第6話
浅い色の空に雲の膜がはっている。
そろそろ嵐が来る時期かと空を眺めながら、カストは自宅を出た。
レグラマンティ家の屋敷のある町は、早朝から仕事に向かうものが多い。
ほとんどが遺跡発掘の作業員だが、花屋やパン屋などの店もすでに開いていた。
馴染みのパン屋で朝食を買っていると、快活な笑顔の女将がカストに話しかける。
「あら、カスト。今日はおでかけかい?」
「ああ、ちょっと隣町までな」
「また古本屋巡り?」
からかうように言われ、カストは苦笑して「そんなもんだ」と頷く。
何にしようかとしばらく迷い、ふっくらした生地にトマトとオリーブが入った、香ばしいフォカッチャを選んだ。
会計をすませながら偶然を装って目線を天井に向けた。
「なあ、あのかまどのとこ……古くなってねえか?」
「え?どこだい?あ、本当だねえ!」
女将もカストの視線を追って、目を見開く。
どうやら気づいていなかったようで大変感謝されたあと、レーズンパンをおごってもらえた。
◆
フォカッチャに舌鼓を打ちながらカストは駅で汽車に乗った。
魔法遺物の技術を使っての発明の中で、汽車はもっとも偉大なものとされている。
街から街への移動は馬車よりも楽であるし、たくさんの人間や貨物を一度に運べる。
外国でも新たな線路が敷かれているし、技術は船にも応用されているらしい。
魔法技術の恩恵をありがたく受け取りながら、カストは窓から見える景色を楽しんだ。
しばらく揺られ、到着したのは隣町である。
こちらもなかなかに活気があり、商店の数も多い場所だ。
入ったことのない古本屋が見えて好奇心がうずいたが、今は趣味に興じている場合ではない。
聞いていた住所を頼りに、カストは目的地へ急いだ。
(レグラマンティ卿は……発掘現場にいるかな?)
ライモンドに聞いたが、卿はまだ家に帰っていないらしい。
こちらの発掘現場で、未来に起きる事件の手掛かりが手に入ればいいのだが。
古代遺跡の発掘現場は町から少しだけ離れた場所で行われていると聞いた。
街道を歩き、30分もしないうちに目的地の遺跡が見えてきた。
「……ここは神殿みてえな遺跡だな」
数多の支柱に支えられた背の高い屋根と壁。
豪奢な飾りで飾られた扉の上には、女神と思われる精巧な像が乗っている。
そのどれもが不思議な光沢を放つ、真っ白な石で造られていた。
ここに限らず魔法遺跡は、この不思議な白い石が使われていることが多い。
どんな技術で、どんな加工をした石なのかはいまだ判明していないらしい。
建築や魔法遺物以外にも魔法文明には解明されていないことがあるのだ。
「さて、と。レグラマンティ卿は……?」
この町の魔法文明の遺跡は、木々に囲まれた森の中にぽつりと立っている。
が、作業員や研究員が入れ替わり立ち代わり入って、寂しさは感じない。
人波を視線で探すが、目立つはずの赤毛の領主の姿はない。
出かけているのだろうか?
少し落胆しながら作業員の一人をつかまえ、カストは尋ねた。
「ちょっとすまねえな。レグラマンティ卿はここにいるかい?」
「え?あんた、卿の知り合い?」
「警備団の一員だ。ちょっと卿に話があってな」
警備団の名を出すのは気が引けたが、致し方ない。
作業員はそれ以上追及せず納得し、「今日も顔は見たがなあ」と呟いた。
「確か古物商のおっさんと二人で来てなあ。色々話をして帰ってったよ」
「古物商?この町の古物商か?」
「ああそうだよ。町の外れに住んでる……変なオヤジだよ」
あまり好かれている人物ではないらしく、作業員は顔を歪める。
少し興味が出てきて、カストはさらに尋ねた。
「その古物商がこんなところに用があったのか?」
「色々儲け話を探してうろうろしている奴だからな。レグラマンティ卿が突然連れてきたから驚いたんだ」
作業員は不思議そうに小首をかしげていた。
これ以上聞いてもわからなそうなので、カストは話題を変える。
「ここ数日、この発掘現場からなんか値打ちのあるもんは出たかい?」
「ん?まあ、そこそこ価値のあるもんは出たけど……大発見ってものはないかねえ」
「そうか……」
作業員に礼を言って、カストは邪魔にならないように遠くで遺跡を見つめることにした。
魔法遺物の相談をレグラマンティ卿は受けたと聞いた。
てっきり何か大きな発見があったのだと思ったが、別の要件なのだろうか?
