第2話 耳フー×耳ハム×耳ペロ


「突っ伏寝くーん! ちょっと聞きたいことあるから起きてもらっていいかなー?」


 差瀬山さんの声とともに、二の腕をおそらくペンの類でツンツンされている。


 それはまるで、俺に声を掛けているように思えなくもなかった。


 ……ま、まさかな。気のせいだよな。

 だ、だって俺、突っ伏寝くんじゃないし……。


「ねぇ~突っ伏寝くーん! おーきーてー!」


 そんな俺の心境を他所に、追い打ちとも言える二度目の呼びかけ。そしてツンツン。

 確かに感じる二の腕へのツンツンが全力で俺を突っ伏寝くんと、たらしめている。


 だとしたら、今すぐにでも眠たい目を擦りながら「え、なに?」と起き上がるのが正解だ。


 なんてことない。バイクに乗っているかを問われるだけなのだから「乗ってない」と答えれば終わる話。


 でも──。

 俺は突っ伏寝くんなんかじゃ……ない。


 突っ伏寝くんって奴は時折会話に出てきては小馬鹿にされるポジションの奴だ。……俺であるはずがないんだ……。



「えー、起きないじゃん。どうしたらいいの」


「イヤホン取って耳にふぅーって息を吹きかけてみたら?」

「むりむりむり! それはむり! ぜったいむり!」


「でもバイクの後ろに乗って抱き着くのは余裕なんでしょ? だったら耳ふぅくらいできるっしょ?」


「うっ……。そ、そうだけど?! で、できるけどね?! やるよ! やればいいんでしょ?!」


 なかなか起きない突っ伏寝くんを前に、話は次のステージへと突入していた。


 ダブルデートに連れ出したい差瀬山さんは引くに引けず、軽井沢さんはそれをわかった上でからかって楽しんでいるようだった。


 だからこの無茶振りは突っ伏寝くんが目を覚ますか、差瀬山さんがギブアップするまで続く──。


 突っ伏寝くんって奴は馬鹿だな! とんだお眠りさんだ!

 とっとと起きていれば穏便に事が済んだだろうに。こういう事態に陥るリスクをてんでわかっちゃいない。

 同じ突っ伏寝を嗜む者として、二流と言わざるを得ないぜ?


 本当に馬鹿な奴。あはは。……はははは。…………ははは。


 あははは、は……。


 ……………………………。



 ……うん。

 もう、やめよう。さすがにここまで状況が揃えば否定の余地はない。


 突っ伏寝くんって、どう考えても俺じゃん。

 

 薄々勘付いては居たんだ。もしかしたら突っ伏寝くんて俺のことかもしれない、と。

 

 ……いや違うな。最初からわかっていた。

 でもそれを認めるのはあまりにも酷で、考えることに蓋をした。


 その結果がこれだ。最悪な状況を紡いだ。

 平穏無事に起きられるであろうタイミングを逃した。


 今の俺はツンツンされても起きないレベル。

 相当深い眠りに就いていると思われている。


 ゆえに、突っ伏寝解除のタイミングを誤れば、寝たフリをしていたと疑われるリスキーな状況。


 ここから先、疑われることなく起きれるタイミングがあるとすれば、先ほど話に出てきた“耳ふぅー”を除いて他にはない。


 ……耳ふぅ、か。


 たとえ俺を小馬鹿にするいけ好かない一軍女子様だとしても、清楚系巨乳ギャルの耳フゥーとは神の息吹に等しき産物。

 健全な男子高校生ならば夢焦がれるシチュエーションであろう。


 しかし、今この場においてはその限りではない。


 問題は耳ふぅーをされた後のリアクションだ。

 いったいどんな顔をしたらいい?


 少しでも嬉しそうな顔をしたのなら差瀬山さんに嫌悪感を抱かせてしまうのは確実だ。

 渋々、嫌々、仕方なく耳ふぅーをするのだから、それに対して喜ぶなんて言語両断。


 かと言って逆に、すまし顔で「え、なに?」なんて言ったらこれはこれで嫌悪感を抱かせる。


 “神の息吹を前に、お前は何様?”


 こう思われるのが自然の摂理。

 相手は一軍女子のFカップ様(尚も成長中)。かたや俺は、教室の隅で突っ伏寝に勤しむ冴えない男。


 ここには目に見えない上下の関係があり、それを軽んじれば待ち構えるのは地獄のみ。

 今まで大切に守ってきた平穏を失うことにだってなる。


 だから考えるんだ。耳ふぅーされた直後の最も適切な対処方法を──。



「早くしないと昼休み終わっちゃうけど? バイクの後ろには乗れるのに耳ハムはできないんだ?」


「で、できるし! ぜんぜん余裕だし! い、今からやろうと思ってたところだし!」


 いやいや軽井沢さん。ちょっと待ってよ……? 耳ふぅって言ってたよね?!

 なにをシレっと耳ハムに言い換えてるの?

 それって耳へのキッスだろ?! 耳ふぅより数段グレードアップしてるだろうて……。


 やばい。やばいよこの流れ……。


 そもそもとして、軽井沢さんのからかい方は間違っていた。前提条件が破綻しているんだ。

 

 差瀬山さんの言い分は、ただしイケメンに限るのバイクバージョン。ただしバイクに乗っている人に限る。たぶんこんな感じだと思う。


 だからバイクに乗っていない俺に対しては理屈が通らない。

 耳ふぅーも耳ハムもする必要なんてないんだ。


 でも、差瀬山さんがそれに気付く様子はない。

 完全に軽井沢さんの手のひらで踊らされている。


 ……いやいや本当にまずいって。

 耳ハムなんてされたら今後に大きなシコリを残す。変な噂だって立つかもしれない。


 清楚系巨乳Fカップギャルの差瀬山さんが俺の耳をハムる? やばいって、こんなの絶対!



「じゃあ早く耳ペロして起こしちゃってよ」


「わ、わかってるって! い、今やるから!」


 えっ……。おいおい待てよ……。軽井沢さんは今なんて言った? またしれっと言い換えた……?


 ……耳、ぺろ?


 おいおいおいおい……! ハムのさらに先の頂の儀式として知られるペロだって?!

 

 やばいを通り越してやばい! なにがやばいって、とにかくやばい!


 もう起きちまうか? 寝たフリって思われたほうが幾分マシなのでは?


 そもそも寝たフリって思われるのか?


 人の目覚めとは唐突に訪れるもの。

 今このタイミングで起きても、問題ないのでは?


 ……ああそうだよ。


 仮に今起きて寝たフリだと思われる確率をXとして、耳ペロされた際の今後の危険度をHとする。

 これらを天秤に掛けたとき、確率、リスクの大小から考えても今すぐにでも起きてしまったほうが圧倒的にいい!


 よしっ、起きる──。



「うげぇ~。このイヤホン触るの嫌なんだけど。突っ伏寝くんが毎日使ってるやつでしょ……」


「あれ? バイクの後ろに乗って抱きつけるのにイヤホンは触れないの? なんかおかしくない?」


「い、今のは違うから! ただの本音……じゃなくて違うから! よ、余裕だし!」



 あっ──。

 まさに起き上がろうとしたとき、俺の耳からイヤホンが外れた──。

 

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