第14話
ライモンド・メンディーニは相変わらず、公明正大、高潔に仕事をこなしている。
警備団長は率先して彼に重要な仕事を任せるし、仲間たちから悪口は聞かない。
ただ疑いの目を持って観察してみれば、ライモンドの行動には奇妙なところがあった。
(……リンダの来る日に、ライモンドは必ず遺跡に来ている)
もちろんライモンドは仕事の関係もあり、遺跡や研究施設に頻繁に訪れている。
しかしリンダが夫人と、もしくは一人で訪れるのは必ずライモンドがいる日にちと時間。
狙ったように邂逅する二人に、やはり道ならぬ関係なのだろうと感じた。
気づいてしまえば彼らがともにいる場面が目についてしまい、カストはげんなりしている。
(遺跡や研究施設でいちゃつきゃあ、いつか誰かに見られるぞ)
いまだに怒りはカストの中に根付いており、二人を見かけるたびに声を荒げそうになる。
───そして今日も、研究施設内でライモンドはリンダと共に居た。
カストが見つけた時、なんと二人は暗い部屋で密会していたのだ。
レグラマンティ領の研究施設は、都会の大学よりも狭く建物自体も古い。
だが設備と人員はそれなりにそろっており、人の目も多かった。
(わかってんのか、あいつら……)
ちっと一つ舌打ちをうち、扉に身を隠しながら一応話を聞いてみる。
「ええ、いつも泣いてばかりなのです。貴方を思って、せめて一目会いたいと」
相手を思って紡ぐ愛の言葉が聞こえてきた。
女の声だ。恐らくリンダだろう。
「ああ、何という悲劇だろう。僕もだ。僕も会えぬ日は辛く苦しいばかりなんだ……」
すぐあとに聞こえたのはライモンドの声。
掠れ囁くようなそれは、聴いたこともないほど甘く切ない感情に溢れている。
恋愛小説ならロマンディックな場面だ。
ここが研究施設の倉庫ではなく、月の見えるバルコニーならさぞ映えるだろう。
しかしここは現実。
しかも片方は婚約者のある身。
会話を聞いたのは今日が初めてだが、聞き苦しいことこの上ない。
(……睦言ばかりで、重要なことは話さねえみてえだな)
しばらく会話を聞いていたが、声が小さすぎて所々しか聞こえない上に内容が無い。
静かにため息をついて、カストはゆっくりと扉から立ち去った。
誰か口さがない人間に見られて、暴露されてしまえとも思う。
しかしスキャンダルになれば、ヴァンダ嬢にも迷惑がかかるだろうことはわかっていた。
もやもやした気持ちを抱え、廊下を歩く。
(逢瀬以外に、あの二人が妙な行動をしている風には見えねえんだよな……)
てっきり二人で魔法遺物を持ち出し、レグラマンティ卿に届けているのだと思っていた。
だが密会以外に二人が良からぬことをしている様子は無い。
「……どういうことだ?」
「何がですか?」
「!」
声を掛けられ、ぎょっと振り返る。
考え事をしていて気づかなかった。
咄嗟に声をあげなかったのは、警備団としての意地だ。
目を見開く己の後ろで、赤毛の令嬢が酷く冷静な顔で立っている。
「ヴァ、ヴァンダ嬢。あ、あんた、一体なんでここに……?」
「あら、お父様の建てた研究施設に娘が来てはいけないの?」
どもるカストに、令嬢……ヴァンダ・レグラマンティは唇に笑みを灯す。
驚いている己を、からかっているようだった。
少しだけむっとしながら、「調査か?」と尋ねる。
険をあらわにしたカストの口調だが、ヴァンダは気にした様子もなく「そうよ」と頷いた。
そしてすっと視線を廊下の向こうに向け、表情を消した。
「……この前屋敷に運び込まれた魔法遺物が無くなったわ。お父様のお出かけと一緒にね」
声を落として伝えられた言葉に、カストは片眉を跳ね上げる。
「明日例の古物商に行くの。貴方もついてきて頂戴」
「俺もか?」
「ええ、本当は一人で行くつもりだったのだけれど」
一人で、という言葉にカストは首を傾げた。
時が巻き戻る前はメイド、リンダ・メランドリとともに隣町に赴いていたようだが今回は単独行動らしい。
その事実にカストは先日彼女に言った言葉を思い出し、「そうか」と得心した。
「俺の言葉を信じてくれたのか?」
「貴方は嘘をつかないんでしょう。気になってリンダのことを調べたら、ちょっと気になることがあったの」
「調べた……?」
その言葉に、少しぎくりとする。
まさか彼女は、ライモンドとリンダが道ならぬ関係にあるということに気づいたのだろうか?
