第8話

 ヴァンダ嬢は再び件の古物商の前で、店主を待つつもりだと語った。

 宿泊しているホテルにもレグラマンティ卿が戻っている気配は無く、手掛かりはそこしかないのだと言う。


 彼女の話を聞きながら、カストはふと気になって尋ねた。


「レグラマンティ卿が……罪を犯していたとしたらどうする?」

「どうするもこうするもないわ。罪は裁かれるべきよ」

「だが……あんたの父さんじゃないか」


 静かに問いかければ、先を行っていたヴァンダが肩越しに振り返った。

 その緑色の瞳からは、何の感情も読み取れない。


 冷静な目だった。


 彼女が何も喋らないので、カストは続けた。


「ライモンドや警備団に頼らず自分で調べているのは、父親の罪を表に出したくねえからじゃ……」

「確かに、それは一理あるわね」


 ヴァンダが口元に笑みを浮かべて、顔を逸らす。

 赤毛に隠れて、前を歩く彼女の表情は見えなくなる。


「もし本当にお父様が罪を犯しているなら、情に訴えて自首して頂くつもりではいるわ。でも隠すつもりはないわよ」

「……あんたも家も、ただじゃ済まないかもしれねえぞ」

「一人逃げるつもりはないわ」


 きっぱりと言い切った彼女は、本当に潔かった。


 もちろん現実が見えていない令嬢の驕りかもしれない。

 やせ我慢の可能性だってある。

 それに彼女は、父が罪を犯して悲しまない娘ではないはずだ。


 カストは彼女の心情を考えて、しばらく後姿を見ていた。

 色々と考えたが結局かけるべき言葉は見つからず、自分の語彙力のなさを恨みながら息を吐く。


「わかった。あんたがそう言うなら、俺も協力する。領主であろうと罪は罪だからな」

「ありがとう。カスト様もこの件を解決すれば、出世するかもしれないわよ」

「やめてくれ。雇い主をお縄にするなんて、まわりから睨まれるだけだ」


 冗談めかして言うヴァンダに、カストも笑って冗談で返した。

 今一度振り返った彼女は、少しだけ気楽に笑っていた。


 僅かに和んだ雰囲気の中、一番前を歩いていたメイドが「お嬢様」と立ち止まる。

 彼女の視線の向こうには、あの古物商の店舗があった。


 予感がして、カストもヴァンダも息をひそめて、目を凝らす。

 古物商の前には、身なりの違う男が二人立っていた。


「それでは卿、本日はご馳走様でした。いやあ、いい食事でしたな」

「……」


 にやにやと笑って語る男は、痩身で背の高い初老の男。

 そして彼の話を無言で聞いているのは、予想通りレグラマンティ卿である。


 と言うことが、痩身の男が古物商か。

 よく見れば彼は使い古された大きなカバンを手に持っている。


 カストたちが見守る中、気づかない二人は小声で話し続ける。


「約束は必ず守ってくれ。私も、出来るだけ努力はする……」

「ええ、わかってますよ卿。私たちはもう一蓮托生だ」


 いやらしく笑いながら男はレグラマンティ卿の肩を叩く。

 領主に対して馴れ馴れしすぎる行動だ。


 しかし卿は咎めることなく、無言で唇を噛み締めているだけだった。


「それじゃあまた、レグラマンティ卿。奥様によろしく」


 告げて、古物商は店の中へと入っていった。


 無言で卿はそれを見送る。

 きつく拳をにぎり、酷く青白い顔をしている。


 閉まった扉を睨みつけるその表情だけで彼らの関係が推測できた。


 しばらくレグラマンティ卿は無言で佇んでいたが、やがて肩を落として大通りに向けて歩いて行った。


「追うか?」

「……いいえ、今は古物商の方を。店の中の様子が知りたいわね」

「俺が行く。あんたじゃ顔が割れてるだろうしな」


 気持ちを断ち切るように父から視線を逸らしたヴァンダに、カストは提案する。

 令嬢は少し考えたあと頷き、「気を付けて」と己を送り出した。


 カストはつい剣呑になりそうな顔から表情を消し、古物商が消えていった扉の前に立つ。

 一度深呼吸して、ドアノブを捻った。


「邪魔するぜ。やってるかい?」

「ああ、いらっしゃい。今帰ったところなんですよ」


 カウンターの前に立っていた痩身の男が、笑みを浮かべながら振り返る。

 帰宅してすぐに、鞄を広げていたようだ。


 店の中は大小さまざまな用途不明の品が並べられており、そのせいで狭く感じる。


 衣服やステッキ、パイプなどの日用品から何に使うかわからないがらくたまで。

 それらを観察するふりをしながら、カストは視線だけでカウンターの上に広げられたカバンを睨み見た。


(掘り出されて間もないような……何かだな)


