第4話

 フットマンにライモンドの連れであることを話すと、すんなり屋敷の中に入れてもらえた。

 どうやら友人は、己のことを事前に話していてくれたらしい。


 気の利く彼に感謝しつつ、カストは案内された応接間でしばらく大人しくしていた。


 誰かを待つ間は手持ち無沙汰である。

 本が欲しいな……などと考えていると、ふと外からがたりと大きな音が響いた。


「……誰か転んだのか?」


 かなり大きな音で、床に何かが転がったような振動もあった。

 重いものを持ち運んでいて、うっかりつまずいたのではなかろうか?


 心配になってカストが部屋から出ると、廊下の曲がり角に誰かがうずくまっているのが見えた。


 上等なシャツを着た、初老の男性である。

 その周りには魔法遺物らしき品々が散乱していた。


 カストが慌てて走りよると、彼は腰をさすりながら顔を歪めている。

 見覚えのある顔だった。


「レグラマンティ卿、大丈夫ですか?」

「……お前は?」


 男性……この家の主、マルティーノ・レグラマンティは眉間にしわを寄せながらこちらを睨む。

 警戒されているのだと思って、慌てて名を名乗った。


「警備団のカスト・フランチェスキです。今日はライモンドに同行しておりました」

「……そうか、警備団の」


 少しだけ卿の表情の険が取れたようだ。

 が、いまだに腰に手を当ててさすっている。


 どこか痛めたのか。

 ベッドに運んだ方がいいかと、カストは彼に手を差し伸べた。


「手を貸します。大丈夫ですか?」

「いや、いい。それより魔法遺物を……」

「俺が触っても大丈夫なものですか?」

「……ああ」


 一拍の間があったが、レグラマンティ卿は承諾する。

 本音で言えば、貴重な魔法遺物を触られたくないのかもしれない。

 カストはなるべく丁寧に拾い集めはじめた。


 魔法遺物は美術品のような豪奢なものから、がらくたにしか見えないものもある。

 しかしどれにも魔力の様々な効果があり、素人には扱わせたくないだろう。

 

 拾い集めるその中に、ふとカストはこぶし大の黄金の球体のような遺物を見つけた。

 見覚えのあるそれに、寸の間動きを止める。


(……これは、ヴァンダ嬢の部屋で見た)


 時が巻き戻る前に、遺失物リストの中に入っていた魔法遺物。

 そして亡くなったヴァンダ嬢の部屋で見つかったものだ。


 平静を装い全てを抱えると、カストはレグラマンティ卿を振り返る。

 彼は腰をさすりつつも、何とか立ち上がっていた。


「……お部屋にお運びすればよろしいですか?」

「いや……研究室に運んでくれ。これから解析するものだから」

「わかりました」


 魔法遺物の専門施設は領内に設けてあるが、研究はレグラマンティ家でも行っている。


 マルティーノ・レグラマンティは、若い時から魔法文明や遺物に興味があったらしいだと有名だ。

 今でも自ら遺物を集めて、独自に研究を重ねているらしい。


 意欲的な人だな、と視線だけで彼の方を向けば、ばちりと視線が合った。

 どうやら彼はいまだカストを信用しておらず、観察していたらしい。


 慌てて目を逸らし、無言で研究室に急ぐ。


(ヴァンダ嬢は父親似だな……)


 マルティーノの顔をよくよく見れば、ヴァンダの面影が見て取れる。

 癖の強い赤毛と緑色の瞳はもちろん、パーツ一つ一つがそっくりだ。


 ただ彼女に比べてレグラマンティ卿は少し陰気な印象である。

 口数が少ないせいだろうか。言葉選びもどこか素っ気ない。


 態度だけ見れば、正反対の親子である。


(ヴァンダ嬢の言動は母親譲りか?いや、そもそもレグラマンティ夫人を見たことがねえ……)


