第八章 黒王

第25話 8-1

 城は海の底から雲の上へと浮上した。


「移動要塞ってのも、伊達じゃねぇな」

 俺はそう呟いて、婦子羅姫の方を向いた。

「なあ、不安そうな顔だな」

「今度の事がうまくいけば、日本の妖怪も救われるのじゃ……不安にもなる」

 

 俺と婦子羅姫は城のてっぺんにある展望台にいた。

 ぼーっと展望台から見える空の景色を眺めていると、婦子羅姫が俺の肩に頭をのせた。


「お、おい……」

「しばらく、こうさせてくれ……。妾も恐いのじゃ。果たして、長年の悲願……叶えられるだろうか」

 彼女を安心させようと、笑顔で答える。


「へっ、深く考えすぎなんだよ」

「すごいな……そなたは」

「え?」

 婦子羅姫に視線を落とすと、彼女の濡れた赤い唇がか弱く開いた。


「強いのじゃ……そなたは……。妾にも、その強さを湧けておくれ……」

 その瞳にはわずかに涙があった。

 俺は気づいた。

 最初に、彼女を見た時、俺はアイツと似ていると思った。

 だが、一つ違うところがある。

 

 それは瞳だ。

 婦子羅姫の瞳は日本的な切れ長の目を持っている。

 それに、瞳の裏には悲しいものが見える。

 アイツはそうじゃない。

 確かに、悲しい生い立ちを持っていたのは事実だが、いつも大きな瞳を輝かせて、元気よく俺の名前を呼んでくれた。

 それが違うところか……。

 いや、全く違う人物だ。



「俺は……別に強くなんかない……」

 あれ、こんな台詞を、前に話したことがある。なんだろう……。


「お二人とも、ここに居られましたか」

 後ろから声が聞こえて、俺と婦子羅姫は慌てて離れた。

 振り返ると、そこにはミノがいた。

「じ、爺か……」

「ん? お邪魔でしたかな?」

「そ、そんなことねぇよ」

 俺は否定したが、ミノの目はギラギラと光っていた。

「そうですか……」

 ミノは怪しそうに、俺と婦子羅姫を交互に見つめる。

 顔を赤らめた婦子羅姫が言った。


「爺、それよりも、用はなんじゃ?」

「あ、申し訳ありません。もうしばらくで、仏蘭西でございます」

 フランス……そこに、魔族の城があるらしい。

 だが、それを奪って一体なんの意味があるんだ?


「ところでさ……その〝悪魔の蓄音機〟を奪ったら、日本の妖怪達が助かるって話……どういうことなんだ?」

 突然、二人の顔が曇った。

 しばらく、押し黙ったあとに、ミノが答えた。


「……それは自ずと分かるというもの……私がここで話せば、それは不粋となりましょう」

「ふ~ん……分かったよ。とにかく、俺はその城に行って一暴れすればいいんだろ」

 俺がそう言うと、二人の顔が明るくなった。

「ふぉふぉふぉ。さすがは黒王様」

「まったくじゃ、そなたは粋がいい。妾はそのような武人が好きじゃ」

 柄でもなく、照れてしまう。

「黒王様、突入の際、やはり武器や防具などが必要では?」

「そうだな……」

 武器……。

 そう言えば、ショーンはあの時、古ぼけた槍だけで戦っていたな……。



「ヤリ……何でもいい、槍をくれ」

「槍でございますか?」

「そう、槍。色はこの鎧みたいな黒にしてくれ。あと……顔がすっぽり隠れる鉄仮面もな」

「承知しました……では、早速、用意させていただきます」

 ミノは足早に去っていった。


「婦子羅姫」

「なんじゃ?」

「今回の作戦、俺に全部、任せてくれ」

 言われて、婦子羅姫は不思議な顔をした。


「別に構わんが……なぜじゃ?」

 俺は照れ隠しに頭をボリボリと掻いた。

「その……お前を死なせたくないんだ。俺がお前を守りたいんだ」

 婦子羅姫は優しく微笑んだ。

「嬉しいぞ。私の黒王」

 婦子羅姫はそっと、俺に近寄り、俺の首に両手を回すと、じっと見つめる。

「ちゃんと、守っておくれ」

 唇と唇が微かに重なった。

 

 優しいキスだった……。

 

 もうこの時は、憎しみとか、怒りとか、複雑な感情は全て消え失せていた。

 今、俺に見えるのは、この婦子羅姫だけだ。

 もう、ショーンも、アイツも、俺には見えない。


 俺は人間、遠丸 俊介とおまる しゅんすけを捨て、黒王こくおうとなった。

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