第3話 耳ペロ臨戦態勢──!


 かなり雑に右側のイヤホンを外された気がする。

 コードの部分をつまんで引っ張ってポイッとするような荒々しさ。


 お眠りさんを演じている突っ伏寝くんが目を覚ましても何ら不思議ではない絶好の機会。


 でも、これは……。

 差瀬山さんの覚悟の現れ。


 今、この状況下でイヤホンが外される事はこれから耳ペロしますよの合図。


 唇に例えるなら、顎クイ。

 

 ここで起き上がるのは顎クイされてそっぽを向くのと同義。


 一軍女子の尚も成長中のFカップ清楚系ギャル様の覚悟を無下にした先になにがある?

 教室の隅で突っ伏寝に耽る冴えない男に拒否られたともなれば、ただでは済まない。


 “なんなのあいつ。あの成でお高く止まってるの? 舐めてるの?”


 ああ。こうなってしまうに違いない。

 舐めるのは耳であって俺の態度であってはならない。


 ……詰んでいた。

 起きても地獄。寝てても地獄。進む先はすべて地獄。


 その地獄の中からどれを選択するのか。そういう状況に追い込まれてしまった。


 もう少し。あと少しだけ早く起きて居たのなら……。それよりも、もっと早く自分のことを突っ伏寝くんと認めていたのなら……。


 後悔、先に立たず──。


 

 それでも俺は、突っ伏寝十年選手だ。

 たとえ進む先がすべて地獄だとしても、その中から最善を選択する。


 達人級の突っ伏寝リストにしか成しえない技で、この境地を乗り越えるんだ!


 粗方、プランは出来上がっている。

 むにゃむにゃ「ふぁ~あ」と眠たい目を擦りながらキョロキョロしてみせて、自分の耳をさわさわ。

 そしてハッとして、恥ずかしそうに下を向きながら「な、なにか用ですか?」とキョドる。


 大切なのは怯えるようにキョドりながらも、それでいて恥ずかしそうに頬を染めること。


 喜ぶわけでもなく、嫌がるわけでもなく、お高く止まることもなく──。

 恥ずかしくも怯える一匹の仔うさぎを演じる。

 

 これなら差瀬山さんの気分を害することはないだろう。

 

 しかし冴えない窓際族の俺が、絶賛成長中のFカップ様に耳をペロッとされた事実は重くのしかかる。


 とはいえ、人の噂も七十五日──。

 

 来週から夏休みを控えた今なら、ダメージは思うよりもずっと少ないはずだ。



 だから俺は選択する。

 己が極めた突っ伏寝道を信じて──。


 突っ伏寝十年選手。友橋 渡。


 耳ペロ臨戦態勢の構えで、ペロを待つ──!


 ☆


 しかし待てど待てどもペロの襲来はない。


 もしかして、このまま何事もなく終わる? 微かな望みが芽生えところで──。


「まだやらないの? もしかして、やるやる言ってる内に目を覚ましてくれたらラッキーとか思ってない? さっきから突っ伏寝くんの耳を食べるの嫌がってるようにしか見えないんだけど? バイクの後ろには乗れるのに耳は食べられないっておかしくない?」


 ちょ、ちょっと軽井沢さん?! なにをまたしれっと言い換えてるの?!


 でもさすがに食べるってのは常軌を逸している。これには差瀬山さんだって気付くはずだ……! NOと言うはずだ!



「そ、そんなわけないじゃん! い、今ちょうど食べようと思ってたところだから! わ、わぁ美味しそう! い……い、いただきまぁーす!」



 あっ。俺のお耳、食べられちゃう……。


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