第12話 帝王の仮面を被るとき──。


「そ、それって女子高の制服……だ、だよな……。いったいどんなマジックを使ったのかな……」


 暫定的にだがケンジを名乗る以上、ケンジとして接するしかあるまい……。


 に、しても……。本当に可愛いな。泣きぼくろがブラックホールに見えてきちゃったよ。気を抜くと美貌の渦に吸い込まれそうだ……。


 しかも差瀬山さんよりも大きいんじゃないかな……。いったいなにがどうして、ケンジの胸がこんなにもたわわに実ってしまったんだ……。



「えー! そんなの当たり前じゃん! だって女の子だもんっ! 泥団子の帝王どうしちゃったの? おもしろーい!」


 ちょっ、ケンジ?! えっ?!

 いや。いやいや。ここは話を合わせないと。泥団子の帝王として、ケンジの前では帝王でありたい。

 クラスメイトから冴えない量産型と言われた俺のことを、変わらず帝王と慕ってくれるのだから。


 でもこの子、本当にケンジなのか……?

 オレオレ詐欺ならぬケンジケンジ詐欺だったりしないだろうな……?


 とはいえとりあえず。


「だ、だよね! 知ってた!」

「わぁ! やっぱりバレてたか~! それでも仲良くしてくれていた泥団子の帝王はやっぱりサイッコーの友達だよねっ!」


 バレていた、だと?

 おい、ちょっと待ってちょっと待って。幼少期の俺の記憶出てこい。


 ……どう考えても男だ。「俺の名前はケンジ!」こんな感じの自己紹介をされたのを覚えている。


 と、なると……。まさか男装? おいおいケンジ。お前! 男のフリをして俺と遊んでいたって言うのか?


 ……もうそれ以外には考えられない。

 しかしケンジケンジ詐欺の可能性も微レ存。少しだけやんわりと、話を合わせながら振ってみるか。


「おうよ! 最初から男じゃないとはわかってたけどな! そんなの些細なことだろ!」


「ふふんっ。嬉しいことを言ってくれるねぇ! さすが泥団子の帝王!」


 な、なるほど。謎は解けたよケンジくん!

 ケンジは実は女で、目の前に居る美少女はケンジ。つまりはケンジ!


 よしっ。そうとわかれば久々の再会を喜ぶしかないだろ!


「おう! ケンジ! めっちゃ久しぶりだよな! 元気してたか?」


「おう! 元気だぜ! って、乃々花でいいよ~! ケンジは偽名なんだから!」


「お、お、おう。の、ののの、ののののかさん」


「ののかだよ? のはふたっつ! そんなに多くないから!」


 あれ……。どうしちゃったんだろう、俺。

 乃々花って名前で呼ぼうとすると、たじたじしちゃう。……いや、そうか。そりゃそうだよな。俺の中ではケンジであって乃々花じゃないんだから。


 ならば、ケンジと呼ぶまでだ!


「おうよ! ケンジ! 俺たちの仲だもんな!」

「だから乃々花でいいって! ケンジって呼ばないで!」


 おいおいまじかよ……。ケンジって呼んじゃだめなのかよ……。


「は、はい。の、ののの、のののののののかさん!」

「のが多過ぎるんだけど! わざとやってるでしょぉ?」


「んなわけねえだろ! ケンジ!」

「だからケンジって呼んじゃ、やだ!」


 こんなやり取りを十回ほどしているうちに、不思議とあの頃のように仲良くなっていた。


「ねえねえ、このあと時間ある? 駅前のカフェ行こうよぉっ!」


 そうして──。

 デートのお誘いを受ける。


 これをデートと呼んでしまっていいのかはわからない。でも若い年頃の男女が二人でお茶をすするともなれば、俺の人生の教科書にはデートと刻まれている。


「おう! 行こうぜケンジ!」


 でもちょっとまだ、乃々花と呼ぶのは恥ずかしい……。


 

 ☆ ☆ ☆


 思えば、学校帰りにカフェに寄るなんて生まれて初めてだ。

 

 というか、誰かとカフェに入る事自体、初めてだ。


 うん。カフェに来るの初めてだった!!


