お兄ちゃん! 恋人岬に連れてって!(後編)


 なんて、思っていると──。

 香澄はダイニングテーブルに座り朝ごはんを食べ始めた。


 あっ。


 ……なるほど。この数分のロスで香澄と朝ごはんを共にするハメになるのか。


 今までなんとなくだけど、スレスレのところで入れ違いをしていたんだな。


 ならば今日も早食いチャンピオンになるだけのことだ!


 ──そして昨日同様に香澄から視線を向けられる。


「あのさ、免許取るお金があるなら美容院行ったり洋服買ったり、もっと他のことにも使ったら? 今のままのお兄ちゃんじゃバイクヒーローにはなれないよ?」


「そ、そうだな。(もぐもぐ)」


 言わんとしていることはわかる。

 差瀬山さんにも似たようなこと言われたからな。『自転車で良くない?!』本当にその通りだと思ったよ。


 むしろ、自転車に乗りたいよ! バイクなんて乗りたくない!


 ……ふぅ。今更嘆いても遅いんだよ。


 いずれにせよ、この前髪はどうしたって切れない。言うなればこれは『前髪バリアー』なのだから。

 それがわからないのが美少女であり一軍女子様ってやつだ。


 でもな、ケンジはありのままの俺と変わらずに接してくれた!


 世の中ってのはな、捨てたもんじゃないんだよ!! 世界は広いんだよ!! この世界は美しいんだ!!


 あぁ、次はいつ会えるのかな。

 子供の頃は遊ぶ約束とかしなくても、公園に行けば会えたんだけどなぁ。


 ……ハッ! いかんいかん。気を抜くとすぐにケンジで頭がいっぱいになってしまう。


 今の俺は早食いチャンピオン! さっさと食べてリビングを離脱せねば!


「ていうかバイクならビッグスクーターがいいなぁ! ねぇ、ビッグスクーターにしなよ!」


「え、あぁ。うん。そうだな。考えとくよ。(もぐもぐもぐもぐ)」


 な、なんだよ突然。

 早食いチャンピオンのギアをひとつ上げてモードセカンドに移行するか。


「ちゃんと考えといてよね? やっぱり後ろに乗るってなると、ビッグスクーターが落ち着くし!」


 あ、あれ……。んん? (もぐ……も……ぐ)

 どうしちゃったの香澄? なにを言っているのかな?


 (も……ぐ……も………)


 うん。めちゃくちゃおかしなことを言っているな。


 早食いチャンピオン、モードセカンドを一時停止。ゆっくりと飲みこむ。……ゴクリ。


「あのな、わかってるのか? バイクの後ろに乗るってなると、必然的に運転手に抱き着く体勢になるんだぞ?」


「え、それがなに?」

「なにって……嫌じゃないのかなって。この場合、運転手ってのは俺になるわけだし」


「は? 別に嫌じゃないけど? なんで? お兄ちゃんは嫌なの?」

「お、俺もべつに嫌じゃないけど……」


「じゃあ、いいじゃん! 海連れてってよ海!」


 な、なんだってんだ?!

 確かに辛辣で煙たがられてはいるけど、俺のパンツを平気で握りしめ、あまつさえ匂いを嗅いだりする子だからな……。


 差瀬山さんならきっと、俺のパンツに触れた瞬間に騒ぎ出し、手の皮が剥けるくらいゴシゴシ石鹸で洗うことだろう。


 そう考えればあながちなくは、ない?

 前提の違いが二人乗りの意識の相違?


 ……ないな。仮に二人乗りで抱き着くのには抵抗がないとしても、ツーリングデートになってしまうことに変わりはない。


 香澄が俺とデートに出掛ける? ありえないだろ!


 やはり悪い物でも食べてしまったのだろうか。

 昨晩も少し様子がおかしいときがあったからな。


 一度、病院で診察させたほうがいいかもしれないな……。


「あと、恋人岬も行きたい! ねえ連れてってよ!」

「お、おう。べつに構わないけど……」


 おかしい。こんなのは香澄じゃない。


 救急車が必要か? 呼ぶか? 呼んじまうか?


