第九章 月花陣

第29話 9-1

 静かだった森に、邪気が広まる。


「な、なんだ。この感じ」

 僕は身を起こして、空を見上げた。

 気がつけば、北の空から、黒い雲が近づいていた。


「青山、気づいたか」

 ドラムも、何かに感づいたようだ。

 森の動物や獣達の様子がおかしい。

 何かにおびえている感じがする。


「こ、これは……」

 ずっと前に、この嫌な感覚を味わったことがある。

 これは一年前の……。


「ドラム!」

「どうした?」

「この森には何がある?」

「……なんのことだ?」

「この森の奥に、なにか、恐ろしいような、禍々しいものを感じる……」

「なに……。よし、行ってみるか」


 僕とドラムは森を駆けていく。

 奥に進むごとに、邪気が強くなる。


 なんだ……なんなんだ、一体、この感じは……。

 胸騒ぎがする。


「青山! 止まれ!」

 突如、ドラムが手を挙げた。

「ど、どうしたんだ?」

 ドラムが目を細めて、辺りを見渡す。


「来るぞ……」

 ドラムの予感は当たった。

 ものすごい数の化け物達が、一斉に襲い掛かってきた。


 僕とドラムは互いの背を合わせて構えた。


「いくぞ、青山」

「ああ」


 あいにくだが、ドラムとの戦いで符などの武具を全て使いきってしまった。

 身体から発する術もいくつか、あるが、危険を伴うものが多い……。

 残るは己の体のみ。気術と武術だけだ。


 一匹の化け物が僕に飛び掛かる。

 拳をつくり、光らせた。

 この光りは、気術の一つだ。

 全身の気の流れをコントロールし、一点に集中させることによって生じる。

 その光りは、鋼にも勝る硬さと力を備えている。

 卓越した気術の達人ともなれば、全身を光らせる事も可能だと聞く。


「うおおおお!」

 拳を化け物の顔面に直撃させた。骨が砕ける音がする。


 休むも暇ななく、次は五匹も襲い掛かってきた。

 今度は気を右脚に集中させる。


「ドラム、背中を借りるぞ!」

 言われて、彼はキョトンとしていた。

 僕はドラムの背中に左足を乗せて蹴り上げると、その反動で右足を伸ばし、空中で一回転した。


 五匹の化け物は僕の空中回し蹴りをくらって、呆気なく倒れた。

 ドラムは鼻で笑った。

「可笑しな戦い方だ」

 そう言うドラムは、武具がなくても術を仕えるので、難なく化け物達を退けていく。


「青山、この魔族達、なにか、おかしいぞ……」

 僕は戦いながら、叫んだ。

「どうして!」

「この森の生き物達と同様におびえている……」

「なんだって……」

 気がつけば、化け物達は全て倒れていた。


 僕は息を荒らして、ドラムに訊いた。

「この森全体が、何かにおびえているということか?」

「ああ……。確かに、この森の魔族は悪さばかりしていたが、ここまで凶暴な姿は見たことがない。この魔族達を操っているのは恐怖だ」

 森の奥からは未だに、邪気が強く感じられる。

 僕たちは先を急ぐ。


 その後も、何回か、先ほどと同じように化け物達が襲ってきた。

 いずれも、何かにおびえた目をしていた。


「ここか……」

 そこには、どす黒い水が溜まっている堀で囲まれた古城があった。

「ドラム、なんだ……この城は」

 横に目をやると、ドラムは額からたくさんの汗を流していた。

「そ、そんなバカな……なぜ、〝これ〟が、ここに……」

 ドラムは首を振って、後退りした。

 あの冷静沈着な彼をここまでおびえさせる、この古城の存在は一体、何だというのだ。


「ドラム、この城はなんなんだ」

 だが口をパクパクと動かしただけで、声を発していない。

「しっかりしろ!」

 僕がドラムの肩を揺さぶると、彼はハッとした顔で、答えた。

「こ、この城は……忘れもしない……その昔、マザー全土を滅亡までに及ぼした呪われた城……」

「呪われた城?」


 震える指先で口に手をあてる。

「そうだ……通称、〝悪魔の蓄音機〟」

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