第十章 タイガの剣

第31話 10-1

 艦の揺れが、次第にひどくなっていく……。


 私は突然のことで何が起こったのか分からず、ただその場で突っ立っていた。


「た、退避じゃ……総員退避!」

 血の気の薄い顔で、ハークが叫ぶ。

「何をしておる! 真帆、おぬしも……」


 その瞬間だった。

 モニターに、巨大な浮遊城がこっちに突っこんでくる映像が流れていた。


「こ、これは!」

 

 どーん!


 轟音が耳を打つ。

 気がつけば、私は宙を飛んでいた。

 まるで、宇宙船の中みたい。

 しばらく、眼に映るものは、全てスローモーションのようにゆっくり動く。


 私は宙で背中を反って、そのまま、指令室の壁に頭をぶつけた。


「プツン」と、テレビの電源を消した時のように、意識がふきとんだ。



「……じょうぶ……ねえ、大丈夫? 返事をしてよ!」


 頬をニ、三回叩かれて、私は目を覚ました。

 瞼を開くと、そこにはペータンがいた。

「よかった……お姉ちゃんが死んだら、ハーク様に叱られちゃうよ」

 ペータンはにっこり笑って、がれきに埋もれた私を助けてくれた。


「ありがと、ペータン」

「ヘヘヘッ、それより、ハーク様は?」

「あ、そう言えば……」

 私とペータンは、辺りをぐるっと見渡す。


 空中戦艦、ハーリー号は、空から突っこんできた謎の浮遊城と重なるようにして、墜落していた。


 例の古城とは、かなり離れたところに落ちたようだ。

 私とペータンは半壊した戦艦から出た。


 地上には、眼を赤く光らせた獣が二匹いた。


 一匹は軍服をきた猫の姿のハーク。

 そして、もう一匹はハークより、背は高かったけど、小柄な老人。


 老人はミノムシのような汚い格好をしていた。

 遠くから見ていた私のところまで、悪臭が漂ってきそう。


「特攻とは、時代遅れじゃのう……」

「ふぉふぉふぉ、年甲斐もなく、あのようなことを……」

 二匹の会話は穏やかだが、その目つきはとても険しい。


「おぬし、日本の妖怪じゃな?」

「はい、申し遅れました。弔辞六進坊ちょうじろくしんぼう鮫嶽蛇偶衛門さめたけじゃぐうえもんと申します……」

 ハークが鼻で笑った。


「笑えるな……」

「そうですかな? しかし、先日、ある御方にもらった名の方が、私は気に入っているのです。ミノと……」

 二匹とも笑ってはいたが、依然として赤い眼のままだ。


「そこもとは、五大魔神、ハーク・フォゼフィールド様と御見受けしますが……」

「ほう、わしも、有名になったもんじゃ」

 ミノと名乗った老人が、杖を取り出し、構える。

「では、いざ……」

 二匹の間に、つむじ風が巻き起こった。


「覚悟!」

 老人が襲い掛かった。

 杖を振りかざし、ハークの頭を狙う。

 それに対して、ハークはニヤリと笑って、様子を見ている。


 振り降ろされた杖はハークの頬をかすめ、地面を叩いた。

 ミノは「しまった」と洩らし、振り返る。

 そこには、宙を飛ぶ一匹の猫がいた。


 爪が、にゅっと伸びる。鋭利な爪は老人の肉を容赦なくそぎ落とす。

 ミノは呻き声をあげながら、左腕を押さえている。


「さすがは、五大魔神……この老いぼれ、久方ぶりに血が騒いでおります」

「そりゃ、よかったのう」

「いい加減、私も本気を出させてもらいます」


 ミノの口から、黄色い煙があがった。

 煙に釣られて来たのか、地面の下から、巨大な百足が一匹、現れた。

 ミノはその百足の上に飛び乗ると、杖で頭を叩いて、指示を出す。

 百足は足をぞろぞろと動かして、土を這う。


「気色悪いのう……」

 そう言いながら、ハークは地を蹴って、宙に飛び上がった。

 飛び上がったハークに、百足は素早く、体を巻きつけて捕まえた。

 ギリギリと音をたてて、彼の体を絞めていく。


「ハーク殿には、申し訳ありませんが、日本の妖怪のために、死んでください」

 ミノは百足でハークを絞め続ける。

「くっ……。やはり、この姿では戦いにくいか」

 そう言うと、ハークは百足にガブリと噛みつき、隙を狙ってどうにか逃れた。


 地面に足をつけると、二足歩行であった彼が、腕であった前足を地面の上にのせる。

 四つ足歩行になったのだ。

 ハークは「グルルルッ」と、唸り声をあげて、ミノを睨んだ。

 

