冴えない陰キャぼっちな俺が教室の片隅で突っ伏寝(寝たフリ)に励んでいると、同じクラスの清楚系巨乳ギャルが俺のお耳をペロリンチョしようとして来た。──起きる? 起きない? もちろん起きない!
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-中ノ肆)
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-中ノ肆)
Dを見つめ続けて十数秒──。
光り輝く一等星を見つける。
Dを包み込む水玉模様の右端からはみ出すように、強い存在感を示す直径1ミリほどの黒い点。
それはおそらく、甘んじてDに居なければ見えなかったであろう場所だった。
……へ、へぇ。軽井沢さんって、こんなところにホクロがあるんだ。
──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。
適切な距離10cmを守るため、見つめ続けるうちに俺はDについて少しずつ詳しくなっていった。
『D』はそのアルファベットのごとく、まるで水玉模様の玉のようにおわんの形をしていた。
いつぞやのTVで見たことがある。理想的な形と位置付けられているとか、なんとか。
そうか。軽井沢さんは『おわん型』なのか。
へ、へぇ……。
──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。
あっ。水玉模様さんに糸のほつれを発見!
なんだか全体的に色褪せてる気がするぞ!
お気に入りでよく着けてるのかな?
こんなお可愛いのを邪神様が?
だからDに甘んじて居る?
………………………………。
へ、へぇ……。
──ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。
知れば知るほどに、邪神として抱いていたイメージに強固な綻びが生じていた。
そしてその綻びは、俺の中に眠りし一匹のオスを呼び覚まし、心の部屋をノックさせた。
──トントン!
「居るんでしょ? 早く出て来てくださいよ!」
──トントントン!
最初は優しいドアノックだった。
しかし次第に、我慢の限界とばかりに口調は荒くなり、そして──。
──ドンッ。ドンッ。ドンッ!
「おい早く出てこいや! こちとらもう、辛抱たまんねぇんだよ! このボンクラチキン野郎がァ!」
うっ……。俺は必死に居留守をした。
こいつを世に放った先にあるのは、軽井沢さんの逆鱗。すなわち、死……!
断固としてノックに応じないでいると、呼びかけは悪魔の囁きに変わっていた──。
「なぁなぁ、電車の揺れに合わせてDに顔を押し付けちまえよ!」
「大丈夫! バレやしないって! 悪いのは電車の揺れなんだから!」
「そーだそーだ! ちょっとした事故ってことで許してくれるって!」
どこから湧いて出たのか、気づいたら増えていた。
「待ちの渡になるのも手だぜ? 電車が強く揺れてDが迫って来たとき横に避けずによ、さらには踏ん張りもせず、そのまま後ろの壁に寄り掛かっちまえ!」
「それは名案だな! Dが三角隅に押しつぶしたようなシチュエーションだ! 悪いのは完全にD! お前はなにも悪くない!」
「いいか? そのときは驚くフリをして顔をぶるんぶるんと左右に振れ! ちょうど鼻のあたりにDが挟まるからな! これみよがしにバレずに堪能しちまえ!」
よくもまあ、恥ずかしげもなくいけしゃあしゃあと……。
こいつらはゴミだ。俺の中に眠る一匹のオスたちとは言え、自分が情けなくなる。……でも、本音は羨ましい。
欲望に忠実で、ひたむき。
リスクを恐れなければ、あとの事なんて一切考えない。
日頃から突っ伏寝に耽けり、いつの間にか失った感情のひとつだった。
今の俺は何事に対しても安牌を切ってしまう。
復讐の業火に身を宿した免許取る取る詐欺でさえ、安牌の上に成り立っていた。
そんな俺の心を揺さぶらせる『D』の脅威は語らずとも、肌で感じられる。
一匹のオスたちとは俺であり、俺とはこいつらなんだ。
互いに綱引きをして否定しあってはいるが、その心は常にリンクしている。
そんな一匹のオスたちが、今こうして心の部屋を強引にこじ開けようとしている。
本当に、まずいかもしれない。
光り輝く一等星を眺めながら、俺の心は激しく揺らいでいた。
──これは絶対に負けられない、俺と一匹のオスたちとの綱引きだ。
☆ ☆ ☆
対象である『D』は激しい攻防戦が繰り広げられているとは知る由もなく──。
とはいえ悟られればデッドエンド。
だからこそ知られていなくて当然ではあるが、Dの持ち主たる軽井沢さんは呑気なもので、普通に会話を振ってきた。
それがなんとも、この状況の不誠実さと不確かさを現しているようで、俺の鼓動はさらに激しく波を打つ。
──ドックン。ドックン。ドックン。
「突っ伏寝くんさぁ、髪質めっちゃよくない? 毛先まですごいしなやかでうけるんだけど。なにこの指通り~! やーばっ」
手のひらでとかすように触られていた。
頭を撫でられているようで心地良さを感じるも、その手の動きに合わさるように、電車の揺れとは別の動きがDに発生した。
……うっ。
このままでは、一匹のオスたちとの綱引きに負けてしまう。
極力、刺激を避ける方向に持っていくんだ!