 美しい女性だという噂は聞くが、体が弱いとかで社交界にはあまり出てこない。

 あとでライモンドにでも聞いてみようか、と考えていると、レグラマンティ卿がぴたりと止まった。


 他の部屋よりも重厚な作りの扉の前であった。


「ここだ」


 短く言ったレグラマンティ卿はノブを捻り、部屋に入っていく。

 カストもそのあとに続いた。


「この台に置いてくれ。傷をつけるんじゃないぞ」

「わかりました」


 レグラマンティ卿が指した研究台にゆっくりと魔法遺物を乗せ、カストは息をはく。

 そして改めて研究室を見渡した。


 部屋の壁一面には棚が置かれており、その中には魔法遺物や資料らしきものがずらりと並んでいる。


 机や床に置かれている機材は、カストが見ても何なのかわからない。

 ただ近寄りがたい雰囲気が漂っていて、迂闊に手を触れる気になれなかった。


(壊したら弁償だよな……)


 自分の数年分の給料が吹っ飛ぶだろうことだけはわかる。

 遠巻きに眺めてからカストは、持ちこんだ遺物を調べているレグラマンティ卿を振り返った。


「この大きな魔法遺物はどういうものなのですか?」

「……そんなことを知ってどうする」

「少し興味があって」

「世事はいい」


 本当に素っ気ない人だ。

 いや、素っ気ないというよりも、ここまでくれば偏屈の部類だろう。


 続かぬ会話に困り、今度は視線をレグラマンティ卿の手元に寄せた。

 貴族らしからぬごつごつした手の中に、あの黄金の球体が握られている。


 あれはまだ、窃盗の被害にあっていない。

 他に無くなったものはないのだろうか?


「そう言えば……今まで魔法遺物が突然無くなったことはありますか?」

「なに?」


 ふと尋ねたが、彼の返事は固い。

 怒りの視線がぎらりとこちらに向き、カストは内心で「しまった」と焦る。


(失言だったな。これじゃあ卿の管理体制を疑っていると思われても仕方ねえ……)


 未来で魔法遺物が紛失する、などと言っても信じてはもらえるまい。

 慌てて礼をとり、謝罪した。


「申し訳ございません。何か警備団の不備がないかと確認したくて……」

「余計な気を回すな!何かが盗まれたことなどあるわけなかろう!」

「……え?」


 紛失ではなく、盗まれたという言葉が咄嗟に出たレグラマンティ卿にカストは眉根を寄せる。

 だが怒りで頭がいっぱいになっている彼は気付かないのか。


 卿は顔を真っ赤にして、声を震わせ「出ていけ」と言った。


「遺物を運んでくれたことには礼を言う。だがこれ以上話すことは無い。出ていけ」


 言いながら卿は、カストの背をぐいぐいと押す。

 慌てて「かしこまりました」と告げて、足早に部屋を出る。


 廊下に出て振り返ると、ばたん!と鼻先で勢いよく扉が閉まった。

 がちゃり、と中で鍵がかかった音が聞こえた。


「……なんなんだ?」


 呆然としてカストはがしがしと頭をかく。

 ぽつりと落とした呟きに、返事が返ってくることは無かった。


 釈然としないまま来た道を戻ると、応接室の前にライモンドが立っていた。

 彼は己の姿を見つけると、少し険しい顔でこちらに歩み寄ってくる。


「カスト、何処へ行っていたんだ?人の屋敷を勝手に出歩くものではないぞ」

「すまねえ。誰かが転んだ音を聞いてな。それがレグラマンティ卿だったんだ」

「卿が……?」


 カストは先ほどあったことをライモンドに説明した。

 もちろん自分がやらかしてしまった失言についても全てだ。


 ライモンドは話を聞き終えたあと、難しい顔で「ふむ」と腕を組む。


「レグラマンティ卿は変わったお方だからな。しかしどうしてそんなことを言ったんだ?」

「いや、ちょっと気になってな……」

「まあ彼は怒りを持続させる方ではないし、お前がクビになるということはないさ」

「んなことは別にきにしちゃいねえが……」


 たった一度の失言で誰かの首を切るという狭量な人間ではないことは、カストも知っている。

 しかしそれよりも気になることがある。


(……レグラマンティ卿は、何か知っているのか?)


 無くなっているという言葉を、咄嗟に窃盗と結びつけた彼のことが気になる。

 のちに起きる事件に、マルティーノ・レグラマンティは関わっているのだろうか?

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