 口から鋭い犬歯が覗き、彼の小さな身体から厚い筋肉が浮かび上がる。

 彼の身体が、急変化している。

 活動し始めた力が、全身を覆っていた……いや、隠していた軍服を破った。

 尚も、身体は大きくなっていく。



 そこに、現れたのは巨大な獣だった。

 全長、五メートルはあるだろうか。


「グオオオオオ!」

 その咆哮は耳を押さえていなければ、耐えられないものだった。


「あれが、あのハークさん……」

 私は遠くからそれを見ていたのに、思わず後退りをしてしまった。

 怯える私を見てペータンが言った。


「そうだよ。あれがハーク様の本当の姿さ。僕も初めて見たんだけどね……でも、部下である僕が見ても、今のハーク様は恐いな……」

 普段のハークとは比べようにもならない姿だ。


 地面を蹴って、ミノが乗る百足に飛び掛った。

 ミノはすかさず、百足から飛び降りる。

 ハークが百足に噛みつく。

 百足はじたばたと動いて抵抗したが、ハークの巨大な牙は百足をしっかりと捕まえている。


 鋭い牙が百足の体に食い込む。

 百足も応戦しようと、毒あごで、噛みつこうとした。

 だが、ハークに感づかれ、彼の尻尾で叩かれてしまう。


「グオオオオオ!」

 ハークはついに百足の頭部を噛み千切った。

 渋い顔をして「ペッ」と吐きだす。

 その場には、無残な死骸だけが残った。


「うぬ……さすがは五大魔神。しかし、多勢に無勢という言葉もありましょう。これ、兵法の基本というもの」

 ミノが杖を天に掲げた。

 すると、半壊した浮遊城から大勢の妖怪達が、どっと現れた。


「かかれ!」

 妖怪達はいきり立っていた。

 各々、叫びながらハークに襲い掛かる。


「グルルルル……」

 ハークは、全身の毛を逆立てて、警戒している。


「あ! ハークさんが危ないよ! どうしよう……」

 私がオロオロして、頭を抱えていると、後ろから雄叫びが上がった。


「いけぇ! みんな、ハーク様をお守りしろ!」

 振り返ると、武装した猫人間達がハーリー号から出てきて、ハークの後ろについた。

 ハーク率いる猫人間達、一方、ミノ率いる日本の妖怪達。

 双方、向かい合う。


 始めから、この時を待っていたに違いない。

 がれきの下に身を潜めて、待っていたのだ。

 だが、ハーク軍の方が不利だ。

 数が圧倒的に違う。


 せいぜいが五百人程度。対する妖怪達は、四千を超えている。

 ハークが咆哮をあげる。

 それに呼応したかのように、猫人間達が妖怪達に襲い掛かった。


 戦いが始まった……。

 その戦いの結果は、当初から分かりきっていた。

 次々と、猫人間達は倒れていき、とうとう、数えるほどになっていた。


「ハーク殿、お命、頂戴!」


 ミノが、杖をハークの額に直撃させた。

 ハークはもんどりうって、倒れた。


「いやぁ! ハークさん!」

 彼はピクピクと痙攣して、口から泡を吹いていた。

「ハーク様!」

 ペータンが泣きながら叫んだ。

 気がつくと、私も涙を流していた。


「ハークさんが……ハークさんが……ど、どうしよう。どうすれば、いいの? 私は何もしてあげられない」

 うな垂れて、地面に膝をついた。


「ダメだ……。先輩、走れないよう……もう、私走れない。〝窓〟を開けるなんてこと出来ないよ」

 涙がぽろぽろと、地面に落ちる。


 ぴーひゃららら! どんどんどん! 


 笛と太鼓の音が耳を打った。

 聞き覚えのある音だ。なんだろう……。

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