「お、お好きなだけどうぞ!」
「あははっ。なんだしそれ〜。べつにそんな趣味はないぞ〜? でもそう言うならもう少しだけ触っちゃおうかな〜」
「どうぞどうぞ……!」
とはいえ俺は全肯定のイエスマン。
滅びへ向かうとわかっていても、ゴマすりヨイショの姿勢は崩せない。
軽井沢さんはひとしきり俺の髪の毛を触り終えると「あ〜、なるほどね〜」と、意味ありげに言った。
「さっきから妙に良い匂いするなーって思ったら、突っ伏寝くんの髪の毛からじゃん。まじなんなの? 良さげなトリートメントとか使ってるっしょ?」
……に、匂い?
「えっとあの、家にあるのを適当に使ってる感じで……」
「まじ? そのへんで買える市販のやつじゃないっしょ?」
「それもわからないくらいに、お風呂場にあるから勝手に使ってるだけで……」
「はぁ? こんな綺麗な髪してて適当って、まじ突っ伏寝くんってなんなの? いちいち面白いんだけど?」
「あ、あははぁ……!」
なんてことない会話。しかし、今この状況において、最も気づいてはいけないことに触れる危なげな会話。
そうして、俺の意識はデッドエンドに向けて動き出す──。
☆ ☆
……匂い。
それは視界にばかり気を取られていて、麻痺していた感覚だった。
一度意識をすれば、もう後戻りはできない──。
このなんとも言えない鼻を
……やばい。頭がくらくらする。
いったい、どこから……。
その答えはすぐ目の前にあった。
Dを取り巻く環境が、この匂いの正体。首元から鎖骨、Dへと続く道の一帯が若干の汗ばみと潤いに満たされていた。
外は連日真夏日を記録する炎天下。
電車内とはいえ、火照った身体の暑さは急に冷めやむものではない。
そのせいか『ワームホール』の中からもあもあむんむんといけない匂いが蒸気のように立ち込めていた。
まるで次元を歪めるように、もあもあむんむんもあもあむんむんと──。
もあ~もあ~むんっむ〜ん〜。
目先10cm。その蒸気は俺の顔面をも覆うほど。それは生温かくも心地良い。安らぎを与える、──もあむん。
うぐっ……。
甘美なもあむんと言えば聞こえはいいが、このもあむんは男をだめにするやつだった。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
「ひゃっほい! ひゃっほい!」
「あっそーれ! あっそーれ!」
一匹のオスたちが喜びの舞を踊っていた。
もはや冷静な判断力を欠いているといっても過言ではない。
しかしそれは、俺とて同じこと。
俺とこいつらはリンクしている……。
いやはやまずい。この匂いは香水などで作られたものではなく、軽井沢さんの匂いとしか言いようがないものだった。……エキス、フェロモン。
鼻をくすぐり、頭の中が軽井沢さんで埋め尽くされていく──。
脳裏を過ぎるのは悪魔の囁き──。
〜DのせいにしてDを堪能してしまえ!
それはもはや囁きではなく、命令とも言える強い意思だった。
あながち、無謀ではないのかもしれない。
悪いのは電車の揺れで、踏み止まることの出来ないD。
俺が悪い要素を探すほうが、難しいのでは?
