君の小説を読み終えるまで、僕は何度でも死に戻る
天藤けいじ
第1話
令嬢ヴァンダ・レグラマンティが死んだ。
銃弾に胸を貫かれての、あっけない死だった。
カスト・フランチェスキはその現場を目撃した一人であった。
止める隙など無かった。
カストがヴァンダの部屋に突入した時には既に、彼女の婚約者であるライモンド・メンディーニが、魔法銃の引き金を引いていたのである。
「ライモンド!」
「……」
慌てたカストが声をかけるがライモンドは答えず、代わりにヴァンダに向けていた銃を下ろした。
ドレスを鮮血で汚し、令嬢は胸を押さえて倒れていく。
緩やかな赤毛と白いドレスが散りゆく薔薇のようだった。
カストはヴァンダにかけ寄り、床に伏す体を抱き起こす。
腕の中で令嬢は緩やかに息をしていたが、やがて動かなくなる。
言葉を交わすことすら出来なかった。
「ヴァンダが僕を刺そうとした。仕方がなかった」
ぼそりと告げたライモンドに、呆然としながらカストは振り返る。
友人の青い瞳はしばらく不安定に揺れていたが、やがて伏せられた。
これ以上何か問うのも酷か。
そう考えてふと視線を床に転じれば、鋭いナイフがきらりと光を反射しているのを見た。
(あれでライモンドを刺そうとしたのか……)
銃で反撃されるにはあまりにも頼りない武器で、カストはやりきれない気持ちになった。
だがライモンドが警戒するのも仕方ないのか。
ヴァンダ・レグラマンティは貴族令嬢ながら、重大な罪を犯した人間との疑いがかかっていたからだ。
レグラマンティ領の警備団として調査を任命された二人は、彼女に聞き込みをするために自宅に訪れていた。
まずは婚約者のライモンドが話を……と先に部屋に入っていたのだが、銃声がしてカストも慌てて飛び込んだのだ。
「カスト、ヴァンダ嬢の部屋を調べてくれないか?証拠が見つかるかもしれない」
呆然と立ちすくむだけだったライモンドが、震える声で告げる。
カストが肩越しに振り返ると、友人はうつむき金糸の髪で顔を隠していた。
「わかった……。ライモンドは?」
「僕は少し外に出てくる。すまない。応援は呼んでおく」
「ああ」
公明正大、勇敢と名高いライモンドも、流石に婚約者を手にかけたのは堪えたということか。
心情をおもんばかったカストは短く頷き、去り行く背中を見送った。
彼はふらふらとおぼつかない足取りで、ヴァンダの部屋を出て行く。
一人残されたカストは、生来の粗っぽさを取り戻して短く切った黒髪をがしがしとかいた。
「……ヴァンダさん、すまねえな。ちょっと我慢しててくれ」
一言断ってから、カストはまだぬくもりの残るヴァンダの体を床に下ろす。
ベッドの上に寝かせることも考えたが、あまり現場を荒らさぬ方がいいだろう。
簡単に祈りを捧げ、カストは立ち上がると部屋の中を見渡す。
ヴァンダ嬢の部屋は、年頃の娘らしくない簡素で素朴な部屋だった。
(金儲けしてるようには見えねえがな)
机は重厚でそれなりに値段は張りそうだが、ベッドやクローゼットなどは飾り気のないもの。
その白く塗られたクローゼットの扉が少し開いているのを見つける。
眉間にしわを寄せたカストは、近づいてノブに手をかけ勢いよく開いた。
ごろり、と中からこぶし大の丸い球体のようなものが転がり出る。
それは窓から差し込む夕日を受けて、鈍く金色に輝いていた。
球体のそばにひざまずき確認すると、見覚えのある色形をしていることに気が付く。
「こりゃあ、リストにあった魔法遺物だな……」
今は忘れ去られた技術、魔法が栄えた文明が過去にあったとされている。
魔法遺物とはその遺跡から発掘された魔力を持った品である。
銃や汽車などの乗り物、町に灯る電灯などはその技術を使い発展してきた。
ヴァンダの命を奪ったライモンドの魔法銃も、魔法遺物を研究して作られた武器である。
レグラマンティ領でよく発掘されるその品が、横流しされている情報が今朝警備団に持ち込まれたのだ。
(やはり、この令嬢が主犯だったのか?)
