第10話 俺は早食いチャンピオン!
結局──。
母さんにバイクの免許を取る話を切り出せず、ベッドの上で朝を迎えてしまった。
かくなる上は親父を頼るしかない。
苦肉の策ではあるが、承諾書に記入してもらって郵送してもらえばいい。もちろん母さんにバレないように郵便局留めで!
母さんに気を使わせたくないと言えば首を縦に振るだろう。
この際、一日二日のロスは気にしない。
幸いにも承諾書はネットでDLできるみたいだしな!
そうと決まれば親父にメッセージを送るか! と、スマホを手にした俺は固まる。
──お知らせ通知、1件。
か、か、か、軽井沢さんからメッセージが来てる!!
恐る恐るメッセージアプリを開くと、グループへの招待だった。
グループ名【ツーリングデート♡】
「ひ、ひぃ!!」
何度目かわからない戦慄が走る──。
もとより逃げるつもりなんてなかったけど、それ以上に軽井沢さんは俺と差瀬山さんを逃がすつもりなんてないんだ。
よもや呑気に郵送してもらってる場合じゃない! 速達だ! 速達だよ!
おい、親父! 速達!!
速達!!!!
今、すぐに!!
☆ ☆
とはいえ、焦ったところでメッセージに「至急!」と付け加えるのが関の山。
これから学校に行くというのに、仕度そっちのけでてんやわんやしてしまった。
ロスした時間は10分くらい。
でも、自分の席を守るための一時間前登校を見据えた時間だから。
──まぁ、問題ないだろう。
とりあえず顔を洗って制服に着替え、リビングに入る。毎朝この瞬間はドキッとする。
リビングとは共有スペース。俺にとってはご飯を食べるだけの場所だが、母さんと香澄に高確率で顔を合わせ場所でもある。
しかも一時間前登校を始めてからというもの、香澄とダイレクトに時間が被るようになった。
女の子の朝は早い。
シャワーを浴びて化粧をする。寝ぼけ眼を擦る俺とは大違いだ。
とはいえ香澄と鉢合わせる朝はなかなかに辛い。
だからササッと食べて足早に去ることを第一目標とする。
──俺はこの家の早食いチャンピオンだ!
「渡ちゃんおはよ♡ 最近いつも早起きだったのに今日は少し遅いのね? 時間は大丈夫? ご飯できてるから早く食べちゃいなさい」
「は、はい!」
フリルの付いた可愛らしい新妻エプロン姿。
これが母さんだというのだから、俺はどうにかなってしまいそうだ……。
しかし今日は普段よりも少し遅いからなのか、母さんは洗濯物を干しにリビングから出て行ってしまった。
なるほど。この時間に起きれば朝からドキドキしなくても済むのか……。なんて思ったりもしたけど、そんな甘い考えは秒で打ち砕かれる。
香澄と二人きりなんだ……。
そんな気まずい空気の中、ダイニングテーブルでご飯を食べていると、香澄から妙な視線を感じた。
パンツはちゃんとベッドの下に放り投げたはず。な、なんだってんだよ……。
「寝癖やばいよ? そのまま外出ないでよね。恥ずかしいから」
「お、おう」
なんだ。そんなことかよ。なにごとかと思ったじゃないか!
「ていうかさ、いいかげん前髪切りなよ? 見てて暑苦しいんだけど?」
やけにぐいぐい来るな……。二人きりってのはやはりまずい……。
俺にとって前髪とは自分を形成する上での大切なパーツ。
前髪が長ければ人と目を合わせなくとも自然に振る舞えるから。
美少女でコミュ力も高いであろう香澄には到底理解の及ばない話。
だからここはのらりくらりと交わして、一秒でも早くご飯を食べて逃げる!
なんてたって俺は早食いチャンピオン!
「おいおいな。そのうち、な? (もぐもぐ)」
「うんわかった。わたしが特別に寝癖直してあげる。で、そのついでに、切ってあげるよ。ご飯食べ終わったら洗面所おいで」
「ややや、いい! 今日はいいから! (もぐもぐごっくん) もう時間ないし遅刻しちゃうし! (もぐもぐもぐもぐ)」
「はぁ? じゃあいつならいいの?」
その問い掛けに言葉が詰まる。
NOと言えば確実に怒るだろう。かと言って切らせるわけにはいかない。
ならば謝るに限る!