目の前で光り輝く一等星を眺めながら、
こんな俺でも、手を伸ばせば届くのなら……。そう、思ってしまった。
一匹のオスたちとの綱引きに負けるのは、秒読み段階に突入していた。
☆ ☆ ☆
そうして最後の扉は開かれる。
頑なに閉ざしてきた、俺の心の部屋の鍵は意図も容易く開いてしまう。
「これだけ髪質が良いとピンで留めてもすぐに跳ねそうなんだけど。しかも突っ伏寝くんの髪の毛って指通りが良いだけあって細毛だからなぁ~。まー、とりあえずやってみよっか」
「う、うんっ!」
驚くことなかれ。
これほどまでの攻防戦を繰り広げておきながら、未だ前髪工事の進捗状況はゼロだった。
だが、今から始まる。
俺が一匹のオスに飲み込まれるか、工事が先に終わるか。よもや時間との戦い。
くるっくるの綺麗な巻き髪を見てきたからわかる。
軽井沢さんは手先が器用だ。髪のセットには一定の嗜みがあり、スタイリストと言っても申し分ないはずだ。だからきっとすぐに終わる!
しかし俺の期待に反するように、軽井沢さんは自らのワイシャツの内ポケットに手を突っ込んだ。
その瞬間、Dの膨らみがむにっとする。
な、なにをしているんだ? ど、どうしてそんなところに……。
それは今までにないほどの、凄まじい動きをDにもたらした。
むにっと。見るだけで叶わなかったDの柔らかさを完璧に示す。む、むにっと……。脳に爆発的な衝撃が走る──。むにっとぉぉおお!!
「んっ? 取れないなー」
な、なにを取れないって言うんですか?
そんな疑問は些細なことで、俺の視線はもはや、むにむにするDに釘付けになっていた。
むにむにむにと3むにを果たすと、内ポケットから取り出されたのは黒ピンだった。
そ、そうか。黒ピンを取り出すためにむにむにしちゃってたのか……。
ってことは、この先もむにむには続く……?
──YES。
ぁゎぁゎ……ぁゎゎ……。
もう、限界だった。
いつの間にか俺は、電車が激しく揺れるのを恋い焦がれるように、待ち望んでいた。
そうして──。神のいたずらか、はたまた約束された運命だったのか──。
満を持して、車内は本日二度目の急停車を果たす。
──キキィィィイイー。
むにむにむにっとを前に、俺の反応は明らかに遅れてしまう。
足腰に生じた揺らぎは、もはやその場に踏み止まれる段階を突破していた。
──まずい! 後ろに倒れる!
待ち望んでいたはずなのに、とっさに出たのは生存本能から来るものだった。
人は死を目前にすると、その愚かさに気づくとも言われている。
あぁ、そうか。そうだよな。
Dを堪能した先にあるのは、生か死か。
誰が悪いとか悪くないとか、そんなのは関係ない。
邪神様の気の向くままに、俺の命は判断を下される。
これは死をベットして初めて成り立つ、到達できるか否かのデスゲームだったんだ。
わかっていたはずなのに……。欲望が先行した。一匹のオスたちに乗せられてしまった……。
今更気づいても、時既に遅し──。
賽は投げられているのだから──。
思いがけない急停車に、俺と同じく踏み止まれなかった『D』が目前に迫る。そして鼻先がDの中心にフィットする0.1秒前──。
よもや、このまま後ろに倒れれば背中が壁にぶつかるのみ。逃げ場を失った俺の顔面は不可抗力でDに押しつぶされる。訪れるは、夢の顔面むにむにむにっと。
かと言って横に逃げれば、Dに挟まった鼻がそれをペロンとする。ペロペロペロンっと。
……なら、仕方ないよな。もう、仕方ないよな。
いいよな。だってもう。……ね?
ここから先はすべてが不可抗力。
電車の揺れに乗じてDを堪能する。
そのためのお膳立ては既に完成している……と、なれば!
──据え膳食わぬは男の恥!
「よぉ〜おっ! それでこそ友橋渡!」
「人生初のぱふぱふへと突き進め!」
「お前は今日から男だ! 胸を張れ!」
一匹のオスたちから熱いエールを送られる。それは勇気へと変わり、ここから先、なんだってできるとさえ思えてしまう。
待ち構える運命は生か死か。それが些細なことにさえ思えてしまうほどの、突き進む勇気。D、今行くよ!!