 まだ乾いていない土がこびりついたそれは、不思議な青い光沢をもつ品だった。

 形自体は小さな粘土板にも似ている。


 あれが魔法遺物か?と考えながら、また表情を消してカストは古物商に向き直る。


「今日はどのような御用でしょうか?」

「急に金が入用でな。売りたいものがあるんだが」


 口から出まかせを並べ、カストは首にかけていたネックレスを取り外した。

 祖父からの贈り物をこういう形で利用するのは胸が痛むが、仕方ないと割り切る。


「恐らく魔法遺物だと思うんだが、いくらで買い取る?」

「魔法遺物……!?」


 古物商の目の色が変わった。

 許可なくネックレスに触れてきそうだったので、すっと手の中に隠す。


「効果は俺もわからないんだが……この店では魔法遺物も買い取るんだろう?」

「……まあ、まれに流れてきますがね」


 すっと冷静さを取り戻した古物商は、にやついた笑みを浮かべてカストを見た。

 しかし実際はカストの手にあるネックレスが気になって仕方ない様子だ。


「そうかそうか、それは結構。それで、いくらで買ってくれるんだ?」

「いやでも、しかし……本当に魔法遺物かどうかわからないものですからねえ。難しいですねえ」

「お前の店じゃ鑑定はしてくれないのか?」


 問うと、古物商は(ふりかもしれないが)少し考える。

 少しして「そうだ」とわざとらしく手を打った。


「私の知り合いに魔法遺物に詳しい方がいるんです。私が頼めば鑑定をしてくれますよ」

「へえ……詳しい方、か……」


 恐らくレグラマンティ卿だと直感的に思った。

 その『詳しい方』が、自分の頼み事を断らないだろうという自信に溢れていたからである。


(一蓮托生と言っていたが、明らかにレグラマンティ卿の方が立場が下だ)


 目の前にいる男は、領主を脅迫している可能性があった。

 いったい二人の間にどんな取引と約束があるのか、何を隠しているのか?


 問い詰めたい気持ちを押さえて、カストはちらりと視線をカウンターへ移す。


「カウンターの上にある魔法遺物……それもその方がくれたのかい?」

「……え?」


 古物商がはっと背後を振り返った。

 開きっぱなしになっているカバンから、無防備に遺物らしきものが覗いている。


 男は慌ててカウンターに駆け寄り、カバンを閉めた。

 その様子をじっと見ながら、カストは当たりだなと内心で考えていた。


 それから適当に話を切り上げ、カストは古物商を後にした。

 店主の恨めし気な視線を最後まで感じていたが、振り返らずにヴァンダのもとへ戻る。


 令嬢とメイドは、古物商から見えない建物の影に隠れて己を待っていた。


「戻ったぜ。あいつのカバンの中に今しがた掘り出した遺物みてえなやつがあった」

「掘り出した、ような……」


 カストの言葉を聞いてヴァンダは少し考え「もしかして」と呟く。


「小さな粘土板のようなものかしら?青い光沢をもった……」

「ああ、そうだ。……どうして知っている」


 問うと、令嬢は表情を険しくした。

 握りしめられた拳が小さく震えている。


「今日の朝、この町の遺跡から発掘された遺物だわ。お父様が引き取ったはずなのだけど……」

「そうか……」


 決定だった。

 もう少し詳しい証拠は必要だが、レグラマンティ卿を問い詰める材料にはなる。


 ヴァンダは無言で、下を向いた。

 僅かに肩が震えている。


 父の罪が確定したのだ。気落ちもしよう。

 しかしカストが慰めようとする前に、彼女は姿勢を正し再び前を向く。


 泣いた様子は無い。

 泣いた様子は無いことが、痛々しかった。


「発掘作業員の方に詳しく聞けば、確証になると思うわ。皆あの遺物を覚えているでしょうから」

「……手伝うか?」

「いいえ、ここからはわたくしが。カスト様は明日はお仕事でしょう」


 そう言ってヴァンダ嬢は優雅に微笑んだ。

 この微笑みにかける言葉を持たない自分が、あまりにも無力だった。

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