冴えない陰キャぼっちな俺が教室の片隅で突っ伏寝(寝たフリ)に励んでいると、同じクラスの清楚系巨乳ギャルが俺のお耳をペロリンチョしようとして来た。──起きる? 起きない? もちろん起きない!
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(中編)
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(中編)
軽井沢さんの笑いが治まるのとほぼ同時に先生の声が響き渡る──。
「おーい、お前らぁー! 休み時間じゃないんだぞー? 席につけー!」
どうやら通知表を配り終えたようだった。
ほっと一安心。助かったと思った。
今の軽井沢さんは場にそぐわないことを言い出しそうだったからな。
差瀬山さんの表情は限界に達していたし……。先生ナイスタイミングだよ!
でも通知表を配る時間はいつも苦痛だったけど、今日は少し違った。
なんだか、複雑な気分だ──。
☆ ☆
そしてここから先に残されるのは恒例とも言える、担任教師からの夏休みに際しての諸注意を施されるのみ。
いよいよをもって、夏休みは秒読みとなる。
しかし建前としてサクッと終わらせる教師が大半を占める中、稀に長々と語りだす教師もいるから気は抜けない。
「いいかぁ? 夏休みだからって浮かれるなよ? 高二の夏休みってのはな、これまでの夏休みとは違う。特別な意味を多分に含む夏休みだ。勉学に励むも良し、割り切って遊ぶのもいいだろう。部活道に励む者は先輩と過ごす最後の夏ということを忘れるな」
暗雲立ち込める──。
どうやら我がクラスの担任は後者っぽい。
思えば気質はあった。「先生が学生の頃はな~」が口癖だから、可能性は偏っていた。
「まぁ、先生が学生の頃はな夏休みって言ったら網片手に昆虫採集に出掛けたものだ」
やはり始まってしまったか。
しかもそれ、高二の夏休みの話じゃなくない? もっと子供の頃の思い出だよね?
ここからはきっと長いぞ。普段のホームルームならなんとも思わないが、これを夏休み秒読み段階の今にやってしまうのだから救いはない。
とはいえ我がクラス担任の受け持ち教科は体育。そして生徒指導の担当でもあるとなれば、逆らったり茶々を入れようと思う者はいない。
はっきり言って、無敵の教師だ。
「よし! じゃあプリント配るぞ〜! 夏休みについての諸注意を書いておいたからな! それからチェックシートも用意したから、記入してくれ!」
気合入り過ぎだろ……。チェックシートってなんだよ。もう既に廊下を歩く生徒の姿も見え、他のクラスはちらほらと夏休みへと突入し下校しているというのに……。
「チッ」
隣の席から聞こえた舌打ちに恐怖を覚える。
軽井沢さんはご立腹な様子だった。巻き髪封印中のサラサラストレートとはいえ、気の強いはギャルは健在だ。
それでも先生の語らいは止まらない。
プリントを配りながらも悠長に思い出話を始めてしまう。
「先生の高二の夏休みはグラウンドで汗を掻いたものだ。野球部だったからなぁ! 甲子園に行くような強豪チームではなかったが、皆で甲子園を目指したあの夏は、今となっても色褪せることなく昨日のことのように思い出す」
ワンエピソードで我慢してよ!
なんで続けてまた語ろうとするの?!
我がクラスの担任。体育教師にして生徒指導担当。あだ名はゴリラ。とっても極まっていた。
☆
プリントは前の席から後ろへとまわされる。
当然の事ながら、差瀬山さんからまわってくるわけだが……。
何故か今日はムッとした表情を向けられた。
しかもプリントのまわし方が普段と違って妙だった。
指先でつまむようにして、俺が取ったのを確認すると透かさずスッと放したんだ。
これには覚えがあった。……友橋菌。
もはや、俺が触れた物には触れたくないという鋼の意思を感じる。
この手のことは初めてではない。小学生の頃に何度かあったからな。でも、そのどれとも比べようがないほどに、差瀬山さんの警戒レベルは高そうだった。
現在の状況はおそらく……。
『友橋菌警戒Lvファイブ』に相応する。ほとんど最上位の警戒体制だ。
今までは視界に入っても注して気にはならない置物のような存在だったのに、この間の一件で気にするようになったのだろう。
一度意識したら最後。鳥肌が止まらなくなるってやつだ。
それはおそらく視界にさえ入らなければ気にも止めない、黒光りしたカサカサと動くアイツとの遭遇に近いものを感じる。
よもやここまで避けられ嫌われてしまうとは……。
できることなら知りたくなかった。
先に控えるツーリングデートがどっと思いやられてしまう……。
それもこれもこのプリントのせいだ。
しかも内容はありきたりなもので、もはや意味なんてなにもない。
しいて言うならチェック欄の最後に「先生に相談があれば自由に書いてくれ!」と、あるこの部分。
それが余白の半分を占めているともなれば、おそらくこれが目的だろう。
無論、なにもない俺は空白。多くの生徒は空白。ひょっとしたら皆空白。
だからこんなもの、提出する価値はない。このままゴミ箱に投げ捨てても先生は困らない!
