えっと、あの……。人間遊びが大好きなだけですよね?(後編-中ノ弐)


 緊急──緊急──!


『前髪バリアの突破を確認!

 バリア再形成、不可能! 不可能です!


 これより、全俺会議を緊急開催します!』


「なぜだ? 後ろに一歩下がればいいだけだろ?」

「それよりもバリアを押し上げる不届き者の手を払えば済む話だ!」

「早くバリアを再形成しろ! この間抜け!」



『バリアを打ち破る者の詳細が出ました。草原の美少女……ではありません!


 彼女は崇められぬべき神であり、崇めるべき存在! 邪神! 邪神です! 軽井沢さんと断定!


 これより命を最優先に行動してください!』


「なんだと……? 草原の美少女では、ない?」

「見た目に騙された……。これがサラサラストレートヘアの罠か」

「麗しの乙女とは、いったい……」

「でも草原のせせらぎが聞こえてくるぞ! 本当に邪神なのか?」


「バカヤロウ! どこからどうみても邪神だろ!!」


「ならばここは退避一択!」

「現実を逃避するのもこれまた一興!」

「じゃあな。達者でな!」


 お、おい待てよオマエラ!

 どこ行くんだよ……? 俺をひとりにしないでくれ!


「悪いな。今回ばかりは手の打ちようがない」

「なにもしないことが正解のときもあるんだぜ」

「流れる時に身を任せ、風に乗れ。お前ならきっとできるさ」


 なに言ってんだ、こいつら。適当なこと言いやがって……。俺はお前で、お前は俺だろ! 俺たちはいつだってひとつだろ!


 ………………………………。


 ……違う。最初から俺はひとりだ。


 知っているさ。わかっているさ。


 こんなのは心の中の独り言。

 誰かに言われた風を装って、自分で自分の背中を押す。


 そんな心の拠り所とも言える全オレ会議でさえも、匙を投げる事態。


 万事休す──。

 



 ☆ ☆


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。五秒か十秒か……。

 一瞬ともいえる短い時間を無限に感じてしまう。


 斜め45度を見つめて、やり過ごす。

 けれども、目先5cm。否応なく視界には絶対的脅威物が映り込む──。


「まじか……。ええー……。へぇー……」


 軽井沢さんは食い入るように俺を多方面から見ていた。

 おそらく気づいてしまったんだ。香澄同様に、俺の前髪が暑苦しいってことに。


 俺はもっと考えるべきだった。

 突っ伏寝をしている隣人なら露知らず、こうやって荷物を持たせて隣を歩かせるともなれば、この前髪がとてつもなくうざったくストレスの対象であり捕捉対象にもなりうると……。


 散々、香澄に言われてきたことなのに……。


 これからいったい俺は、どうなってしまうのだろうか。


 その不安を煽るように邪神様が動き出す。

 俺の髪の毛を手のひらで上げたまま、反対の手をおもむろにバッグへと伸ばした。

 手にしたのはポケットに掛かっていた細長い髪留め。女子力高そうな可愛いらしいデザインをしている。


 それをそのまま俺の髪の毛にパチンッ。


 あっ……。あーっ! ……ぁぅ…………。


 もはや心の中ですら言葉を失う事態に突入──。


「突っ伏寝くんさ、少ししゃがめる? このへんまで」


 ちょうど軽井沢さんの胸のあたりを指示された。


「う、うんっ……!」

「で、顎を引いて頭をこっちに向けて」

「わ、わかったっ……!」


 断ることは不可能。もとより彼女の前ではイエスマン。それが俺、友橋渡──。


 しかし此処は平日昼下がりの電車内。

 まだ、ちらほらと同じ高校の生徒たちの姿もある。


 「転んだかと思ったら急にいちゃつき出したぞ」

 「そういうプレイなのか?」

 「でもあの男、誰だ? 羨まけしからん。けどまあ、お似合いだな」


 ……なにがお似合いなんだよ。パシリとしてはってことか? 違う。今日の俺は荷物持ちだ! 勘違いしてもらっては困る!