婚約を結んだ男と信頼していたメイドに裏切られていた事実は重い。
落ち込んでいないように見えても、ヴァンダは弱みを決して見せない人だからその心情が気になる。
どう声を掛けようか悩んでいると、令嬢は視線をカストに戻し再び微笑んだ。
「それで貴方は一緒に来て下さるのでしょう。嫌だと言ってもついてきて貰うけど」
「あ、お、おう……わかってる」
「ならいいわ。それじゃあまた後で詳しく連絡するから、その日に休暇を取っておいてね」
戸惑うカストをよそに、ヴァンダは薄い微笑みをたずさえたままその場を去っていく。
令嬢の仮面に隠されて、その心の動きは最後までわからなかった。
◆
次の日、早速ヴァンダ嬢は組んだ調査の予定をカストに伝えに来た。
幸いなことに、休暇も問題なく取れそうだった。
レグラマンティ卿を見張るために仕事を詰めたのが良かったのかもしれない。
しかしここで気になったのが、時が巻き戻る前の出来事である。
つまり、二人が行動することで何者かに不貞の疑いをかけられることだ。
やんわりと男と出かけるのは不味くないかと伝えると、ヴァンダも頷いた。
「そのあたりは対策を考えているわ。流石にわたくしも殿方と二人っきりで出かけるリスクくらいわかるわよ」
実に頼もしい言葉だが、いったいどんな手があるのか?
そう首を傾げたカストに、令嬢は上着とスラックスを手渡して「当日は着替えてきて」と命じる。
「変装か?」
「そうよ。わたくしは男の格好をしていくから、上手くいけば友人か兄弟に見えるはず」
「なるほどな……」
人間は見た目で印象を左右されるものだから、目くらましくらいにはなるだろう。
見ればヴァンダ嬢が持ってきてくれた服は、どちらも上等な布地で造られている。
デザインも普段カストが絶対に着ないものだ。
だが少し着古してもあって、流行の形ではない気もする。
もしかしたら、とヴァンダを見ると、視線の意味を理解したのか苦笑して頷いた。
「お父様がお若いときに着ていらしたものよ。当時の服は皆遺跡調査でぼろぼろになってたから、着れるものを探すのに苦労したわ」
「へえ、昔から興味があったとは聞いていたが……当時から出向いていたのか」
「あら、知らなかった?若い時の父は意外と行動的だったのよ。遺跡や仕事のこと以外でも外に出向いていたらしいわ」
それは知らなかったことなので驚いた。
レグラマンティ卿は魔法遺物関係のこと以外で、あまり表に出てこない人だ。
領主としては優秀で、遺物の研究でも名を上げているが知っているのはそれだけである。
思えばレグラマンティ卿の噂はあまり出回ってないな、とカストはふと思う。
「……昔は素朴だけど優しい方だったと聞いたわ。私が幼いときも今よりはましだった」
ぽつりと呟かれた言葉に、思わず彼女を見つめた。
令嬢の凛としたかんばせの中に、苦しみと寂しさをない交ぜにした感情が浮かんでいる。
「どうして……そこまで思っている魔法遺物を横流しするようになってしまったのかしら……」
「ヴァンダ嬢……、それは」
カストの言葉を遮り、ヴァンダは「ごめんなさい」と謝罪した。
そして顔に令嬢の笑みを灯し、「気にしないで」と付け加える。
「少し感傷的になってしまったわね。じゃあ、予定の日はそれを着て馬車乗り場まで……」
「突き止めようぜ」
話を切り上げようとする彼女に、カストは告げた。
ヴァンダの緑色の目が、はっとこちらを見る。
宝石のように美しいそれに、僅かに感情の揺れが見て取れた。
「卿がどうしてこんなことに手を染めてしまったか、突き止めようぜ。簡単なことじゃねえけど、きちんと話もしなきゃわかんねえしな」
ヴァンダ嬢はしたたかで聡明、機転もきく令嬢だ。
彼女の相棒としては頼りないだろうが、カストもそれに協力したいと思っている。
それもあわせて伝えると、彼女は目を大きく見開いたあと、小さくこくりと頷いた。
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