だが、しかし──。
……ケンジ。
邪の道に足を踏み入れ息巻く中で、思い出したのはケンジの笑顔だった。
まさかにも恋仲になれるなんて思っていない。それでも、何故か今この瞬間に思い出したのは、ケンジだったんだ。
ケンジ。ケンジ。ケンジケンジケンジ──。
俺にとって太陽のような存在。深い暗闇から、光を差してくれた。
きっと、この先を進んでしまったら俺はもう、お天道様の下を胸を張って歩けない。それはケンジに顔向けできないことを意味する。
──俺はまた、お前と泥団子を作りたいよ……。
そう、願ったからなのか。
はたまたDから一瞬でも意識が逸れたからなのか。わからない。けれど──。
すべてがスローモーションに映る走馬灯のような世界で、まるでケンジが導くように、思考回路に新たな道しるべを刻んだ。
下だ……!
それは考えもしなかった第三の選択。
このまま後ろに倒れる力を利用して、ストンと足を滑らせ床に落ちてしまえば……。
もう、考えている時間なんてなかった。俺は悪魔の囁きには屈しない!
なぜなら俺は、泥団子の帝王だからだ!!
千載一遇とも言える、Dへのお顔パフパフにさよならを告げて──。
──ストーンッ!
軽井沢さんの両足をトンネルのようにして、仰向け状態で無事に着地を果たす!
しかし問題はこの先にあった。
急に俺が居なくなったことで、Dはたわわに実ったE同等ともいえるクッションの矛先をなくす。
もはや俺の顔面もろとも壁にぽよよ~んとはいかない。
ここから先は祈るしかなかった。
果たして吉とでるか凶とでるか──。
軽井沢さんは崩れた体勢を持ち直すように、けんけんぱっと、両手を壁にドンッ!
転ぶことなく、体勢を持ち直したではないか!
そうだよ。軽井沢さんってこういう人だ。いつだって余裕があって、クラス内カーストのトップに君臨して! 俺にできないことをなんだってやってのける、格好良い人なんだよ! 俺が持っていないものすべてを持っているんだよ! そんな彼女が転ぶはずない!!
あぁ、よかった。本当によかった。
……良かったよ。……D。
嬉しさ半分。切なさ半分。
俺の視界からは、すっかりDは消えていた。そして唯一、Dと触れ合えたであろう可能性も消滅した。
「バカヤロウ……。大バカヤロウだ……」
「大人になっても色褪せることのない思い出ってやつになっただろうに……」
「お前に染み付いたビビりの負け犬根性にはほとほと呆れる」
一匹のオスたちは涙を流しながら俺に文句を垂れた。
これで良かったんだよ。きっとDを堪能していたら、しなかった今よりもたくさんの後悔をしていたと思うから。
だから今を、噛み締めていこう。
今、視界に映る景色は勝利の輝きだ。一匹のオスたちに打ち勝ったことは、それこそこの先ずっと、色褪せることのないサイッコーの思い出さ!
Dの色褪せた水玉模様が、その輝きを失っていなかったように!
ああ、視界が輝いている。
色鮮やかで、色褪せながらも綺麗な水玉模様をしている。
パステルカラーが眩しくて、心を満たしてくれる。
Dが視界から消滅したというのに、俺の心は今まで以上に晴れやかなものだった。
だって、いま目の前に映る水玉模様はDを包み込んでいたものと遜色ない、というかまったく同じといっていいほどに、色褪せながらも綺麗な水玉模様をしているのだから!
………………………………。
……………………。
…………。
そうして俺は、本日二度目のお目目パチクリタイムに突入する。
Dを回避するために、仰向けになった俺の視界に映っていたのは天井……ではなかった。
三角を形取った、もうひとつの水玉模様だったんだ──。
────────────────────────
あとがき
今のペースだと毎日投稿は難しいので、暫くお休みいたします。
とりあえず次話は来月の1日に投稿予約済みです。
目標は完結の目処が立つ程度には……と、思っておりますので、また来月に読みに来てくれたら嬉しいです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございましたm(__)m
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