第6話 You!ひょっとして俺に恋してるぅー?


 差瀬山さんは唖然としていた。今晩のおかずとしてベッドの食卓に、それも俺と並ぶともなれば気が気じゃないはずだ。


 と、思ったら──。


「あー……。まっ、いっか!」


 えっ?! なにがいいの? ちょっとちょっと差瀬山さん?!


 頭の中で疑問符が大量発生!


「じゃあ~、うざいのも居なくなったし続きしよっか! 突っ伏寝くんも起きたことだし」


 ちょっと待ってよ……。軽井沢さんまで?

 友達が今晩のおかずにされちゃうんだよ?


「えー。それってまだ続けるの? あんなの見せられたら、ね? 何事にも例外ってあると思うんだけど」


「えっ? 突っ伏寝くんて例外に入っちゃうの? バイク乗ってるならぜんぜんありだと思ったけどなぁ~。そっかぁ~。バイク乗ってればイイ男に思えるとか言って、そんなもんだったんだ~。危うく騙されるとこだったー」


「うっ……。い、今のは言葉の綾ってゆーか! なんてゆーか! 違うからね?! 突っ伏寝くんだってバイクに乗ってたらありだよ! と、当然じゃん!」


 おいおいまじかよ……。

 完全に茶番劇へと戻っていた。まるで何事もなかったかのように話の続きを始めてしまった。


 ……ひょっとして、事の次第に気づいてない?

 ……それとも誤解するなら勝手にどうぞ。とか?

 なんかそんな感じっぽいな。だから放置してもいっか。みたいな?


 いやいや勘弁してくれよ。差瀬山さんはそれでいいかもしれないけど、突っ伏寝をこよなく愛する俺にとっては死活問題だよ……。

 

 今晩、多くの人の脳内で暴れん棒にされてしまう……。絶賛成長中の清楚系Fカップ様をけちょんけちょんにして、その成長を施す悪い男として脳内に刻まれることにだってなりかねない……。


 それにもし、誤解されたまま夏休みに入ったりなんてしたら……いったい幾晩のおかずとして俺は登場するハメになるんだ?


 やばい。考えるだけで悍ましい……。


 妄想のバリエーションは無限大。

 清楚系Fカップ様に陵辱の限りを尽くす悪役から、耳を責められ「くぅん」と子犬のようにおねだりをする情けない姿まで自由自在。

 

 人畜無害キャラに徹し、教室の片隅で突っ伏寝に耽る無色透明とも言えるポジションが災いに転じた。

 これといった特徴がないからこそ、何色にでもなれる。そんな俺が今晩のおかずに登場しようものなら、何を想像してもリアリティが出てしまう!


 妄想と現実の狭間で、ひと夏の妄想に馳せた者たちは、夏休み明けに俺を見てナニを思うのだろうか。……そんなの決まってる。


 如何わしい奴だと思うに違いない!


 ……あぁ、もう終わったな。

 突っ伏寝十年選手のアスリート生活も今日で終わりだ。


 俺の十年の頑張りなんて、一軍女子様の鼻息ひとつで吹き飛ばされて、ひと睨みされれば消滅する。そんなものだった。


 転校しようかな。ていうかこの時期に転校できるのかな。


 それよりも親になんて言おう……。


 頭の中は敗北モード。

 どうにもならない現実を目の当たりにして途方に暮れるも、状況はそれさえも許してくれない──。



「てかさ、突っ伏寝くんってバイク乗ってたりする? 二人乗りできる感じのちょっと大きめのやつなんだけど、わかる?」


 軽井沢さんが半笑いで話し掛けて来た。


 呑気なものだった。俺の心境など微塵も気遣う様子はなく、そもそもとして気づいてすら居ない。


 ……どうしてこんなにも、勝手なんだ。


 まぁ、乗ってないと答えれば終わる話。とっとと終わらせよう。


「のっ──」


 と、言いかけたところで、


「この子がバイク乗ってたらデートに行きたいんだってさ! どう? 連れてってあげてくれない?」


 差瀬山さんの腕を引き寄せると、そのまま背中を押すようにして俺の目の前に立たせてしまった。


 突然のことに差瀬山さんは「えっ? えっ?!」と驚いた様子だ。


 絶賛成長中のFカップが目前を掠める中で、軽井沢さんのことが末恐ろしくなった。

 話の流れを把握していなければ、確実に勘違いを起こす言い方だったからだ。


 “ひょっとして、俺に気がある?” へと、わざと誘導しているようにしか見えない。


 バイクには乗っていないからとお断りをしても、勘違いした心までは解消されない。


 一歩間違えれば告白。そしてフラレる。


 なんとも恐ろしいフラグをサラッと立ててきやがった!


 この女、人間で遊び過ぎだろ……。



「ちょ、ちょっと! 言い方おかしくない? べつにデートに行きたいなんて言ってないから!」


 さすがの差瀬山さんも、これには怒った様子で反論した。しかし──。


「え~。結果的に変わらないんだからいいっしょ? バイクに乗ってたらイイ男なわけだし、デート行くことにもなるんだから、なにも問題なくない? それともやっぱり無理とか? なんだかんだ言っても結局そんなもんかー」


「うっ……。そ、そんなわけないじゃん! 突っ伏寝くんとデートに行きたいよ? 超行きたいって思ってるから!」

 

 差瀬山さん……。本当にしっかりしてくれよ。

 とは言えるわけもなく、ポカンと突っ立っているとムッとした表情を向けてきた。

 

「か、勘違いしないでよね? あくまでバイクに乗ってたらって話だからね? 乗ってなかったらデートに行きたいとか微塵も思わないんだから!」


 なんだかそれは、ありがちなツンデレヒロインのセリフだった。


 あれっ。あれれ?

 ひょっとして差瀬山さんって、俺のことが好きなの……?

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