「やった! あとね、大黒埠頭も連れてって!」

「い、いいぞ……」

「それから丘の見える公園と冬ならミッドタウンも行ってみたいなー。お兄ちゃん連れてって!」

「お、おう。い、いいぞ……」

「あとねあとね、海ほたる!」

「お、おう……」


 なんだこの違和感。ニコニコ笑っている、だと? ありえないだろうて……。


 香澄って言ったら辛辣。とにかく辛辣!


 それがどうしてこんなにも嬉しそうに笑顔を振りまいているんだ?


 俺とのツーリングデートがそんなにも嬉しいってか? ……それこそありえないだろって。


 ……も、もしかして。

 憑依? 乗っ取り? 入れ替わり……?

 

 あぁ、そうだよ! だってこんなの俺の知ってる香澄じゃない!


 目の前に居る女は誰だ? 返せ! 俺の可愛い妹を返せ!


 ……落ち着けよ、俺。そんなわけないだろ。


 もっと冷静に考えろ。

 海から始まり、恋人岬。そして大黒埠頭、丘の見える公園、ミッドタウン。最後に海ほたる。


 一貫性のないこの感じ。

 手当たり次第に思いつくまま言っているような……。


 …………ハッ!


 これはアッシーってやつだ! メッシーアッシーのアッシーだ!

 さっきから「連れてって」ばかりなのが確たる証拠!


 俺はおまけで、バイクが本命!

 元より俺の存在なんて数に入れてないんだよ!


 俺にとってバイクヒーローのバイクがおまけで、帝王が本命みたいな感じだろうな!


 なぁんだ。驚かせやがって!


 あやうく救急車を呼んじゃうところだったじゃないか!


 でもそうか。なるほどな!

 それならビッグスクーターってやつを買おうかな。

 なにかしら一台買って庭先で愛でないと母さんに心配掛けちゃうわけだし。


 もとよりバイクなんて興味ないからなんでもいいし!


 こうやって香澄が喜んでくれるのなら、たとえアッシーだとしても連れてってあげたいと思うのが兄心!


 どんなに辛辣な態度を取られても、俺にとって香澄は今も変わらず可愛い可愛い妹なのだから!


 そうと決まれば、激安中古のビッグスクーターってやつを探してみるか。いわく付きでもオンボロでも、とりあえず動けばいいさ!


 夏休みに入ったら日雇いのバイトも視野に入れるかぁ。香澄の笑顔が見れるのなら、お兄ちゃん頑張っちゃうぞー!


 なんて、浮かれてみるも──。


「でもやっぱりその前髪うざいなぁ。見てるだけで暑苦しい。切っていい?」


「そ、それだけは勘弁してくれ……」


 今の俺はアッシーではない。

 現状、二人きりで居るのは危険だ。


 ならば一秒でも早く去る! 早食いチャンピオン、モードセカンド発動!


 (もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ)


「悪いけど、勘弁してあげるのもそろそろ限界だよ?」

「そこをどうにか……。(もぐもぐもぐもぐ)」


 よし。食べ終わった!


「ごちそうさまでした!」


 足早に去るっ!


「あー、ちょっと! まだ話の途中なんだけど?」


 スタスタスタスタッ──!


 俺は早食いチャンピオン!



 ☆ ☆ ☆


 自分の部屋に退避した俺は、思い出すように封筒の中身を確認すると……。


 ご、五万円?!


 パパにはナイショと言っていた。つまりこれは母さんのポケットマネー。しいてはヘソクリ……。


 とてもじゃないが貰っていい額ではない。

 仮に万が一にも俺がバイク大好きっ子なら、あるいはとも思うけど……。


 ……違うんだ。


 しかし、思い出すのは先程の香澄が振りまいたニコニコ笑顔。


 バイクは好きじゃない。でも、アッシーになることで香澄が笑顔を振りまいてくれるのなら……。

 


 母さん、ごめん……。ごめんよ……。



 俺、ビッグスクーター買うよ!

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