さらにクローゼットを調べると、その他にも遺失物リストにあった物品を見つけた。
しかし数が少ない。
他にも横流しされたと言う品はあったはずだ。
すでにどこかに売られたのか、それとも部屋の別の場所にあるのか。
再び部屋を見回して、今度は机を調べ始める。
引き出しのいくつかは鍵がかかっていたが、一番左端だけは開いていた。
しかしそこには、目的の魔法遺物は見当たらない。
代わりに随分古くくたびれた原稿用紙がぽんと入っているだけだった。
「あ?なんだこりゃ……」
咄嗟にしまったような無造作さで、引き出しの中で散らばっている。
奇妙な様子のそれをかき集めて取り出し、カストは机の上で広げた。
(報告書……じゃねえな、小説か!)
丁寧で読みやすい文章でつづられていたのは、どうやら物語のようである。
とある魔法遺物を手に入れた少年と少女が巻き込まれる陰謀。
少年の秘密と古代文明の関わりは、国を揺るがす大冒険に発展していく。
冒頭だけを読むと、どうやら冒険活劇小説のようだ。
「……へえ。おもしろそうじゃねえか」
粗暴な外見と態度に似合わず、カストは文学を好んだ。
今までに読んだジャンルは歴史ものに推理ものから恋愛ものまで幅広い。
冒険活劇ものももちろん守備範囲である。
興味を引かれてぺらぺらと原稿用紙をめくって読み込むと、なかなか展開に引き付けられる。
文章は粗削りだが読みやすく、情景の描写も美しい。
登場人物も魅力的で、彼らの冒険を見守りたい気持ちになってくる。
(あの令嬢が書いた……のか?)
唸りながら視線をいまだ床にいる令嬢へと転じた。
このご時世女流小説家は珍しくないが、領主の娘が書いていたという話は聞いたことが無い。
ただ過去の記憶を呼び起こしてみれば、確かにヴァンダ嬢は一人本を読んでいることが多かった。
(……あの人も小説が好きなのか?自ら書くほどに?)
いったいどんな本を読んでいたのだろう。
気にはなったが、目を伏せる令嬢からそれが語られることは二度とない。
そして今はそんなことを気にしている場合ではない。
(……まだ完結してねえみたいだしな)
原稿用紙の途中で途切れている文字を見つめ、カストはため息をつく。
部屋の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
どうやらライモンドの言っていた応援が到着したようだと、カストは原稿用紙を机に閉まった。
◆
クローゼットに入っていた魔法遺物が証拠となり、ヴァンダ・レグラマンティの罪は確定的になった。
被疑者死亡のままである。
重要な証言も取れぬまま、彼女の亡骸は罪人として埋葬される。
「なんか少し性急じゃないか?」
レグラマンティ卿の屋敷へ向かう馬車の中で、カストは唸った。
たった数日で決まった罪状は、領主のか弱き娘に課すには重すぎる。
これから彼女の両親にその知らせを届けなければいけない身として、憂鬱だった。
「そうかもな……。だがヴァンダ嬢が罪を犯したのは事実なんだ」
前の席に座っていたライモンドが沈んだ声で返す。
彼はヴァンダ嬢が亡くなってからずっとこういった調子だった。
婚約者が罪人になり、彼自ら手にかけることになったのだ。
落ち込む気持ちは責められないが、もう少しヴァンダ嬢のことを考えたらいいものをと思ってしまう。
「彼女が金を儲けてる様子はなかった。裏で糸を引いている奴がいるんじゃねえか?」
「随分ヴァンダ嬢の肩を持つんだな、カスト」
ライモンドが苦笑してこちらを見つめた。
カストは目を見開き、乱暴に髪の毛をかく。
「そりゃ、お前の婚約者だったんだから、かばいたくなる気持ちはあるさ」
「そうか、そうだな。すまない……」
言って目を伏せ、ライモンドはそれきり口を閉ざしてしまった。
己もまた何かを言う気にもなれず、そのまま黙り込む。
散り落ちた薔薇のような令嬢の姿と書きかけの原稿を思い出し、ふとため息をついた。
しばらくお互い無言で、ただ馬車の車輪ががたがたと揺れる音を聞いていた。
カストもまた目を伏せていると―――にわかに、ガタンと大きく車体が揺れ目を開ける。
「あ?」
「カスト……!」
ライモンドが名を呼んだ、瞬間、ぐるりと景色が回った。
馬のいななきが響く。事故があったのか?
しかし確認する間もなくカストの体は馬車の外へと投げ出された。
曇天が目の前いっぱいに広がる───体を強張らせた刹那、強い衝撃を頭に受けてカストの意識は暗転した。
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