冴えない陰キャぼっちな俺が教室の片隅で突っ伏寝(寝たフリ)に励んでいると、同じクラスの清楚系巨乳ギャルが俺のお耳をペロリンチョしようとして来た。──起きる? 起きない? もちろん起きない!
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-終)
えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-終)
〜〜まもなく市役所前~、市役所前~。お降りの際はお忘れものなどございませんように〜
二度目のワームホールの消滅と重なるように、車内アナウンスが流れる。
色々とあったけど、終わりよければ全てよしとはよく言ったもので、俺の心は水玉模様で満たされていた。
二学期までお別れか。なんて、名残惜しく思ってしまうのだから不思議なものだ。
そう、思ってしまったからなのか、
はたまた、そんな様子が顔に出てしまっていたのか。
わからない。けれど──。
軽井沢さんは俺を気遣うような口調で、とんでもないことを言い出してしまったんだ。
「あー……。でも、どうしよっか? このあと特に予定ないし、前髪切ってあげよっか? うち、駅から近いし」
「……え」
思わず言葉を失ってしまった。
短い言葉に詰められた情報量の多さに、戦慄が走る──。
「前髪切った姿見てみたいってのもあるし、遠慮しなくていいよ?」
え、遠慮だなんてとんでもない!!
これだけは断固としてお断りをしないと!
「う、嬉しいな! 軽井沢さんがそう言ってくれるなんて夢みたいだ! ふ、ふつつかものですが、なにとぞ!」
……知ってた。
俺は全肯定のイエスマン。
この場において断るという選択肢がないのは、俺の人生が既に物語っている。
重ねてゴマすりヨイショの姿勢も健在だ。ほとほと自分に嫌気が差す……。
「どした? 急に顔色悪くなったけど? 悲壮感やばめなんだけど?」
とはいえ、今の心境は隠せるものではなかった。
天国から地獄への急転直下。
確かにさっきまであった、真っ直ぐ帰宅してキンキンに冷えた麦茶を「ぷはぁ」する未来は完全に消滅したのだから。
待ち構える未来は前髪バリアを消失して、筋肉談義に花を咲かせる。失意のドン底の中で迎えるデッドエンド。
でも……今ならまだ、間に合う。軽井沢さんも俺の心境を察してか、気にかけてくれている。ならばやはりここは、全力で拒否の姿勢を!
「あっ、いやっ……ま、まさか! 嬉しくて青冷めてるだけだから! 喜びの悲壮感ってやつで!」
なに言ってんだよ、俺……。
「なんだしそれ〜! 突っ伏寝くんって言うことがほんと面白いよね~! じゃあ~切っちゃおっか。チョッキンって」
言いながらピースのサインを作ると、閉じたり開いたりしてチョキチョキしてきた。
ぁゎゎ……。ぉゎ……。
「こんな感じにバッサバッサ。すーぐ終わるよ?」
「えっ、いや……あの……その……あ、あ……!」
「卵の殻みたいにしちゃおっかな~? それともひと思いにパッツンとか? アシンメトリーでもいいかも~?」
「お、お、お好きなように……! か、軽井沢さんの望みが、俺の喜びだから……! ま、ま、前髪を切られるくらい……ななな、なんのその!」
それでも俺は、生粋のイエスマン。
たとえデッドエンドに向かうとわかっていても、どんなに唇が震えようとも、
──この阿呆な口は、歩みをやめられはしない。
ケンジ。来世でまた、君に出会えたら──。
心の中でお別れを告げていると、軽井沢さんの笑い声が聞こえてきた。
「あはは! ごめんっ! 本当にごめんねっ! あまりにもわかりやすいからさ、からかいたくなっちゃって。前髪は切ったりしないから大丈夫だよ? 本気で切る気なんてないない!」
そう言うと俺の前髪を触った。……え?
「まー、これを切らないのは勿体無いとは思うけどさ〜、べつにわたし、見た目とかそこまで気にしないよ? 突っ伏寝くんはおもしろいからね~。だからわたしのために切るって言うなら、ノーサンキュー」
そして頭を撫でられた。
──ドクンッ。
あ、あれ……。なんか今、鼓動が大きく一回……。
またどこかにワームホールが出現したのか? ……見逃しているなら、みつけないと!
……ない。どこにも、ない。
いや、それよりも!
「じゃ、じゃあ……。お、お言葉に甘えて!」
「あはっ! なにそれ言い方うけるしっ。ほーんと突っ伏寝くんって面白いよね~!」
「あ、あははぁ……!」
な、なんだよ。からかわれただけか。心臓が止まるかと思ったし。
こんなこと頻繁にされた日には、心臓がいくつあっても足らないぞ……。
☆
そうして──。
まもなく到着を予告していた電車は、言葉通りに市役所前駅に到着し、試合終了の車内アナウンスが流れる。
〜〜市役所前~、到着~、到着~。開くドアにご注意ください〜
ワームホールの発生から発見、さらにはDとの出会い。長い長い旅路はついに終わりを迎える。
「あー、っと。もう着いちゃったか。じゃあ、うん。えーと、なんだっけ。そう。そうだ。そうそう……。免許取ったら連絡するの忘れんなよ〜?」
軽井沢さんは何やら思い出すような素振りを見せ、ツーリングデートの念を押してきた。
「も、もちろん! 秒速で連絡するよ! 誰よりも一番に! 必ず!」
「あははっ。そこまで急ぐ必要はないんだけど?」
よし。別れ際の挨拶も問題なし!
