。
(遅くとも今年の春にはレグラマンティ卿は古物商と取引をしていた)
まずは一つめ。
カストは手を顔の前に持ってきて、人差し指を折る。
(前回のことからしてリンダはかなり怪しい立場にいる。レグラマンティ卿と繋がっているかもしれねえ)
そして二つめ。
中指を折って、カストはふとあることに気が付いた。
「そういやライモンドは、リンダがレグラマンティ卿と繋がっていることを知っているのか?」
二人が愛し合っているのなら、ライモンドはレグラマンティ卿の不正について把握しているのかもしれない。
考えたくないとは思ったが、そうすると一つの可能性が浮上する。
二度目の巻き戻りが起こる前のこと。
ライモンドは不貞の疑惑を流し、カストとヴァンダの口を塞ぎたかったのではと疑ってしまったのだ。
「レグラマンティ卿の不正に気付いた俺たちを始末しようと思ったのか?」
不貞をしているとはいえ、ライモンドの精神がそこまで堕ちているとは思いたくない。
少なくともカストの知るライモンド・メンディーニは仕事に対して高潔な男だ。
警備団長からの信頼も厚く人望もあり、だからこそ友人になれて誇らしかった。
(疑い、たくはねえが……)
時が巻き戻る前、自分とヴァンダが浮気をしていると疑った彼が、こちらの話にまったく耳を貸さなかったことが気にかかる。
あの時は潔癖ゆえに不貞の疑惑が許せず、頭に血が上っているだけだと思ったのだが……。
「ライモンドのことを調べてみるべきか?」
天井に向かった問いかけは、自分でも驚くほど静かで低かった。
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