だというのに──。
「よーし、じゃあ回収するからプリントを前にまわしてくれなー!」
おいおい先生。今、窓際最奥と前の席がどんな状況にあるかわかっているのか?
黒光りしたアイツと人間様との遭遇イベントが絶賛発生中なんだよ!
俺が触ったプリントを触りたくないであろうFカップ様に、どうやってプリントをまわせっていうんだ!
『友橋菌警戒Lvファイブ』の厳戒態勢中なんだぞ……。
しかしこればかりはどうすることもできない。
策を考えたところで、なにも思いつかない。
どうすることもできない状況を前にして、ただ途方に暮れるしかなかった。こうしている間も他の列はプリントが前へ前へとまわされていく。
先生が異変に気付くのも時間の問題。
かといって差瀬山さんにプリントをまわすわけにもいかない。
ツーリングデートを控えている今、これ以上逆撫でするようなイベントは避けたいのに……。避けられそうもない。
そんな絶望的な状況の中で、奇跡は起こった──。
いや、既に起こっていた!
俺が座る列のプリントが前へ前へとまわされているではないか!
俺のプリントを置き去りにして、前へ前へと!
その歩みは止まること知らない! あっという間に最前列に到着!
そして先生は何に気づくわけでもなく受け取り、他の列の数多のプリントとひとまとめにした。
助かったのか?
救われたのか?
……あぁ、奇跡だ。こんな奇跡が起こるなんて想像もしていなかった!
そうとわかれば、やらなければならないことがひとつだけある。俺は大急ぎで自分のプリントをしわくしゃにしてポッケにしまった。証拠隠滅!
ホッ。世の中、捨てたもんじゃないな!
このプリントはあとでゴミ箱に捨てるけどな!
それからもしばらく「先生が学生の頃はな〜」を続けると、満足したのかお開きの時間になった。しかしこのゴリラは最後に大仕事をする!
「おい差瀬山! お前はこのあと生徒指導室に来い! よーっし。これで一学期も終わりだ! いい夏休みを過ごせよ! グッドラック!」
呼び出しを言い渡し、有無も言わさず足早に去る。その姿に生徒指導担当の匠を見た。
これにはさすがの差瀬山さんも「うわぁ……」と肩を落としていた。
ようやくゴリラから解放されたクラスメイトの中でひとりだけ、このあとゴリラとの個人レッスンがあるともなれば、当然の反応だった。
そんな差瀬山さんを励ますように軽井沢さんが背中を叩いた。
「ドーンマイ。平気で学校サボるからだよ〜。しょーがない」
「うん……。あのゴリラまじうざい。あいつ熱くなるとツバ飛んでくるんだよ? しかもやたら胸元ばっか見てくるし。そろそろセクハラで訴えてやろうかな」
「あはは。ちゃんと学校来てれば呼び出される口実もないんだからさ、サボってる以上は仕方ないっしょ。いつも学校にはちゃんと来いって言ってるのに聞かないのは誰だ〜?」
「うっ……。そうだけどさぁ……。もぉ無理……。この時期のゴリラってやたらと汗臭いじゃん。こないだなんてワイシャツ越しにブラが透けてるから風紀のみだれがどうのこうのとか言って、触られそうになったんだよ?! せめて第二ボタン閉めろとか言ってきてさ、断ったら強引に閉めてこようとしたの! もうびっくりしちゃったよぉ!」
「あはは。理性を忘れて力任せに揉んで来た時は詰めればいいっしょ。その時はゴリラの人生も終わりってことで! で、どうする? 待ってよっか?」
「あぁね。うん。いや、あいつにだけは揉まれたくないんだけど……。えーとね、悪いから先帰ってていいよ。あのゴリラ話し始めるとまじ長いから……。はぁ……。このあと彼氏に腕枕してもらって昼寝する予定だったのに……」
話の内容はさておき。
憂鬱な差瀬山さんの姿を見ると、なんだかちょっぴり心が晴れた。
生徒指導室に向かうため、肩を落としながら教室を出る後ろ姿を見えなくなるまで眺めていたいと思うのは、仕方のないことだった。
やがて後ろ姿が見えなくなると──。
「あれっ、突っ伏寝くんまだ居たんだ。電車? チャリ?」
ぬ、抜かった!
差瀬山さんの憂鬱さ加減を眺めていたら下校が数刻遅れた!
「えっとあの、電車通学です!」
「なんだ同じじゃん! じゃあ途中まで一緒に帰ろっか? それからまた敬語になってるぞ~?」
俺を取り巻く時間が一時停止した。
脳内でサイレンが鳴り響く──。
全俺緊急招集!
緊急会議発足!
多数決開始!
聞き間違えだな?
あぁそうだ聞き間違えだ。
そうそう。ありえない。
きっと今は夢の中だ。
じゃあ早く起きないと。
ケンジに会いたいなぁ~!
ケンジケンジケンジ!
バカヤロウ! 現実を逃避している時間があったら一秒でも早く「うんっ!」って返事しろ!
殺されるぞ!!
…………ハッ!
──全俺召集、緊急会議。これにて閉幕!
☆ ☆
「う、うんっ!」
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