 ☆


「カラメルマッキアートのホイップ多めでお願いしまぁす!」


 レジに並び順番が来るとケンジは慣れた口調で注文をした。横文字の羅列。えっとあの、日本語でお願いします?


 もしかして、帰国子女なのかな?


 「かしこまりました。カラメルマッキアートのホイップ多めでございますね! お連れのお客様はいかがなさいますか?」


 ど、どうしよう……。ていうかよく見たらこの店のメニュー表……。英語とカタカナしかないじゃん。

 まさかカフェって場所がこんなにもグローバル思考な場所とは思わなかった。


 麦茶とかあるのかな。試しに麦茶って言ってみるか? さすがに麦茶がないってことはないだろう。

 いや、危険だ。ここはグローバル思考なお店。麦茶がない可能性は十分にありえる。


 久々にケンジと再会したってのに、情けない姿は見せられない。


 ここは無難に注文しておこう。


「お、俺も同じので!」


 「かしこまりました。カラメルマッキアートのホイップ多めでございますね!」


 ほっ。どうにか乗り越えた。良かった良かった。と、安堵についているとケンジが嬉しそうに声を掛けてきた。


「おぉっ! 泥団子の帝王とはやっぱり趣味が合うなぁ~!」


 店員さんの眉がピクリと動く。

 

 子供の頃は気にならなかったけど、ケンジって割とマイペースで言うなれば天然みたいな感じだった。


 人前にも関わらず“泥団子の帝王”と何のためらいもなく言えちゃうんだもんな……。


 でも、ケンジが望むのなら周りの反応なんて気にしない。ていうか気にならない!


 ☆


「ふふんっ。泥団子の帝王とお揃いだぁ!」


 カラメルマッキアートとやらを受取り、空いている席を探す。なんてことないクリームの乗った珈琲でホッと一安心。


 そしてテーブル席に座る。

 向かい合わせで座るともなれば、心のドキドキは破裂寸前!


 これから二人で茶をすするんだよな。で、デートが始まる……!


 まずは他愛ない会話からスタート!


「そういえば泥団子の帝王は市役所でなにしてたのぉ?」


 ……ん? そういえば俺、何しに行ったんだっけ?


 ケンジとの再会で胸がトキメキ、記憶にぽっかり穴が空いていた。

 思い出せないのなら仕方ない。それっぽいことを適当に……。


「お、俺はちょっくら散歩のついでに……な!」


「へぇ! 市役所がお散歩コースなんだねぇ! へーんなの!」


 もう少しマシな返答はなかったものかと、後悔をするもケンジの笑顔の前では些細なこと。


 よしっ。こういうときは聞き返せって何かの本で読んだぞ!


「の、のののかさんは?」

「おぉ! のが減ってきたぞー! いいよいいよぉ! その調子だよぉ!」

「が、がんばる!」

「よぉし! じゃあもういっかい!」

「の、の、の、ののののかさん!」


「うわぁあ! 逆に増えちゃったよぉ! のが大好きなのはこの口か! えいっ! うりゃあっ! のを減らせぇっ!」


 あぁやばい……。可愛過ぎてやばい……。ケンジ、俺……君のためなら今ここで死んでもいいよ。


 もう全てが可愛過ぎて世界が滅んでもいいとさえ思えてしまう。


 俺、今日死ぬのかな?


 神様ありがとう。良い人生だった。


 と、ここでケンジが何かを思い出すように「あっそうだ!」と、言うと紙切れを一枚取り出した。


「こーれ! 落としたよ?」


 渡されたのは住民票引き換えシートだった。


 そういえば「落としましたよ」と言われ、そのまま受け取ってなかった。


 ……って、え!!


 そうだよ。俺、散歩してたわけじゃないじゃん!


 でもケンジは至って普通で気づく様子はない。今ここに住民票引き換えシートがある意味……。


 まっ。いっか!


 住民票なんて今度でいいよ!

 今はケンジとの再会を楽しもう!


 案の定、なにも気づかないケンジは話を仕切り直した。

 

「で、えーと。なんだっけ。あっ、そうだ! わたしはねっ、戸籍謄本を取ってきたの!」


 こせき、とうほん?