次に会うのは二学期。乗り切ったんだ! この窮地を!
「でさ、あの……さ、暇なときとかこっちから連絡するかもしれないから」
ボソッと言うと、軽井沢さんは電車からホームへと勢いよくぴょんっ。そして振り返ると首を傾げてきた。
まじか。“焼きそばパン買ってこい”とかそんな連絡だよな……。
最後の最後にパシリ任命されちゃったよ。
いや、もういい。いったい何度死にかけたかわからないんだから。これくらいのこと、なんのその!
なによりとりあえず!
今を乗り切ることが最優先!
「365日、毎日! 春夏秋冬! 軽井沢さんからの連絡待ってる!」
「……うん。ありがと! じゃあ、そんな感じでっ! またね〜! ばーいびー!」
「ば、ばいびー!」
待ちに待ったさよなら交わすと、終わりを告げる最後の車内アナウンスが流れた。
〜〜扉が閉まります。閉まるドアにご注意ください〜
それは生存確定をお知らせするアナウンス。
……生き延びた。また、ケンジと泥団子が作れるんだ!
そう思ったら自然と笑みがこぼれてくる。ニヤニヤする顔を抑えられない。
「えへ。えへへ」
小さくガッツポーズをしてしまうのも、これまたやむなし。
が、電車内にも関わらず喜びをあらわにしていると、衝撃が走る──。
ホームに居る軽井沢さんが、窓ガラス越しにこちらを見ているではないか‼︎
ていうか近ッ! てっきり改札に向かったものだとばかり思ってた……。
どうしよう。これ絶対、変な奴だと思われたよな。……いや、こんなときこそ普段通りに敬礼をしてやり過ごす!
ここでおどおどすれば余計に怪しい!
──ピシッ!
すると軽井沢さんは優しく微笑んだ。それがなんとも妙で、悪魔の微笑みのようにも見えたんだけど……。
次の瞬間には、可愛げのある感じで敬礼返しをしてきた。
……え。
不思議とそのまま、窓ガラス越しに視線は繋がっていた。
でもそれは動き出す電車に逆らうことはできず、やがて見えなくなる。
──ドクンッ。
あれ。なんだろう。
絶対的脅威、
違う……。彼女は色褪せたパステルカラーの水玉模様使い。そして『D』を司りし者。草原の美少女。さらさらストレートヘア……。
邪神じゃ、ない? あ、あれ。じゃ、邪神……様。──ドクン。ドクン……ドクン。
──ギャルとは挨拶ひとつで惚れられるリスクを十分に理解した生物だ。
俺の人生と言う名の教科書に刻まれる、ギャル五箇条の二番目。
それがどうして……。敬礼返しなんて……。しかも優しく微笑んでて、可愛げがあって……。草原の美少女で……。
──ドクンッ。ドクンッ。
そんなのは決まっている。
軽井沢さんは人間遊びが大好きな人だ。
でも、自らがプレイヤーになることは、……ない。
じゃあ、さっきのは……。
いや、思えばおかしなことだらけだった。
いやいやだから! それはツーリングデートに行かせるためだろ!
でも、おかしい。本当におかしい。なにがおかしいって、俺の心が……。
……おかしいんだ。
──ギャルとは挨拶ひとつで惚れられるリスクを十分に理解した生物だ。
──ギャルとは挨拶ひとつで惚れられるリスクを十分に理解した生物だ。
──ギャルとは挨拶ひとつで惚れられるリスクを十分に理解した生物だ。
ギャル五箇条の二番目が脳内で無限に
家までの帰路、どんなに考えてもその答えを見つけることはできなかった。
☆ ☆ ☆
「……ただいま」
まだ昼過ぎ。家には誰も居なかった。
母さんはおそらくパートで、かすみは学校の友達と寄り道でもしているのだろうか。
静けさ漂うリビングでひとり。キンキンに冷えた麦茶を一気飲み。
「ぷはぁ!」
母さんの淹れた麦茶は世界一!
我が家自慢の一杯を飲み干すと、ようやく心が落ち着き、冷静さをも取り戻す。と──。
冷蔵庫の脇に見慣れない手提げ袋がひとつ。
俺のバッグと並べて置かれている。
あれ……。
見慣れない、けれど知っている。
下校中、肌身離さずずっと持っていた。パンパンに詰められた手提げ袋……。
俺がさっき、麦茶を飲むためにカバンと一緒に置いた手提げ袋……。
「……え?」
本日最大の事件、此処に極まれり──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます