第32話 10-2

 ぴーひゃららら! どんどんどん! 


『戦場に涙は無意味ですよ。お嬢様』


 振り返るとピエロが宙に浮んで、腕を組んでいた。


「ピ、ピエロさん!」

 驚く私を無視して、ピエロは首を横に振る。


「ふう……日本の妖怪どもに弱音を吐いては、‟お父上”に申し訳がたちませんよ、お嬢様」

「だ、だって……」

「だって、ではありません。もう少し、ご自分というものを自覚していただかねば……」

 ため息をついて、やれやれと肩をすくめる。


「そんなことより助けてよ! 早くハークさん達を助けてよ!」

 ピエロが空から地面に降りた。

 目を細めて、必死に戦うハーク達を悠々と眺めている。


「そうですね……。畏まりました、お嬢様……」

 ピエロは腕を空にむかって、指を鳴らした。

 すると、空からコンペイトウのような形をした刺々しい氷塊が、雨のように降ってきた。


 氷の雨は妖怪達の頭を狙って、次々に落ちてくる。

 彼らは逃げる間もなく、倒れていく。

 無残にも、頭部は潰れてしまった。


 止まる事を知らずに、降り続ける。

 無差別攻撃といえた。


 氷塊は妖怪達だけでなく、ハーク達にも落ちてきたのだ。

 やっと、立ち上がろうとしていたハークに、氷塊が二つ落ちてきた。


「グオオオオ!」


 ハークの悲痛な叫び声が響いた。

 それを見ていた敵のミノも絶句した。


「なんたる攻撃だ……これは戦いではない。虐殺だ!」

 そう言ったミノの脳天に、氷塊が刺さった。


「ひ、姫……黒王様……」


 目を上に向けて、地に倒れる。

 敵とはいえ、あまりにも酷い……。


 私はピエロに怒鳴った。


「ちょ、ちょっと! 酷いよ、あんなの! もう、いいじゃない、やめてよ!」

 私がピエロの体をポカポカと、叩いた。

 叩きながら、彼の顔を見上げる。

 その目には、どす黒い闇があった。


「何を言ってらっしゃるのか、よく分かりませんね。私はあなたに言われた事をしただけです。それに、五大魔神のハークが、ここで死ねば、一石二鳥というもの……。ちょうど、いいじゃありませんか」

 ピエロはマスクを被っていたが、マスクの上からでも、彼の不気味な笑顔が感じ取れた。


「そ、そんなの、卑怯よ!」

「これはお父上のお望みでもあるのですよ。言ったでしょう。自覚なさいと」

 瞳の中はブラックホールのような、計り知れない闇だった。

 私は悪寒を感じて、思わず、後退りをした。


「い、嫌よ……絶対に嫌だよ。私、そんなの絶対に許さないから!」


 私は降り続ける氷塊を避けながら、ハークのもとへ走った。

 腹部と前足から、大量の血を流していた。


「グルルルル……」

 ハークは力尽き、瞼が閉じかかっている。


「ダ、ダメ! ハークさん、死んじゃダメ!」

 私は彼の大きな尻尾を引っぱったけど、びくともせず、しりもちをついた。


「と、止まったらダメ、真帆。私は走るんだから!」

 そう自分に言い聞かせながら、必死にハークの体を引っ張る。

 その時、大きな氷塊が、私に向かって降ってきた。

 もうダメかと思った。

 私は覚悟して、目をつぶった。


「あれ……」

 感じない。痛みも、何も感じない……。


 目を開けると、ペータンがいた。

「ペータン!」

 ペータンが私をかばってくれたのだ。

 その小さな体で、巨大な氷塊を受け止めていた。

 小さな体には氷塊の棘が刺さっていた。大きな棘は腹部から背中を突き抜けている。

 私は思わず、ペータンに駆け寄る。

 泣きながら、棘を抜いてあげた。


「ペ、ペータン、どうして……どうして……」

 彼の体は既に体温を失いつつある。

 声を震わせながら、言った。


「だ、だから言ってるじゃんか……ボクはハーク様の忠実な部下だよ。その命令は絶対、守るんだ……だから、お姉ちゃんを守った……でも、理由はそれだけじゃいんだ。ボク……ボク、お姉ちゃんが……」

 言い掛けて、力尽きた。


「ペータン!」

 私は必死に、ペータンの体を揺さぶった。でも、ペータンは目を覚まさない。


「起きて! 起きてよ! ペータン……笑ってよ……いつもみたいに笑ってよ!」

 私は空に向かって、泣き叫んだ。


「いやぁ! こんなの、いやぁ!」

 

 耳元で、プツンと、何かが切れる音がした。

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