 住民票よりも強そうな名前だな。


「なんだかすごいものを取りに行ったんだな!」


「うん。妹と本当に血が繋がってるのか確認したかったんだけどさぁ。書類上は家族ってことになってたんだよねぇ……。かくなる上はDNA鑑定かな」


「へ、へぇ。そうなんだ……」


 ううん? いったいどういう経緯なの?

 聞きたいけど。聞いたら教えてくれそうだけど。聞いちゃだめなような気もする。


 うちも訳あり家族だからな。

 踏み込まれたくない一線ってのは確かにある。


 でも俺とケンジは幼馴染みたいなものだし。

 ケンジになら俺はなんでも話せる!


 と、またしてもケンジは何かを思い出すように声を走らせた。……忙しい子だな。でもそれが可愛い!!


「あー! 泥団子の帝王はさ、今って彼女とか居るの? いきなり誘っちゃったけど大丈夫だった?」


「居ないよ! 居るわけないよ! の、のののかさんは?」

「そーなんだ! 良かったぁ。わたしもねっ、今は居ないよ!」


 ……おや? 今はってことは。今は……。んん? 今は? いい、そんな細かいことはどうでもいい!


 て、ていうか俺! なにを期待してるんだよ。ケンジとは言え、こんな可愛い子とそんな関係になれるわけないだろ!


 でも友達なんだ。こうしてたまに茶を飲むくらいのことなら、これからもあるのかな。


 それだけでもう、死んでもいい!


 あっ! 死んだら会えないからやっぱり生きていたい!


 それから時間を忘れ、他愛のない話に花を咲かせると、すっかり夜になっていた。


 そろそろお別れの時間か……。なんて思っていると……!


「ねえねえ、このあと時間ある?」


 っっ! 市役所でも同じこと言われたな。わざわざ聞く必要なんてないのに!


 未来永劫。俺の時間はあなたのためにありますよっと!


 浮かれ度MAX、有頂天だった。


 そうして、ケンジからどうしても行きたいところがあると言われ、俺はひと言返事でオッケーをした。


 どこに行くのかと尋ねると「ひみつ~☆」と可愛く言うものだから、俺はそれ以上は聞かなかった。


 たとえ樹海だろうと海の底だろうと、どこへでもついて行く所存!


 秘密の場所にでも行くのかと思いきや、着いた先は意外にも公園だった。

 俺とケンジが泥団子作りに明け暮れた、思い出の場所──。


 ケンジは一目散に隅にある大木へと走った。


「ほらっ! 泥団子の帝王! ここだよ! こーこ!」


 おいでおいでと可愛く手招きをされ、小走りで駆け寄る。


 そこは俺たちの指定席。この木陰で泥団子作りに精を出していた。

 

 湿った粘土状の土で泥団子を作るといいのができるんだよな。この木陰はまさにうってつけだった。


 ……あぁ、本当に懐かしいな。


 否応にも今の自分と比べてしまい、しんみりしてしまう。

 

 あの頃は毎日が楽しかった。

 おかずにされることも、取りたくもないバイクの免許を取ることも、コインランドリーでパンツを洗うこともなかった。


 なんだか、涙が出てきそうだ。

 どこで選択を間違えたのかな。思えば間違えてばかりだった。


 でも今日、こうしてケンジと再会できた。


 すべてのことに意味を見いだせた気がする。



 ──ありがとう。ケンジ!


 

 そんなケンジは何故か制服を腕まくりして屈伸をしていた。


「おいっちにー! おいっちにー!」


 運動会でも始まるのかな?

 そんな疑問が過ぎるも、すぐに答えは見つかる。


「師匠っ! 久々にご教授願いますっ!」


 それは泥団子作りの誘いだった。


 ははは。なんだよこれ。まるで夢でも見ているみたいだ。


 こんなに幸せで、いいのかな。


「よしっ。いいだろう。腕は鈍ってないだろうな? 半端なもん作りやがったら破門だからな!」


「ふふんっ。望むところ!」


 俺たちは時間を忘れ、日付が変わるまで泥団子作りに没頭した──。


 離れた時間を埋めるように、

 あの頃に、戻るように──。

 

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