 ………………………………。


 ……いや。パシリだよな。どう考えても。


 普段通りに心根では気を強く保とうとしても、前髪がない今、それがどうしようもなく心許なくて、ついつい見なくていいはずの現実を考えてしまう。


 前髪バリアを突破され、視界に広がるクリアな世界。

 斜め45度が、その気持ちに拍車を掛ける。

 

 俺にとって前髪バリアとは、友橋渡を形成する上での大切なパーツ。

 それがなくなれば、俺はもう俺であって俺ではない。



 と、ここで軽井沢さんの舌打ちが入った。そして──。


 ギャルのひと睨みを発動させた!

 今の今まで発動しなかった強烈で鮮烈な軽井沢さんの十八番がついに炸裂する!


 草原の美少女と言えど、その鋭い眼光は健在。電車内のざわついた雰囲気を一瞬で無に返す。もはや誰ひとりとして、こちらを見る者はいない。


 ひぃっ……!


 俺に向けたわけじゃないとわかっていても、かつてないほど間近で放たれるギャルのひと睨みを前に、恐怖に打ちひしがれる。


 身体の震えを抑えられないで居ると、軽井沢さんからまさかの言葉が飛び出してくる!

 

「つーか体勢大丈夫? 脚ガクガクしてるじゃん。場所交換しよっか」

「えっ、あ……うん!」


 ち、違う! と、思いながらも頷くしかない。

 これでも足腰には自信がある。特に腰回りは入念にトレーニングをしている。

 突っ伏寝に耽けるためには体づくりが最も大切だからだ。これを怠れば、あっという間に肩こりや疲労感に苛まれてしまう。

 俺は十年選手のアスリート。突っ伏寝るための努力は欠かさずに今日まで積み重ねてきた。


 しかし、それを言うことは叶わない。軽井沢さんに意見するなど言語道断。なにより、前髪バリアなき今、その自信にすら疑念を抱いてしまう。


 言われるがままに軽井沢さんが寄り掛かっていた壁側へとチェンジ。


 が、これは……。電車内の三角に追いやられるような状況。もはや逃げ場はない。もとより逃げるつもりなんてさらさらなかったけど、この状況はよりいっそう俺の心を縮小させた。


 ぁぅ……。


「突っ伏寝くんはさ、前髪ない方が絶対いいよ。黒ピンでいい感じに留めてあげるから、じっとしててみ」

「う、うんっ。ありがとう……!」


 ありがとうなんてことは、1ミリもない。

 それでも感謝の気持ちを伝えなければならない。


 前髪がないほうがいいことは百も承知。視界は広がるし、視力だって悪くならないだろうさ。


 でもそうじゃないんだ。これはバリアなんだ……。これがないと俺は斜め45度を向き続けるしかなくなる……。


 クリアに広がる世界は怖い。なにより突っ伏寝界のホープとして君臨する俺には眩しすぎるんだよ。すべてが……。



「なーんで今まで気づかなかったかな。これでも結構見てたと思うんだけどさ。いやー、なんていうか前髪が突っ伏寝くんの一部みたいになってたっていうのかなぁ。あっ、それって前髪だったんだ! みたいな?」


「あ、あははぁ……!」


 言いながら軽井沢さんは、バッグの中から黒いピンの箱を取り出すとそれを10本ほどワイシャツの内ポケットに入れた。

 そうして、準備オッケーな雰囲気を出すと「じゃあやろっか?」と、電車内で三角隅に追いやられた俺の前髪工事は始まった。


 しかし始まってすぐに軽井沢さんからムッとした威圧を感じた。


「つーか斜め下じゃなくてさ、真っ直ぐ下向いてくれない?」

「う、うんっ……! おおせのままに!」


 ひぃ……。よもや斜め45度を向くことすらも叶わないというのか……。どうにかなってしまいそうだ。それでも、軽井沢さんが怖い。どうにかなっている場合ではない!


 真っ直ぐ下を…………向く!

 

 異変に気付いたのはそれから二秒後。

 俺は目をパチクリして、二度見三度見、四度見…………十度見くらいしてしまう。


 パステルカラーの水玉模様。とっても可愛らしい布が視界に映り込んでいた。

 それが乙女の大切な部分を守る、神がたもうた伝説の布だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


 ………………っっ?!


 え。えっ?!



────────────────────────

あとがき


更新再開なのですが、ストックが三話しか作れなかったのでこれを消化したら、またお休みに入ります。

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