作業員も何も知らないようだし、ここにいても情報は得られないか。
(古物商……町の外れって言ってたな。行ってみるか……)
そう考えて、カストは踵を返す。
……と、その時人々の往来の中に見覚えのある姿を見たような気がして立ち止まった。
(あのひっつめ髪……。ヴァンダ嬢のメイドか?)
服こそはメイド服ではなかったが、髪型と背格好がよく似た女性が走っていった。
しかしこんなところに彼女がいるだろうか?
見間違いかと目を瞬かせたが、そこにはもうメイドの姿はない。
どこかへ行ってしまったのか?
何となく釈然としないものを感じながら、カストは町へと帰還した。
その足で話に出てきた古物商を探し、町はずれに足を運ぶ。
目的の店はすぐに見つかった。
酷く古い建物で、遠くからでも目立ったからだ。
壁一面につたが茂り、窓や扉も一見廃屋に見えるほど朽ちている。
とても商いをしている場所には見えない。
本当にここなのか?とあたりを歩き回ったが、他に古物商はなかった。
覚悟を決めてぼろぼろの扉を開けようとして……準備中の看板を見つけて動きを止める。
(……準備中?レグラマンティ卿とどこかへ出かけているのか?)
ドアについていた窓から店を覗くが、中は暗く見渡せない。
人がいる気配は無かった。
(参ったな、出直すか。しかし二人は何処へ行ったんだ?)
レグラマンティ卿が他に行きそうなところは何処だろうか?
宿泊は町の一番大きなホテルになっているはずだが、流石に中にまで入れない。
「……帰ってくるのを待つか」
そろそろ昼食の時間で、腹が空腹を訴え始めていた。
食事処を見つけようと大通りに出たとき、ふと視界のはしに女性もののスカートの影が映る。
どうやら誰かがこちらを向いて立っているようだ。
自分を見ているようだと視線をそちらに転じると、見覚えのある顔がそこにあった。
「あんた……」
「……」
声をかけた瞬間、女は踵を返し駆け出した。
「ま、待て……!」
カストはその背中を追う。
一瞬出遅れてしまったため、僅かに間が空いてしまった。
間違いない。
彼女はヴァンダ・レグラマンティのメイドだ。
今度は見間違いではなかった。
人波をかきわけ、道を曲がり、彼女を追いかける。
メイドは意外と足が速かったが、鍛えているカストにはかなわない。
走る彼女が裏道に入った瞬間手を伸ばし、その手首を掴むことが出来た。
ぐいっと強く引くと、「きゃっ!」と彼女が悲鳴を上げる。
手首の細さを感じ少し哀れに思ったが、離すわけにはいかない。
振り返った彼女の目を真っすぐ睨みつけて、カストは静かに問いかけた。
「……あんた。ヴァンダ嬢のメイドだな?」
「……っ!」
「どうしてあんたがここにいる?あんた、レグラマンティ卿について何か知ってるのか?」
メイドは一度怯んだが、無言でこちらを睨み返してくる。
気骨がある。流石あのヴァンダ嬢のメイドといったところか。
しかしずっとこのままでいるわけにもいかない。
ため息をついて今一度問いかけようとしたとき、暗がりから人の気配を感じて振り返った。
「カスト様、待って」
「……!」
人気のない裏道に似つかわしくない声と、地味なドレスをまとっていてもにじみ出る気品。
優雅な赤毛と緑の瞳に、カストはうろたえ目を見開いた。
「……ヴァンダ嬢?あんた、なんでこんなところに?」
「それはあちらでお話しするわ。誰が聞いているかわからないから」
そう告げたあと彼女はメイドを離すように願い出る。
ヴァンダたちが逃げるとは思わなかったので、カストは混乱しつつもそっと掴んでいた手首を離した。
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