「……ごめん。(もぐもぐもぐもぐ)」
「あーあ。いつからこんな根暗になっちゃったんだか。朝からまじで気分悪い。寝ている間に切っちゃおうかな」
「それだけは勘弁してくれ……。(もぐもぐごっくん!)」
よし。食べ終わった!
「ごちそうさまでした!」
足早に去るっ!
「あー、ちょっと! まだ話の途中なんだけど?」
スタスタスタスタッ──!
俺は早食いチャンピオン!
☆ ☆
朝からなかなかにハードな出だしになってしまった。
ただでさえ今日からの学校は昨日までとは違うってのに……。
妄想初日。おかずにされて一日目の登校だ。
気を引き締めて、極力目立たず突っ伏寝に励まなければならない。
よしっ。
☆
ところが──。
思ったよりもクラスメイトたちは普通だった。
朝のホームルームが始まり、早朝突っ伏寝を解除するも、これといった視線を感じない。
おかずにして一日目だからかな。悲劇はやはり夏休み明け、か……。
なんて思うも、それよりも──。
前の席に誰も座っていないことが気になって仕方がなかった。
差瀬山さんが、欠席しとる……。
昨日の今日で欠席って……。思いつく可能性を考えると、なんだか背筋が凍ってくる。
か、軽井沢さんに聞いちゃおうかな。
恐れ多いけど、たぶん知らないと今後に大きく関わるような気がするし。
ホームルームが終わったら、聞く!!
☆ ☆
「あ、あの! 軽井沢さん……!」
「ん? どしたぁ? ……あっ! てかさ、グループ招待してるっしょ? なんで入ってこないの?」
「あぁぁああ入ります! 今すぐに!」
すっかり忘れていた。グループ招待画面を見て戦慄に駆られてそのままだった!
「あははっ。べつにそんな急がなくてもいいよ~」
あ、あれ。なんだろうか。ちょっと優しい雰囲気なのは、気のせい?
なにかいい事でもあったのかな?
ならばチャンスだ! 聞いてしまえ!
「あ、あの! さ、差瀬山さんはどうかしたんですかね? お、俺とデートに出掛けたくないから体調崩したとかですかね?」
精一杯の声を振り絞り、それでいて目上の者に対する態度も忘れない。
軽井沢さんが上機嫌だからといって、ここを怠れば逆鱗に触れるかもしれない。
「あぁね。朝まで彼氏とやってたらしくてさ、さすがに眠いから今日は学校サボるって~。だから突っ伏寝くんが心配するようなことはなにもないよ~」
そ、そっか。朝までゲームでもやっていたのかな。
仲のいいカップルだことで羨ましい。
う、うん。ゲーム。ゲームだよね……。
「そうだったんですね! 安心しました!」
不安要素も解消されたし、授業開始まで突っ伏寝るとするか!
と、突っ伏寝のモーションに入ると──。
「つーかさ、なんで敬語なの? 同い年っしょ? タメ口でいいよ~」
あ、あれれ。機嫌がいいとこんなことまで言い出すのか……。
タメ口だなんて恐れ多いけど、言われた以上は従わなければ逆鱗に触れる!
と、とりあえず……。
「う、うん! わかった! そうさせてもらう!」
あぁ……。本人の許可があったとはいえ、あの軽井沢さんにタメ口を使ってしまった。
脚がガクガク震えて治まらない……。
そんな俺とは対象的に軽井沢さんはフフっと優しくも薄らと笑いを見せてきた。
ひぃ……!
全身に悪寒が走る──。
ちょっとちょっと軽井沢さん?! 機嫌が良過ぎるんじゃないですか?!
いったいどれだけのいい事があったのか、想像すらもできない。
今日はたまたまタメ口を許したくなるような、そんな気分なだけだ。絶対そうだ!
……まぁ、敬語を使えと言われたわけではないけどさ。立場というか、身分の差? クラスカーストトップと最下層とでは敬語は必要不可欠!
もし明日以降も話す機会があったら敬語を使おう。
慎重に、とにかく慎重に行動しよう。
そう心に誓った、一限目前──。
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