第17話 5-3
俺は目を覚ますと、婦子羅姫のいた真っ赤な部屋ではなく、病院のような真っ白な部屋にいた。
お歯黒をつけた召使いらしき妖怪が「新しい服に着替えてくれ」と言った。
「新しい服? どこにそんなもんがあるんだ?」
俺は辺りを見渡した。
すると、部屋の隅に黒い服……ではなく、鎧があるのに気がついた。
それは何か、黒い血で塗ったような……そんな禍々しい鎧に見えた。
「魔王様、もうご気分はよろしいので?」
ミノが笑顔で出迎えた。
「ああ、すまない……。迷惑かけちまったな」
俺は素直に謝った。
「いえいえ、お気になさらず……ん? 魔王様、その鎧は……」
ミノは身に着けた黒い鎧を指差している。
「似合わないか?」
「いえ、そんなことはありませぬ。この老いぼれ、久方ぶりに見とれましたぞ」
「やめろよ……」
柄にもなく、顔を赤くした。
「ところで、婦子羅姫は?」
「はい、姫なら
「ああ」
いつの間にか、ミノや婦子羅姫に対して、憎しみや怒り、それに警戒心も捨てていた。
心を許している。
俺達は新牙の間の中に入った。
そこは大きな石製の台が置かれていた。台にはどこかの地図が載せられている。
「二人とも、来たか」
「おい、なんなんだ? この鎧は……」と俺は訊いた。
鎧をコンコンと叩いてみせる。
婦子羅姫は俺の姿を見て、ニッコリと嬉しそうに笑った。
「似合うでないか! やはり、思ったとおり、そなたには黒が似合っておる」
婦子羅姫は「うんうん」と一人頷いている。
「魔王よ、今日からそなたは〝
「こくおう?」
「姫、それはいいですぞ。この鎧といい、お顔立ちといい、黒がお似合いです!」
「爺もそう思うか」
今度は婦子羅姫一人だけではなく、ミノもまじって、二人で頷いている。
「なあ、ところでこの部屋はなんなんだ?」
俺が部屋を不思議そうに眺めていると、ミノが説明してくれた。
「ここは人間界でいう作戦室ですな」
「作戦室?」
「そうじゃ。そなたには、頼みごとがあって、この海呪城に呼んだのじゃ」
「言えよ……人間を殺すこと以外なら、なんでもやるぜ」
婦子羅姫は、しばらく黙ったあとに、俺の顔を窺いながら言った。
「そなたに、城を……魔族の城を奪ってもらいたいのじゃ」
婦子羅姫は黙って、俺の目を見つめる。ミノも答えを待っている。
俺はあっけらかんと答えた。
「城? それぐらいなら、別にいいぜ。引き受けてやるよ」
婦子羅姫に笑顔が浮ぶ。
「まことか!?」
俺は肩をすくめた。
「ああ、どうせ、魔族の城なんて人間には関係ない……つーか、いらねぇもんだろ」
そう言うと、ミノが俺の手を強く握りしめた。
「黒王様、ありがとうございます! この老いぼれ、微力ながらお供させていただきます」
ミノはとても勇んでいた。
「妾からも礼を言うぞ。本当にありがたいぞ。黒王」
俺は堅苦しい口調で礼を言う二人をとめさせた。
「あ~、もういいよ。それよか、その城ってのは?」
婦子羅姫の顔に、真剣な表情がうつる。
「その城は先日、妾が異国に送った内偵が見つけたものじゃ……奪って欲しいとは言ったが……今、城主はいないはずじゃ」
ミノが台に広げてある地図の、ある一点に長棒で指した。
「黒王様、こちらでございます」
俺はミノが指した地点を見たが、どうも、場所が分からない。
「……悪いが、俺は地図がダメな方でな。どこの国だ、これ?」
「はい、仏蘭西でございます……」
「フランス?」
「そうじゃ。仏蘭西にそれはある」
婦子羅姫は切れ長の目を、更に細くして言った。
「マザーの遺産……〝悪魔の蓄音機〟がそこにある」
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